過去録~白雪~ -四-(終)
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私が辿り着いた場所は、妖怪の町である『あやかし商店街』という所で、そこには色々な妖怪がいた。
同族しか知らない私にとっては、それはとても新鮮なものだった。
菖蒲様曰く、最近作った町らしい。だから、まだまだ妖怪の数も少なかった。
(凄いです! 初雪様から他の妖怪のことはお聞きしましたが、こんなにもいたなんて……!)
初めて見る物や妖怪達に最初は緊張したけれど、町にいる人は皆優しく親切で、私は数日で町に慣れた。
そして私は、菖蒲様の元で付喪神憑く骨董屋のお手伝いをすることになった。
主がこの世を去ったり、主に捨てられた小さな物の形をした妖怪達を菖蒲様は保護し、時には新しい主に出会わせる――それが、彼女のお店だった。
主に私は、お店の掃除や家事をメインに住み込みで働いている。けれど、季節が移り変わるたび私は里のことを、初雪様のことを思い出していた。
「あれから、何十年が経ったのかしら……。初雪様は、もうお生まれになったのでしょうか……?」
部屋の中から空に浮かぶ月を見上げて小さく呟いた。
里を出た私は『掟を破った者』として二度と里には戻れない。戻ってはいけない。
里の居場所が人に知れてしまうと、他の雪女の命が危険に晒されるから。
(あそこに私の居場所はない……)
月を見上げれば「白雪、こっちにおいで」と、初雪様が私の名前を呼ぶ姿が浮かんでくる。
例え新たに生まれたとしても、生まれた初雪様には私と過ごした記憶はないだろう。それは初雪様であって、私の知る初雪様ではない。それでも私は、初雪様のことだけは唯一の気がかりになっていた。
すると、障子越しに菖蒲様が声を掛けてきた。
「白雪や。ちょいとええかえ?」
「はい」
私が返事をすると菖蒲様は障子を開け部屋に入ってくる。
「お前さんに、これをやろう」
「え……?」
そう言って手渡された物は、可愛らしい白兎が描かれていた小さな陶器だった。
湯呑み、なのだろうか? 描かれている絵も陶器自体もどこか手作りのような感じがした。
「あの……これは?」
「ふむ。これは陶器やの」
「えっと……」
私は菖蒲様の返答になんて言葉を返したらいいかわからず苦笑する。何とも菖蒲様らしい答えだった。
菖蒲様は人差し指を口元に当て、私にウインクする。その姿が、どことなく初雪様を思わせた。
初雪様も悪戯が過ぎたり何か思惑があると、よくこうやって笑っていたからだ。
「これが何なのかは秘密じゃ。ふふっ。して、本題に入ろうかの……これは、お前さんの願いを聞き入れてくれる。お前さんは、これからこれを大事にし、大切にし、ずっと見つめんしゃい」
「…………」
「そうすれば、自ずと姿を具現化することができるやろう。よいか?」
何が何だか分からずキョトンとする。けれど、菖蒲様には何もかもがお見通しなのだろう……そんな気がした。
だって、この人は私とは格が違う人だから。全てが私達とは違う存在のお人だから。
だからきっと、これにも何か意味があるに違いないと思った。
そう思った私は、菖蒲様に返事をした。
「はい、わかりました」
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菖蒲様に貰った小さくて可愛らしい陶器。その小さな陶器を私は大切にし、暇があればずっと見つめていた。
変だと思うかもしれないけれど、たまに、陶器に向かって話しかけたりもした。
これはきっと、付喪神達が影響だろう。返事は返って来ないけれど、それでも何だか楽しかった。
それを、私は何十年と続けた。
自然の理なので、季節は次第に移り変わっていく。赤ん坊だった人間の子供も、あっという間に大人になり、愛しいと思える人と結婚をし、子供を授かっていた。
人間にとっては十年や二十年は長いのだろうけれど、私たち妖怪にとっては、それは瞬きをするような一瞬に過ぎない。私たち妖怪は、どこまでも長い時間を生きるから。
私は、その日その日を人間のように大切にしながら過ごしてきた。
出会う者たちと新たな思い出を作った。
もちろん、私の傍にはあの陶器がある。
――ある冬の晩。それは淡く光りだした。
「…………」
私は、その一部始終をずっと見ている。見ることしか出来なかった。
「これ、は……」
小さな青い光が天井から雪のように降っている。やがて、その光は集まり大きな塊になった。
そして、一輪の華となった。
「――っ!? この華は……!」
その華の形に私は見覚えがある。それは、雪の国に咲く雪華に酷似していたのだ。
光は、今もまだ天井から降り続けている。それに合わせ、華も大きく育った。
そしてソレは子供が入るだろう大きさまで育った。
私はその様子をただただ見ていることしかできなかった。
光っている青い華は、まだ開花しておらず蕾のまま。やがて、その蕾の花弁が一枚一枚落ち地面に消え行く。
「…………」
そして、花弁が完全に消え落ちると〝ソレ〟は姿を現した。
華の中から現れたのは、私と同じ白い着物を着た小さな可愛らしい女の子だった。
女の子は赤子のように膝を抱え、体を丸めながら眠っている。
「遂に生まれたか」
後ろから菖蒲様の声が聞こえ、私は振り返った。
どうやら、菖蒲様はこの事態について把握しているらしい。私の頭の中は混乱していた。
これは何か、いったい何が起こったのか全然わからなかった。
「菖蒲様……これはいったい……それに、この子のこの姿に髪の色は……雪女の――」
「こやつは、付喪神じゃ。正確には付喪神になったが正しいかの。……と言っても、力はそこらの付喪神以上やけどね」
私が言いたいことがわかったのか、菖蒲様は私の言葉を遮るように説明した。
だがそれでも、私にはわからないことがあった。
「付喪神になった……? それは、どういうことですか?」
私がそう尋ねると菖蒲様は「ふむ」と、小さく呟き話を続けた。
「この陶器は強い思念……つまり『強い想い』によって作られた。そこにお前さんの妖力と共に一緒に時を過ごすことで、物は妖力と溶け込み強く変化する。それでも付喪神になるかならないかは、その物自身の心次第なんやけどね」
「物の心、次第……」
「うむ。自ら妖怪となることを望ばねば、物はただ朽ちるのみ。いずれ壊れゆく。しかし、こやつはそれを選ばなかった」
菖蒲様の言葉に、私は「それは、この子が私の傍にいたいと……そう望んだから、ですか?」と答えた。
菖蒲様は優しい微笑み頷く。すると、私の帯から蝶たちが現れ、女の子の周りをヒラヒラと飛んで行った。
「菊、紫……皆……」
勝手に出てくる時は今までもある。けれどそれは、私が落ち込んでいる時や初雪様と私が呼んだ時だけだった。
こうやって、自ら他の妖怪に向かって行くことは今まで無かった。
「……まさか」
ある予感が頭に過ぎる。しかし、その予感を振り払うように私は頭を横に振った。
だって、この考えは有り得ないことなのだから。
「そんなはずはないわ。だって、私達雪女は――」
最後まで口に出す前に、眠っていた女の子が目を覚ました。
私は口を閉じ女の子を見る。息を忘れるように、起き上がる目の前の子を私は見ていた。
女の子はゆっくりと顔を上げる。その顔は、どことなく私の言葉を大好きな初雪様に似ているような気がした。
女の子の頭がまだ眠っているのだろう。ボーッとした様子で私を見つめていた。
そして、女の子は可愛らしい微笑みを浮かべ、その小さな口を開いた。
「やっと……会えましたね……白雪……」
「――っ!?」
その言葉に私は驚き、目を見開いた。女の子は崩れるように再び眠りに落ちたので、私は慌てて女の子を胸に抱いた。
「すー、すー、すー……」
規則正しい寝息が女の子から聞こえてくる。私は、女の子が言った言葉が信じられないでいた。
だけど、この子は確かに私に言ったのだ。
「まさか……そんな……っ……」
そんなのは決して有り得ない。けれど、私はその考えを忘れることはできなかった。
私は、初雪様の言葉を思い出す。
『いつかはわからないけれど……また、会えるわ。必ず会いに行くわ。でも……そうね。もし、また生まれるのであれば……次は、雪女ではなく別の何かに生まれたいわね。そうなると面白そうだし、何より……あなたとまた、ずっと、ずーっと、一緒に暮らせるのだから。ふふふっ』
「うっ………っ……菖蒲、様っ…この陶器は……いったい誰の手で作られたのですか……!?」
私は、泣きながら菖蒲様に聞く。しかし、菖蒲様は教えてはくれなかった。
ただ、変わりにこう言ってくれた。
「全ては、お前さんの御心次第じゃ」
そう言って、菖蒲様は微笑みながら私の部屋を出た行った。
あの言葉に、この姿。確かに、この子は付喪神なのかもしれない。それでも私は、この子が何なのか、この陶器は誰の手によって作られたかもうわかってしまった。
私は嬉しさのあまり涙が止まらなかった。
こんな奇跡が起こるなんて思わなかったから。有り得ないことが起きたから。
私は、菖蒲様に感謝しなければいけません。だって、私の心はこんなにもポカポカと温かく、満たされているんですから。
私は、いまだに眠る女の子を優しく抱きしめる。
「うっ……ううっ……っ……」
(今度は私が……私が、あなたをお育てします……。あなたが私にしてくれたように)
「……初雪様」
夜空には、はらはらと雪が降り始めている。私は生まれたばかりのこの子に名前を付けた。
寒い雪の中、春が訪れる記し。雪の中で芽吹く、可愛らしい春の知らせ。
そんな意味を込めて〝雪芽〟と。
あなたは私の小さな〝春〟。私の雪の中に現れてくれた小さな〝花〟。
「神様、ありがとうございます。……そして、生まれて来てくれて、ありがとう。雪芽」
(終)
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