1.夢
転生ものを書いてみました。
『もっ……もう、わっ、わたしは、いきて、いけっ、ない……。』
泣かないで―——。
そう彼女に声を掛けて近寄ろうとするが、口はパクパクとするだけで声を発することはできず、足は縫い止められたように、その場から動くことができない。
何度試みても変わらない現状に困惑しながらも、自分自身を抱きしめるように、嗚咽を漏らし泣いている彼女を、私は只々見ていることしかできなかった。
『なぜ……っなん……で、なのっ』
周りはひたすらに続く闇しかなく、数歩先にしゃがみ込んでいる彼女と私だけが淡い光に包まれている。
彼女に近寄って泣いている訳を聞いてあげたい。涙を拭いてあげたい。泣き終わる迄、側にいてあげたい。
そう願っても私の体はピクリとも動かない。
何もできない私は、絶望を感じながらも強く願う。その体を力一杯、抱きしめてあげたい。と。
しかし、その願いも虚しく、空間は闇を深くして何も見えなくなっていった…………。
ゆっくりと瞼を開くと、見知った天井が見える。バルコニーのカーテンの隙間から光が差し込んでいるので、今は朝なのだと認識した。
起き上がって、ベッドの横に腰掛ける。
その瞬間、私の頬を一滴の涙が伝った。
「また、あの夢……。」
私は物心ついた時から、頻繁にみる夢がある。
夢をみた後は、様々な感情がグチャグチャに入り乱れた、言い表せない感情が心の中に渦巻いている。
けれど一方で、私はその感情を私のものではないように感じている。すごく変な感覚。
ポタポタと流れ続ける涙は、私のワンピースの寝間着を濡らしていった。
ややあって、部屋のドアをノックする音が鳴った。
私は急いで袖で目を擦って、涙を拭い取る。
「おはよう。エマ。」
「お嬢様。おはようございます」
笑顔で挨拶をしながら入って来た、侍女のエマに微笑みながら答える。その間にも、エマはキビキビとカーテンと窓を開けて換気をしていく。
部屋の中に春風と、眩しい程の明るさが入ってきた。
「本日はとてもお天気が良いですよ。中庭の花も綺麗に咲き始めました。」
嬉しそうにそう教えてくれたエマと視線が合った瞬間、晴れやかな表情から一転、エマの表情はみるみる曇っていく。
あぁ、バレてしまったか。
余計な心配はさせたくなかったのだけれど。エマにはいつも気付かれてしまうのよね。
先手をとって口を開く。
「大丈夫よ。いつもの夢を観てしまっただけだから。」
「お嬢様……。」
そう言うと、エマはすぐに冷えたタオルを用意し、私に手渡すと横に腰掛けて背中をさすってくれる。
私を覗き込む、綺麗な深緑の瞳は悲しそうに揺れていた。
お礼を言いながら、冷えたタオルで目を覆う。
エマの手から伝わる体温の心地良さが、序々に気持ちを落ち着かせてくれた。
「もう大丈夫。いつもありがとう」
「……もう宜しいのですか? 何か気分の落ち着くお飲物などをお持ち致しましょうか?」
数分たって、まだ心配顔のエマに微笑みを携えながら言うが、エマは納得しない。
私がまだ立ち直りきれていないことに気付いているのだ。
「大丈夫。早く仕度をして、朝食に行きましょう。皆が待ってるわ」
「……わかりました。けれど、お辛い時や何かして欲しいことがありましたら仰って下さいね。私はお嬢様の悲しみを少しでも和らげたいのです」
「本当にありがとう。エマ」
エマは物心ついてから、ずっと世話をしてくれている私専属の侍女だ。
黒い艶髪はいつもきちんとまとめられており、深緑の大きな瞳は彼女の髪色とのコントラストで映えている。すらっと伸びた身長に豊満な胸の女性らしい体つき。
十以上も年上の彼女を、私は姉のように思っている。
そんなエマは、私が家族に心配をかけたくない心情もわかってくれているので、ベッドから立ち上がり準備をしてくれる。
ドレスを着て髪を結ってもらうぐらいだから、支度はすぐに終わり、部屋を後にする。
廊下の窓から見える風景を感慨なく眺めて、少し急ぎ足で食堂へと向かう。
後ろを歩くエマの視線は内心は心配しているが、表情はいつもの完璧な侍女のそれだった。




