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4.クラウスの憂心

 



 僕の名前はクラウス。クラウス・フェアヘイレン。フェアヘイレン公爵家の長男だ。

 今日は僕が友人宅に出かけている間に、事件が起こった。四歳下の妹のエルフリーデが、倒れたのだ。その知らせを家の伝達役から聞いた僕は、急いで帰宅した。


 休めば直に目が覚めるという医師の診断の報告は受けてはいたが、馬車に乗っている間も、可愛い妹と弟が心配でしかたがなかった。


 自宅に着き、エルの部屋に向かう廊下を足早に歩きながら、侍女のエマから詳しい状況の報告を受ける。思った通りエルが倒れた原因は『ヴァルトの姫』の本に触れてしまったことだった。


 なぜ予測が着いたかというと、エルがこの件で倒れるのが、これで三度目だからだ。




 一度目は、エルが三歳の時。中庭の東屋で倒れたエルの傍らには、『ヴァルトの姫』があった。その時は関係性などまったくわからず、絵本を読もうとしたら急に苦しくなって倒れたというエルの言葉から、夏の日差しにやられて倒れてしまったのだと結論をだした。


 二度目はそれから一年後。僕と一緒に書庫で本を読んでいた時だ。

 僕が童話集を読み聞かせていると、エルがいきなり小さく悲鳴をあげたかと思えば、顔面蒼白で震えだし、そのまま気を失ってしまった。ちょうどエルが倒れる前に読み聞かせていたのは『ヴァルトの姫』だった。その時の恐怖に染まったエルの顔が忘れられない。そして僕は疑念を感じていた。

 エルが倒れる際には、いつもこの本が関係している――。


 僕はそのことを父上に報告した。エルが倒れる原因は『ヴァルトの姫』の物語なのではないのかと。推測の域をでない考えだったが、なぜか僕は確信していた。真剣に僕の話を聞いていてくれた父上は少し思案し、横にいた母上を見た。

 母上は深刻そうに黙って頷いた。


 数日して、家族が見守る中、体調を回復させたエルに『ヴァルトの姫』の本を見せてみると恐怖に怯えて、また気絶してしまった。残念ながら、僕の予感はやはり的中してしまったのだ。


 その後、父上は執事に命じて、屋敷内の『ヴァルトの姫』の物語が載っているすべての本を焼いた。このことを知っているのは、家族と執事長と侍女のエマぐらいだ。弟のルカはまだ小さすぎた為、知らないけれど……。


 闇の魔法、呪いのようなものかもしれないと推測し、父上の信用のおける魔術師仲間の数人にもエルを診てもらったが、原因はわからなかった。


 エルを不安にさせたくはなかったが、また『ヴァルトの姫』に触れてしまう機会がないとは限らない。父上と母上が、エルに『ヴァルトの姫』の本には触れない、読まないようにときつく言い聞かせた。エルはそのことにただ「はい」と頷いただけだった。幼い妹は、この頃から人の気持ちに敏感で、とても大人びていた。


 そして今回の三度目……。エマの報告によると、やはりエルは『ヴァルトの姫』を読んでしまった。いや、今回は題名を見ただけで倒れたそうだ。ルカは取り乱して泣き続けていたそうだが、確認すると間違いなかったらしい。二度目の時にすべて処分したはずだったが、破棄し漏れてしまったものがあったのだろう。後悔の念に駆られて、奥歯を噛み締めた。




 そうこうするうちに、エルの部屋の前まで辿り着いた。

 ノックして扉を開ける。ベッドに寝かされているエルと、その横で姉の手を握りしめているルカがいた。


「ルカ……大丈夫だよ。エルはすぐに元気になるから」


 近寄って肩に手をやって見やると、大きな瞳は赤く腫れて今にも涙が溢れ出しそうだ。


「くっ、クラウ、ス、にぃ、さま…」


 僕の顔を見て安心したのか、ギリギリで止まっていた大粒の涙が流れ落ちていく。いつもの鈴が鳴るような愛らしい声も、擦れてしまって辛そうだ。気持ちを静められるように弟の頭をゆっくりと撫でた。


「ルカ……。お顔を洗って、何か飲み物を飲んでおいで」

「でっ、でも……。」

「エルには僕が付いているから安心して。ずっとそばにいてくれたんだろう? ありがとう。偉いぞ」


 それでもルカは、握っている姉の手を離そうとはしない。


「起きてすぐにそんな状態のルカを見たら、きっとエルは悲しむだろうな……。」


 そう僕が言うと、ルカはハッとした顔をして、涙を堪えながら俯いた。


 沈痛な面持ちで扉の横に立っていたエマに、視線を送る。

 エマは理解したようで、ルカに声をかけて部屋から連れ出していった。




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