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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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「……見てるな」

「……見てますね」


 謎の大海獣との大立ち回りの後、ヘリのダウンウォッシュを利用した追い波で小舟を岸まで送り届けた那珂は、燃料切れ寸前の状態で、辛くも島の開けた場所にAH-1Sを不時着させた。

 島の上空に差し掛かった頃には、ほぼ燃料は尽きており、殆どオートローテーションでの着陸となった。

 何とか墜落は免れたものの、燃料切れの状態では全く身動きが取れない。

 もっとも、例え燃料があったとしても、補助動力装置(APU)などないAH-1Sではエンジンをスタートさせることが出来ないので、どちらにしろどうすることも出来ない。

 不時着時に、無線で『ひゅうが』へ連絡は入れているので、救援についての心配は無かった。

 着陸時に確認した限りでは、LCACがビーチングできそうな浜辺はなかったので、ヘリからの救助になりそうだ。

 機外に出た二人を、さきほどの巨大ウミヘビに襲われていた二人の少女が、岩陰からじっと見つめていた。

 どうやら姉妹のようで、どちらも良く似た顔立ちをしていた。

 健康的に日に焼けた肌の色から、このあたりの海辺で暮らしているのかもしれない。

しきりにこちらの様子を伺いながら、何かを囁きあっている。


「……やっぱり、普通の人間っぽいな。獣耳や尻尾は見当たらん」

「まだ言ってるんですか。ある意味ぶれないですね」

「とりあえず、手でも振ってみるか」


 球磨が止めに入る間も無く、言うや否や、那珂は笑顔で姉妹に手を振って見せた。


「ちょ、ちょっと、二尉! 無闇に刺激するようなことは慎んでくださいよ!」


 球磨の懸念は最もだ。

 何気ない言動が、ある特定の人々や地域にとって禁忌だったりするケースは、地球上でもよくある話だ。

 球磨は難色を示すが、那珂は構わなかった。

 少女達は、少し驚いたようだったが、背の低いほう――おそらく妹と思われる少女が、ぎこちなく手を振り返すのが見えた。

 そのままこちらに駆け寄って来ようとするが、姉と思われる少女に慌てて腕を掴まれていた。

 当然といえば当然だが、姉のほうは二人を警戒しているようだ。


「だが、こうしていても埒があかないぞ」

「いい方法があります」


 球磨はいったん機内に戻ると、トラベルポットから飴やらチョコレートバーやらのお菓子を取り出した。

 任務の合間の暇な時間に食べるために、遭難時の非常食の名目で持ち込んだものだ。

 球磨の意図を理解した那珂は、姉妹に見せ付けるようにして、チョコバーを美味そうに齧って見せた。

球磨も同じように、自分の分に齧り付く。

 口いっぱいに頬張ると、見せ付けるようにして、もぐもぐと咀嚼してみせる。

 効果はあったようで、姉妹の視線は二人が食べるチョコバーに釘付けになった。

 妹のほうは、物欲しそうに、自分の口元に人差し指を当てている。

 頃合を見計らって、球磨は手付かずの二本を取り出し、封を切って中身を出すと、「これ、良かったら」とでも言うように、姉妹に向かって差し出して見せた。

 妹のほうが、パッと顔を輝かせ、二人の自衛官に向かって駆け寄ってこようとした。

 姉のほうが慌てて肩を掴んで制止するが、その姉のほうも視線は二人の口にしているものに注がれている。

 彼女の喉がごくりと動くのを二人は見逃さなかった。

 妹を抑えたまま、姉のほうは葛藤するように眉根を寄せ、上目遣いに那珂達を見つめている。


「……なんか、野良猫を餌付けしているみたいだな」

「ああ、それは俺も思いました」


 そんな会話を交わしていると、じりじりと警戒するようににじり寄って来た。

 ある程度の距離まで近づいたところで、妹のほうが何かをまくし立てるように口走った。

 次いで、姉のほうが、抑揚を抑えた声で静かに何かを呟く。

 どちらも、二人が聞いたことのない言語だった。


「……お前、何を言ったか分かるか?」

「わかりません。困ったな。言葉が通じないみたいだ」

「第一のほうは、言葉は通じたって話だったが」


 硫黄島沖に第二の『門』が発見されて以来、便宜上、西富士駐屯地に現れた異世界を『第一外地』、現在二人が調査に訪れている異世界を『第二外地』と呼称するようになっている。

 西富士駐屯地の『第一外地』では、記述する文字は違うものの、言葉は通じたと二人は聞いていた。

 今回二人がいる硫黄島沖の『第二外地』は、それとは別の世界という可能性が出てきた。

 もっとも、地球がそうであるように、同じ世界ではあるが、単純に地域が違うため言語が異なるだけという可能性も考えられるが。

 那珂と球磨は、彼女らに視線を合わせるように身体を屈め、手にしている菓子を差し出す。

 妹のほうは球磨から、表向き警戒を崩さない姉のほうは、那珂の手からチョコバーを受け取った。

 怖いもの知らずというか向こう見ずというか、妹のほうは手に取るや否や、すぐにかぶりついた。

 初めての食感と、今までに経験したことのない甘味に一瞬目を丸くするが、すぐに貪るようにして、一心不乱に食べ始めた。

 姉のほうは妹の様子に戸惑いながらも、那珂から受け取ったチョコバーの端を、ほんの少しだけ齧ってみた。

 妹と同じように目を丸くした後、すぐに夢中になって食べ始めた。

 姉妹の小動物じみた反応に、二人の顔には自然と笑みが浮かんだ。

 先に食べ終わった妹のほうが、口元を食べかすで汚しながら、二人を見上げてきた。

 何事か呟いているが、相変わらず何を言っているのか分からない。

 化け物から助けてもらった礼を言っているのか、それとももっと欲しいと言っているのか。二人には判断がつきかねた。

 姉のほうが、そんな妹に声を掛けている。咎めるようなその口調から、おそらくは後者だったのだろう。


「はいはい。まだあるからね」


 球磨が笑顔で二本目のチョコバーを見せると、妹のほうは顔を輝かせた。

 姉のほうは、眉を八の字に寄せ、申し訳なさそうに何か呟いた。


「さて。この二人を、ここにこのままにしておくわけにはいかないな」


 上空から見た限りでは、この島は、明らかに人が住めるような島ではない。

 彼女らも、あの巨大海蛇から逃げる過程で、この島に流れ着いただけだ。

 もっとも、この島に漂着させたのは、那珂達なのだが。


「ええ。一緒に救助しなければならないでしょう。しかし……」


 素直に迎えヘリに乗ってくれるかどうかが心配だ。

 彼女達からしてみれば、得体の知れない連中に、どこかへ拉致されるようなものだ。


「考えても仕方ない。菓子でも食いながら、救助が来るのを待とうぜ」

「何を悠長な……と言いたいところですけど、そうするしか無いでしょうね」


 救助のUH-60J2機がおっとり刀で飛来したのは、姉妹が二本目のチョコバーを平らげた後の事だった。


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