恋と甘味と勝負事-八-
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翌日。真司が骨董屋へ赴くと、小豆が今日も店に訪れていた。
「お帰り、真司」
「あ、こんにちは」
「こんにちは」
礼儀正しく挨拶をする小豆に、真司はニコリと笑って挨拶を返す。
「そう言えば、まだ、自己紹介をしていませんでしたね。ウチは、小豆洗いの小豆と言います!」
「僕は、宮前真司です。宜しくね」
「はい!」
お互い軽く挨拶を交わすと、真司は炬燵の上に置かれている色々な和菓子に唖然となった。
「あの……これは?」
すると、小豆は何かのスイッチが入ったのか、一つの和菓子を持って凄い気迫で真司の前に歩み寄る。
真司はそれに驚いて思わず一歩後ずさったが、小豆の興奮は止まらず、小豆は後ずさる真司にさらに詰め寄った。
「真司さんも、是非、ご試食してください!! これは、勝負に向けての試作のお菓子です!! さぁ! さぁ、さぁっ!!」
「あ、あああの、おっ、落ち着いて……?」
「さぁさぁ、さぁさぁっ!!」
(こ、怖いっ!!)
「こりゃ!」
「あうっ!」
呆れ半分で見兼ねた菖蒲は、すかさず小豆の後頭部にチョップを食らわした。
真司は、暴走気味の小豆を止めてくれたのに内心ホッとする。
(た、助かったぁ……)
頭をチョップされた小豆は冷静に戻ると慌てて真司に頭を下げた。
「す、すみませんっ! ウチったら、つい熱くなってもうて……」
「あはは……気にしないで」
「お前さんは、もう少し周りを見んしゃい」
「はうぅ……。はいです……」
ションボリとする小豆に、真司は元気づけるため、炬燵に置かれている沢山の和菓子たちを見る。
真司が最初に目についたのは、夏物の和菓子なのだろう。ゼラチンの中に金魚がいるお菓子だった。
「これ、小豆ちゃんが作ったの? 凄いなぁ〜。食べるのが勿体無いぐらいだね」
素直な気持ちを言うと、小豆は気恥しいのか頬を赤く染め「えへへ……あ、ありがとうございます」と、真司に言った。
真司は、その恥じらいが何だか可愛く思った。
(お雪ちゃんとは違うけど、もう一人妹がいたらこんな感じなのかなぁ?)
真司が笑うと、小豆も微笑むように笑う。
そんな二人を、菖蒲は微笑ましげに側から見ていた。
「えへへへ」
「おやおや。すっかり仲良しさんやねぇ。こりゃ、ちと妬けてしまうのぉ。ふふふ」
袖口を口元に当て「ふふっ」と笑う菖蒲。
小豆は手に持っていたお菓子と違う物を手に取ると、それを真司に手渡した。
「真司さん、ぜひ、これも食べて見てくださいっ!」
「うん。ありがとう」
「えへへへ」
和菓子を受け取った真司は、ふと思い出し辺りを見回す。菖蒲はそんな真司の様子に首を傾げた。
「ん? どうかしたかえ?」
「……?」
菖蒲と小豆はお互い顔を合わせる。
真司は菖蒲たちの方を向き直ると、鞄を置き炬燵に入りながら菖蒲に「そう言えば、白雪さんやお雪ちゃん達の姿が見えないので、一体どこにいるのかなぁ〜って思ったので」と、言った。
そう真司が口に出した途端、小豆はあからさまに嫌な顔をした。
(あ、あれ……? 僕、気に障るようなことを言った?)
真司が少し不安に思っていると、菖蒲は困ったような顔をして頬に手を当てた。
「実はの、あの子らは豆麻のところに行ったのじゃよ」
「え?」
「行った、ではありません!あれは、連れて行かれたのです!」
小豆も真司の隣に腰を下ろすと、眉をつりあげながら真司に言った。
真司は小豆の言葉に益々(ますます)わからなくなる。
「つまりじゃな――」
菖蒲の話だと、つまりこういうことらしい。
小豆が骨董屋に来ると同時に豆麻も菖蒲の店に来ては「お前だけ試作の味を見てもらうとかずるいぞっ!贔屓だ!!」と、小豆に言い残し白雪達を問答無用で連れて行った。
そして、連れていかれた白雪達もそれはまんざらではないらしく、すんなりと豆麻の後を着いて行ったらしい。
一通りの出来事を聞くと、真司は納得したように頷く。
「なるほど、それで見あたらなかったんですか」
「自分に試作を食してくれる方がいないからって、わざわざ白雪姐さん達を連れて行ってっ!!」
頬をふくらませ怒る小豆に真司は苦笑し、菖蒲は呆れたように溜め息をついたのだった。