大晦日の大行事-十二
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妖怪達一行は、あかしや橋の近くにある梅林公園へとやって来ている。反対の道には神社があるので、大晦日なだけあって参拝客がたくさん訪れていた。
そんな参拝客の横を通り過ぎる真司達。
真司は、先頭を歩く菖蒲にある疑問を聞いてみた。
「あの、僕達のことは人には見えていないんですか……?」
真司の言葉に菖蒲コクリと頷いた。
「うむ。私が結界を張ってあるからの。まぁ、基本、妖怪は人には見えん。しかし、お前さんみたいな例外の人間もいるので、普通の人には見えないよう念には念を入れて結界を張ったのじゃ」
「へぇー」
(確かに、妖怪見える人でもこの列を見たら驚くというより悲鳴を上げちゃうよね)
今の時代なら、おそらく写真や動画を撮りSNSに投稿したりするだろう。そしてそれらが一気に拡散し、世に広まる。そうなってしまえば、この堺は興味本位で訪れる人達で溢れてしまうだろう。
そうなってしまえば住人は困惑し、街は大変なことになってしまう。真司は、改めて菖蒲のすごさに身に染みる。
(やっぱり、すごいな……)
「それで、ここの公園で大晦日を過ごすんですか?」
「うむ」
神社から少し離れた場所で妖怪達はそれぞれ地面に腰掛け、持ってきた酒や重箱を広げ宴会を始め出す。
辺りは暗いはずなのに、提灯お化け達のおかげか辺りは明るかった。
菖蒲は、全員座るのを確認すると高々と声を上げる。
「さぁ! 皆、今宵は盛大に楽しむぞ!」
「「「おー!!」」」
菖蒲はすぐ側にちょこんと正座し座っている女の子に声をかける。
「小梅、今年も頼んだえ」
「はいな」
す女の子の妖怪がスッと立ち上がる。長い黒髪に、梅柄が刺繍されている着物を着、髪飾りは枝垂れ桜成らぬ枝垂れ梅の髪飾りを挿している人形のように可愛らしい女の子だった。
小梅といわれる妖怪は、鈴のような声で短い詩を歌い出した。
「年のはに、春の来らばかくしこそ、梅をかざして楽しく飲まめ」
そう言いながら小梅は踊り舞う。扇子や扇は持っていないのに、その手はまるで扇を持っているように見え、小梅の一つ一つの踊りは見惚れてしまうぐらい美しかった。
すると、不思議なことが起こった。
葉もついていない梅の木に花が咲き始めたのだ。
「………」
真司は舞う小梅と咲き始める梅の花に思わず声を失い見惚れてしまう。
菖蒲はそんな真司を見て静かに笑った。
「美しかろ? 小梅はの、見ての通り梅の妖怪じゃ。梅の精霊と言うた方がええかの、ふふふ」
「梅の精霊ですか?」
「この時期に梅はまだ早いが、小梅の力で一時的に咲かせておるのじゃ」
真司は菖蒲の言葉に直ぐ近くを歩く参拝客を見る。
「あの人達には、これも見えていないんですか?」
「うむ。他の者からは特に変わらない……つまり、梅の花も咲いておらず私達もいない静かな梅林公園に見えておる」
「へぇー。菖蒲さんって、すごいですね」
「む?」
菖蒲は首を傾げる。そんな菖蒲を見て、真司は話を続けた。
「だって、こんなに大勢の妖怪や他の人から見えないようにすることが出来るんですよ? よくわかりませんが……菖蒲さんには、すごい力があるんだなって思います」
真司がそう言うと、菖蒲は袖口を口元に当てクスクスと笑った。
「私の正体が知りたいかえ?」
「うっ……!」
図星をつかれ、真司はギクリとなる。そんな真司に菖蒲は流し目気味で問いかけた。
今夜の菖蒲は雰囲気も違い、真司は初めて菖蒲と出会った時のことを思い出した。あの時の菖蒲も今夜の月のように美しく、初めて菖蒲を見た時は真司は思わず見惚れてしまっていた。
真司がなにも話さないことに、菖蒲は「ふふっ」と、笑う。
「その反応やと知りたいようじゃな。しかし……それは、秘密じゃ♪」
人差し指を口元に当て、クスクスと笑いながら言う菖蒲。
「そうじゃの~……お主のその耳と目で色々な妖怪達と交流し、私の情報を得て知ればよい」
「……え? それじゃぁ、直ぐにわかるんじゃ? 勇さんとか白雪さんに聞いたら――」
菖蒲は、チッチッと口を鳴らし首を横に振る。
「そんな簡単に、ここの者は教えてはくれんよ? ふふっ」
「えー……」
(菖蒲さん、意地悪だ……)
「それに、自分から聞くまでもなく自然とその時が来るやろ。縁がお前さんを導くさ。……さぁ、話しはここまでじゃ。お前さんも存分と、この宴を楽しみんしゃい」
そう言うと菖蒲は立ち上がり、妖怪達に一人ずつ挨拶をしに行った。
真司は咲き誇る梅を見上げ、お酒ではなくジュースを片手に持つと小さく息を吐く。
(菖蒲さんの正体、かぁ。縁が導くってどういうことだろう? それに妖怪達と交流なんて――)
「僕に、できるかな……?」
「何がですか?」
「うわっ!? し、白雪さん! はぁ……びっくりしたぁ」
突然ひょっこりと後ろから顔を出した白雪に真司は驚く。その相手が白雪だとわかると、真司は胸を押さえホッと安堵の息を吐いた。
真司の驚いた様子がおかしく思い、白雪は小さく笑う。
「ふふっ、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃなかったのですが。……それで、何が真司さんにできるかな?なんですか?」
「え? あぁ、その……」
真司は菖蒲との会話を白雪に話す。すると、白雪はうんうんと頷いた。
「なるほど、それでですか」
「確かに、以前よりかは色々な妖怪と話も出来ますが……その……」
「まだ、怖いですか?」
「…………」
真司は黙ったまま俯く。そんな真司の姿に白雪は優しい笑みを浮かべた。
「ふふっ、怖いものは仕方ありません。だって、真司さんは人間なのですから」
「……怖い妖怪だけじゃないって、わかってはいるんですが……あ、そう言えば、白雪さんも菖蒲さんの正体は知っているんですよね?」
白雪はニコリと微笑み「えぇ。勿論ですよ」と、真司に言う。そして、白雪は楽しそうに宴会を楽しむ妖怪達を見て話を続けた。
「商店街にいる方は皆知っていますし、また、菖蒲様に助けられていますから」
「…………」
「知りたいですか?」
「そりゃぁ……まぁ……」
「ふふふっ。なら、菖蒲様が言った通りの事を実行しないといけないですね?」
「うぅ……」
菖蒲の言うとおり、中々教えてくれそうにない白雪に真司はガクリと項垂れる。
(白雪さんも意地悪だ……)
「でも、少しだけヒントをあげます」
「え?」
真司は顔をあげ白雪を見る。白雪は白く細い腕を上げ、ある方向を指さした。
「あそこに行ってみるのもいいと思いますよ?」
「あそこ?」
真司は、白雪が指した方向をジッと見る。
「あそこって……確か、神社ですか?」
「さぁ? それは、実際に行って確かめて下さい♪ では……」
そう言うと白雪は立ち上がり、違う妖怪達の所へと向かって行った。
真司は白雪の背を見送ると指した方向をまた見る。
(やっぱり、あそこにあるのって神社……だよね?)
「ん~……。……よしっ!」
真司は立ち上がり、白雪が指した方向に向かうことを決意すると、百鬼夜行から抜け出し結界の外に出た。
真司は振り返り宴がされている場所を見るが、その場所は真司でも見えなくなっていた。
「ほんとに見えない」
なにも見えないが、真司にはどこに結界が張られているか、入口はどこなのかが直ぐにわかった。
「あそこに何か変な歪みがある……よね? 多分、あれが結界の入口ってことなのかな?」
戻り方もわかり一安心する真司は、通り過ぎる人々達と一緒に神社へと向かったのだった。




