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小さな宴(終)

 突如、暗闇からチリリンと小さな鈴が鳴る音が聞こえてきた。

 その音に少女は、また、溜め息を吐いた。


「全く……やっと、来おったか」

「そうですなぁ」


 その音は次第に近くなり、鈴の音の他にカランコロンと下駄の音も聞こえて来る。次第に暗闇からボンヤリとした人影が現れた。


「遅いぞ、菖蒲」


 暗闇から現れたのは菖蒲だった。

 菖蒲は、和柄の風呂敷を手に持ち「いつも通りやと思うけどなぁ」と、何気ない顔で言った。


「久しぶりだね、菖蒲」


 お爺さんは優しい笑みを浮かべ菖蒲に言う。菖蒲もそれを返すようにニコリと微笑んだ。


「うむ。久しいの、道真みちざね

「これ、我を忘れるな! 後、早く酒を渡さんかっ!」


 少女は腰に手を当て、頬を膨らませてプンスカと怒る。菖蒲は呆れ顔で少女を見た。


「忘れておらんえ。やれやれ……お前さんも相変わらずやの」


 面倒くさそうにしながら、持っていた風呂敷を少女に手渡す菖蒲。少女は心底嬉しそうな顔をすると、菖蒲からそれを受け取り結んである紐を解いた。


「おぉ、おぉ! これじゃ! 年の楽しみといえば酒に限るのぉ~♪」


 るんるん気分で酒瓶の蓋を軽々と開け、少女は何処からともなく白い杯を出し酒をなみなみに注ぐ。勿論、菖蒲と道真も同じである。


「そういえば菖蒲。先程、こうようが、お前を探していたよ」

「……そうかえ」


 お互いに向き合うように菖蒲も腰を下ろすと、その一言だけを言い、杯に口に付けグイッとお酒を飲み干した。

 意外と呑みっぷりがいい。それは、きっと、真司の前だとしないだろう。

 道真は菖蒲の素っ気ない言葉に苦笑しながらも、自分も杯に入っているお酒を飲んだ。


「……まぁ、あの二人も雑務に追われてそれどころじゃないんだけどねぇ。しかし、お前も相変わらずだね」

「普通じゃ」


 二人とは反対に先程からグビグビと酒を飲んでいる少女。これだけ飲んでいるのに、少女の顔は全く赤くない。

 寧ろ、全然酔ってはいなかった。


「ん、ん、んっ……ぷはー! うまい!! やはり、酒は清鶴に限るのぉ~! 今年の清鶴は一段と美味な気がするぞ!」

「ん。言われてみれば、確かにそうだねぇ」


 同じくお酒をお代わりした道真が言った。

 そして、何かを察した少女は、また含み笑いをする。


「むふふふ……これは、些か勇に何か変化があったと見られるのぉ」


 どうじゃ? どうじゃ?という楽しそうな目で菖蒲を見る少女。菖蒲は、その目にうんざりした様子で溜め息を吐いた。


「……まぁ。その通り、ということやの」

「むははは! ほれみろ! 我の舌と目には狂いはないのだ!」

「はぁ……」

「あははは……。まぁ、そう溜め息を吐かないでおくれよ菖蒲。これでも彼女は、お前が来てくれて喜んでいるからねぇ。何せ、こんな日でもないとお前は顔を出してはくれないからね」


 道真にそう言われ、菖蒲は不服そうな顔で口を少し尖らせた。


「……わかっておる。しかし、どうもあのテンションには昔からついて行けんのじゃ」

「そうかい? お前にも、似たようなところがあると思うがねぇ」


 クスクスと笑う道真に対し、菖蒲は目を大きく見開く。口はあんぐりと開いていた。


「本当かえ?! それは……ふむ……複雑な気分じゃ」


「はっはっはっ!」と、道真は声を出して笑う。そして、ふと少女が話していたことを思い出した。


「そう言えば、先程話していたんだがね。どうやら、お前の事を知っている人間を見つけたらしい。知り合いかい?」

「…………」


 菖蒲は何も言わず杯にお酒を注ぐ。少女もそれを思い出したかのように道真と菖蒲の話に割り込んできた。


「おぉ、そうじゃった! そうじゃった! 菖蒲よ、あ奴は何者ぞ?」

「…………」


 しかし、それでも菖蒲はだんまりを通しお酒を飲んでいた。

 そんな菖蒲の黙りに、少女はまたもや頬を膨らませる。


「むぅ……相変わらず、つまらん奴じゃ。よいよい! そんなもの我が直接調べればよいことじゃ! 不届き者なら、この我が退治してみせようぞ! あっはっはっはっ!!」


 酒を杯に注ぎ、勢い良く飲む少女。

 もう一層のこと瓶ごと飲んだ方が早いのではと思えてくる。そして、菖蒲はその少女の言葉に密かにニヤリと笑ったのだった。

 それを傍から見ていた道真は、顎に手をやり髭を撫でる。


 道真は「ふむ……」と小さく呟くと、自分もまた密かに笑みを浮かべていた。


(どうやら、菖蒲はこれを狙っていたようだねぇ)


 菖蒲の考えを読み取り、道真は静かに笑う。


「本当に相変わらずで何よりだよ。菖蒲」

「それはこっちの台詞じゃ。相変わらず読みが早いの道真。さすが頭の回転が早いだけはあるの」


 菖蒲と道真はお酒が無くなった杯にお互い注ぎ交わす。そして、杯同士を軽く合わせる。

 杯同士がぶつかり、カチンと音が鳴った。


「今年も、よろしゅうお頼み申します」

「こちらこそ宜しく、菖蒲」

「あー、はっはっはっ!! 見ておれ人間の童子よ! 今度、我が直接お主の所に出迎えようぞ!! あーはっはっはっはっ!……うむ、酒が美味い! おかわりじゃ!」


(終)


 Next story→あかしや橋のあやかし商店街(外伝)~懐古録~


[次回]

  次回の『あかしや橋のあやかし商店街』は外伝~懐古録~になります。

 真司の初のバイト。

 白雪の過去など、計四編を収録した短編集(前編)になります。

 次回も宜しくお願いします。

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