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猫又の初恋~勇~ 壱

 あれから、泣き止まない勇を抱えて真司たちは、また、あの建物の隙間を通ってあやかし商店街へと帰って来た。


「ただいま」


 裏口の戸を開けながら菖蒲が言うと、ドタバタと走り出す音が聞こえてくる。


(く、来るっ……!)


「おかえりなさーい♪」


 ——ドンッ


「うっ……!」


 走りながらやって来たのはお雪だった。

 真司は突進され、頭が鳩尾(みぞおち)に当たり軽く呻く真司。


(よ、よかった……。勇さんを抱いてなくて……)


 そう。このことを予想して真司は抱いていた勇を菖蒲に託していたのだった。


「た、ただいま。お雪ちゃん」

「ふふふ。さて、中に入ろうかのぉ。おーい、白雪や、茶を頼む」


「はーい」と、居間から白雪の返事が聞こえた。


「ねぇねぇ、真司お兄ちゃん。勇どうしたのー? 元気ない?」


 お雪は、後ろ姿からでもわかるほど落ち込み、グズル勇を見て言った。


「あー、うん。ちょっと……心の傷をね」


 苦笑する真司に首を傾げるお雪だった。


 ✿―✿―✿—✿―✿


 居間で勇を下ろすと、勇は部屋の隅に行きシクシクと泣いていた。

 事の事情を知らないお雪たちは、お互い何があったのか分からずキョトンとした表情で首を傾げている。

 菖蒲は、温かいお茶が入っている湯呑みを口につけ一口飲む。そして、「ほぅ……」と、息を吐くと理由を知らない皆に分かるように説明をした。


「率直に言うとな、勇は失恋したのじゃよ」

「あらあら〜」

「なるほどー☆」

「………へぇ」

「みゃー」


 それぞれ違う反応をする白雪達に真司は苦笑する。


「それは、悲しいことですね」

「失恋って悲しいのー?」


 白雪が言うと隣にいたお雪が言った。

 すると、白雪に同意したように星とルナ、真司もそれぞれ頷いた。


「……悲しい」

「みゃー……」

「うーん、まぁ、ツライかな」


 お雪は真司たちの言葉に「そっかー」と、言いながら頷く。

 真司はチラリと隅にいる勇を一瞥すると、その光景にギョッと驚いた。


「って、えっ?!」


 勇は相変わらず壁に向かって落ち込んでいたが、その背後には白くて丸い……ルンバがいたのだ。

 ルンバは、勇をゴミと認識したのかにぶつかっている。


「る、ルンバ?! 菖蒲さん、あれ、どうしたんですか?! くじは全部外れでしたのに!」


 菖蒲はドヤ顔で「ふふふっ。これはの、星がわざわざ私にくれたのじゃ!」と言う。

 すると、星がコクリと頷いた。


「……帰ってくる途中で……貰った」

「名前はね、ルンちゃんっていうのー♪」

「雪芽がつけたのよね」

「うん♪」


 ワイワイと喋り出す皆に、勇はさっきからぶつかってくるルンバに遂にブチ切れた。


「ええい! 鬱陶しいわ! 俺はゴミちゃうっちゅーねんっ!!」


(あ、復活した)


「戻ったー♪」

「いつもの勇に戻ったのぉ」

「……うん」

「うふふふ」


 勇は、ペチペチと可愛らしい猫手でルンバを攻撃する。


「このっ、このっ! 俺が落ち込んどるのに、お前は!! このーっ!」

「元気になったみたいでよかったですね、菖蒲さん」

「うむ」


 菖蒲は、微笑むと再び湯呑みに口をつける。

 そして真司は、ふと、例の事を思い出した。


「そういえば……どうして、この商店街から一気に高槻市(たかつきし)まで行けたんですか?」


 菖蒲も、そのことについて思い出したらしく「あぁ、あれか」と言った。


「この商店街は、橋以外にも色んな場所に繋がってはるんよ」

「……はぁ」


 意味が分からず曖昧な返事をする真司。


「これも、(ことわり)の問題じゃから説明は難しいが……次元は一つではないということじゃ。府内であれば問題なく行けるぞ。あぁ、でも、繋がっとる場所は広い所ではあらへんのぉ」

「あそこみたいに狭いんですか?」


 真司の問いかけに菖蒲が小さく頷く。


「建物の隙間……はたまたは電柱と壁との微かな隙間。そういった隙間に商店街は繋がっとる。一般から見れば、普通の空間に見えるんやけれども……そうじゃのぉ。お前さんなら、その空間を見分けることも出来よう」

「僕に……?」

「うむ。空間と空間には必ず歪みがある。その歪みが、ここに繋がる道となり他に続く道ともなるんやえ。(おの)が願えば何処(どこ)にでも繋がる……ということやの」


 真司は、菖蒲の言葉に深く頷くと「へぇ~」と、呟いた。


「何だが、どこでもドアみたいですね。あ! なら、もしかして、父さんが言っていた和風美人っていうのも、やっぱり菖蒲さんのことなんですか?」

「むむ??」

「実は、僕の父さんが酒蔵に見学した時に、着物を着た美人に会ったって言ってましたから」


 菖蒲は思い出したかのように両手をポンと叩いた。


「おぉ、あれか。そう言えば珍しく見学者がおるのぉと思っておったけど……そうか、あれは、お前さんの父だったか」

「はい。でも、何か納得しました。父さんが居た所から僕が居た所までは少し距離があったのに、どうして似たような時刻ぐらいに僕を見つけれるのかなぁって思っていたんで」

「うむ。あの時は、ちと勇に用があっての。酒蔵に来てみたはよいが、勇がおらんし。やから、家主達と話しをして勇が居そうな所を聞いたんじゃよ」


 菖蒲はチラリとルンバと戦っている勇を見て苦笑する。

 そんな勇を見て真司は首をかしげた。


「あれ……? 勇さんは、ここの住人じゃなかったんですか?」

「彼は、元々は普通の猫だったんですよ」


 菖蒲の代わりに白雪が言った。

 真司は白雪の言葉に目を見開きながら驚く。


「そうなんですか?!」

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