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あかしや橋のあやかし商店街① 【続編連載中】  作者: 癒月
第一幕 ~掛け軸のお願い~
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掛け軸のお願い-七-

 ✿―✿―✿—✿―✿


 無事に掛け軸の願いも叶い、あやかし商店街へ帰るというので真司は菖蒲をあかしや橋へと送って行った。


「まだお昼過ぎですけど……ここで、大丈夫なんですか?」


 辺りを警戒しつつ真司は言う。幸い、周囲には人が通っていなかった。


「あぁ、充分やよ」

「あの……菖蒲さん」

「ん? なんじゃ?」


 真司は菖蒲が大事に抱えている風呂敷を見つめる。

 掛け軸の損傷が激しく、菖蒲は知り合いに良い腕を持った専門の修理人を知っているらしく、真司は菖蒲に掛け軸の修復を頼んだのだった。


「その掛け軸のこと……どうか、よろしくお願いします」

「あい、わかった」


 菖蒲はそう言いながら微笑んだ。


「掛け軸の修理が終わり次第、お前さんに渡すから安心おし」

「はい」


 真司も微笑む。すると、菖蒲が真司に一歩、また一歩と近づいた。


「え……? え?」


 二人の距離は、まるで恋人が寄り添うぐらいまで近くなった。


「あ、あああのっ、菖蒲……さん?!」


 真司は驚きで一歩身を引こうとする。その時、菖蒲はおもむろに真司の長い前髪に触れると、前髪を上にかき上げた。


「っ!?」


 視界がいつもより明るくなり、真司は眼鏡越しでも急な眩しさに目を閉じてしまう。そして、恐る恐る目を開けてみると、頬を膨らまして拗ねている菖蒲の顔が間近にあり、真司は思わず息を飲んだ。


「真司。お前さんは勿体無い男ぞ?」


 何か言おうとして口を開いたが、菖蒲に言葉で遮られる。


「髪で隠しているのも、他の妖怪と目を合わせないように関わらないようにしたのもわかるえ。怖かったんじゃろ?」

「…………」

「お前さんの判断は人間として正しい。じゃが、もうお前さんは一人ではない」


 菖蒲は目をあらわにしている真司の瞳を真っ直ぐ見つめると真司に向かって微笑んだ。


「お前さんには、これからは私がいる」

「…………」

「故に、お前さんは、もっと己の心に自信を持つこと!何事も隠す事を禁ずる!私が、お前さんを守護し護ろう。分かり合える者がいなければ、私がお前さんと分かち合おう」

「……っ………うっ……」


 真司は菖蒲の言葉を聞いて過去のトラウマや、ずっと孤独だったことを思い出す。すると、段々涙が溢れ出してきた。

 菖蒲は真司の前髪を()くようにして元に戻すと、今度は子供をあやすようにポンポン……と、頭を優しく叩き体を寄せ抱き寄せる。


「うっ……うぅっ……うわぁぁっ……っ」

「よう頑張った。頑張ったな」


 菖蒲に抱き寄せられ、押し殺していた声が自然と外に出た。

 真司は泣きながら、菖蒲を抱きしめ返す。


 ——まるで、迷子だった子供がやっと親に出会えたように。


 真司が沢山声に出して泣いた後、菖蒲は真司の頭を再び優しく撫でると、そっと距離を置いた。

 真司は大泣きしたことが少し恥ずかしく思い、軽く俯いていた。


「さて、と。そろそろ行かないとねぇ」

「え……もう、ですか……?」


 少し悲しげに真司が言う姿は、小さな子犬が寂しそうにしている姿にも見えた。

 菖蒲はそんな真司を見て苦笑すると、直ぐに優しく微笑みかけた。


「これこれ、言ったやろう?お前さんは、もう、一人じゃないって」

「……はい。でも——」


 真司が何かを言おうとすると、菖蒲はそれを遮るように真司の唇に自分の人差し指を当てる。


「むぐっ?!」

「それ以上の言葉は不要じゃ。真司。お前さんには、明日(あす)から私の店で働いてもらうえ」

「…………え?」

「聞こえなかったのかえ?」

「いえ、そういう意味では……」

「お前さんは、明日(あす)から、私の骨董屋で、働いてもらう」


 言葉を区切って、ゆっくりと二度同じ事を言う菖蒲。


「働くって、あやかし商店街の中ですよね?そうは言っても……僕は人間で、何の力もありませんし……」

「あるじゃないか」

「え?」

「お前さんには、既に力がある。それは、お前さんには人に見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるという力がの」


 菖蒲はそう言うと「ふふっ」と、笑った。


(それに、この私の結界を見破ったときたしのぉ。なによりも、この魂の波動……。ふふっ)


 菖蒲の心とは裏腹に、真司は不安を感じていた。


「確かに、これは普通の人には無いものですが——」

「こりゃ、まだ言うか?全く心配症やの~。今まで不快に思い、怯えて暮らしていた力を、お前さんはこれから私の傍で使っていくんよ。怖い事はあらへんから安心おし」


 微笑みを浮かべる菖蒲の表情を見て、真司は「もし、あやかし商店街に行かなかったら」という未来を想像した。

 恐らく、今までと変わらず人を避け孤独を選び、周囲の人も真司自身を避けるだろう。

 それはとても寂しく、とても悲しい未来だった。

 真司は決意した面持ちで拳をギュッと握ると俯いていた顔を上げ、自分が出した答えを菖蒲に伝える。


「僕……菖蒲さんの隣にいたいです。今もまだ不安で怖くいです……でも! もっと、もっと自分に自信をつけるように、上を向けるようになりたいですっ!」


 菖蒲はその言葉に満足するとニコリと微笑んだ。


「なら、決まりやね。これから大変になるえ。何せ、商店街は賑やかやからねぇ」


 そう言うと、菖蒲は着物の袖口を口元に当て、ウインクしながらクスクスと笑ったのだった。

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