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擱座した魔操冑機の周囲では、普通科隊員が油断なく包囲する中、操縦士が引きずり出されていた。
「ひ、ひいいいっ……!」
小銃の銃口を突きつけられた操縦士の男は、怯えきった表情で両手を挙げている。
むさ苦しい髭面を恐怖の顔に歪め、耳を伏せ尻尾を股の間に挟んで震えている様子は、中々にシュールだ。
(問題は、三体目だな……)
|110mm個人携帯対戦車弾《LAM》の直撃を受けたのだから、どう考えても操縦士が生きているとは思えなかった。
止むを得ない事だったとはいえ、自衛隊始まって以来、武力攻撃に対する反撃で相手を殺傷したことになる。
駆けつけ警護と正当防衛の要件は満たしていると思われるが、下手をすれば国会の参考人招致に出頭を命じられたり、最悪の場合は更迭の可能性もある。
(いや、待てよ。そうなれば、日本に帰れるから、俺的にはオッケーじゃないのか……?)
若干不埒な想像を巡らせている間にも、普通科隊員達による武装解除は進み、二体目の機体からも、同じように操縦手が引き摺りだされているところだった。
三体目の機体は、長良の放ったLAMの直撃を背面に受けたのだが、その割には、機体の損壊はさほどでもないように見えた。
着弾した機体背面は大きく破損してはいたが、モンロー効果によって発生するはずのジェット噴流が、機体内部を貫通している形跡が見られなかったからだ。
両手足の関節部分を破壊した普通科隊員は、コックピットと思われる箇所を慎重に包囲した。
念のため何度か呼びかけてみるが、内側からハッチが開放される気配は無い。
普通科隊員が、何人かがかりで、銃剣の切っ先や工具を使い、強引にハッチを抉じ開けた。
うつ伏せになっている機体のハッチの部分が外れ、中から操縦士が転げだしてきた。
「うう、ぐうっ……」
頭部から出血し、素人目にも全身に重度の打撲傷を負っているのが見て取れたが、五体満足で男は生きていた。
操縦席の背後に直撃を受けたにもかかわらずだ。
「橘。医務官をこちらにも回すよう伝えろ」
「了解っす。にしても、良く生きてたっすね。ミンチより酷い状態になってると思ったっす」
それは長良も思ったが、今はそれよりも優先すべき事は多々ある。
回収した魔操冑機を調査するのは、自分の仕事ではない。
「村に戻るぞ、橘」
「ういっす」
「タチバナさん、ナガラさん! 無事でよかったです!」
弟達を連れたセツコが、笑顔で二人を出迎えた。
「セツコちゃん! みんな、怪我は無かったっすか!?」
「私達は大丈夫です」
「そうか。それは良か……」
「てめえら! こんなことをしてタダで済むと思ってるのか!?」
「俺達は騎士団だぞ! さっさと放しやがれ! 聞いてんのか、奇形野郎!」
後ろ手に縛られた自称騎士達は、拘束する普通科隊員達に向かって口汚く罵った。
村の人々は、そんな彼らを不安そうな表情で遠巻きに見守っている。
「お前達の頼みの綱の魔操冑機は、我々が制圧した。その良く動く舌は、それを知った上での発言なのだろうな」
低く抑揚の無い声で長良が言った後、隣に立つ橘が、嬉々とした表情で、89式小銃をこれ見よがしにコッキングして見せた。
途端に男達は、怯えた表情でひっと首を竦めた。
「連れて行け」
長良が指示すると、男達は普通科隊員に引っ立てられて連行されていく。
「て、てめえら! 騎士団に逆らって、どうなるか分ってんだろうな! この村の連中は皆殺しだ!!」
「黙って歩け!」
悪態をつきまくる男達を、普通科隊員が護送用の73式大型トラックに押し込んでいく。
(まずいな……)
長良は村の人々の様子を確認し、内心で舌打ちした。
村人の中には、自衛隊が「騎士団」を倒してしまったことに、不安を覚えている人々が大勢いるようだった。
報復を恐れての事だろう。
「お前達! 何てことをしてくれたんだ!」
(ほら来た)
その急先鋒とも言うべき、タケヒロが、般若のような形相で長良に掴みかかって来た。
「騎士の方々になんという無礼な行為を! すぐに解放して差し上げるのだ!」
「タケヒロさん。彼らはあなた方に暴行と略奪を加えようとしたのですよ!」
周囲の村人達に聞かせるために、長良はタケヒロに負けんばかりの大声を張り上げた。
長良の声に、見守る村人の中から「たしかに」「言われてみればそうだよな……」と、いくつか賛同の声が上がった。
ちなみに、その不特定多数の賛同の声の中には、獣耳と尻尾を装備して、村人に変装した自衛官の声も混じっていたりする。
「そ、そうです! ナガラさん達は、私達を守ってくれたんです!」
(ナイスだ、セツコちゃん)
セツコの援護射撃に、長良は我が意を得たりとばかりに深く頷いた。
「あれをご覧ください」
長良は声を潜めると、タケヒロニ顔を寄せ、少し離れた位置で、医務官や女性自衛官に取り囲まれている数台の馬車を指した。
馬車の周囲には、赤十字マークをつけた自衛隊の救急車が数台横付けされている。
「あの中には、若い女性が何人も乗せられていました。中には、あなたのお孫さんぐらいの年齢の少女も。もちろん、騎士団とやらの仲間ではありません。この意味は分りますよね?」
「そ、それがどうした! 騎士団が移動する時に娼婦を連れ出すのは、おかしいことではないだろう!」
「娼婦なら、手足が拘束されていたり、首輪を付けられたりはしていないでしょう」
これには、さすがのタケヒロも沈黙した。
幸いにして、そういうプレイじゃろう! などと反論されるようなことは無かった。
加えて、セツコや彼女の弟達から聞いた騎士団とは、あまりにもかけ離れていることを付け加えてやった。
「つまり、そういうことなのです。彼らは騎士団などではない。ただの犯罪者集団です」
「ならば何故、魔操冑機を使っていた!? あれは、騎士団にしか扱えないものだ!」
「操作方法を知っていれば動かせるのでしょう? 大方、本物の騎士団から盗み出したのでしょう」
「そんなわけがあるか! 話にならん!」
それはこっちの台詞だと怒鳴り返したくなるのを、長良は寸でのところで堪えた。
「……いづれにしろ、彼らを尋問すれば分る事です。たとえあなたの言う騎士団だったとしても、我々の対応は変わりません」
毅然と言い放つ長良を、タケヒロは忌々しげに睨みつけた。
「その方の仰るとおりです。あいつらは騎士団なんかじゃありません……」
か細い女性の声に、そちらに目を向ける。
女性自衛官に支えられ立っていたのは、肩から毛布を掛けられた二十歳前ぐらいに見える女性だった。
疲労を滲ませながらも長良を見つめる眼差しには、強い意志と気品を感じさせるものがあった。