猫又の初恋-十四-(終)
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菖蒲達は美希の家を出ると例の公園へと戻ってきた。
空は薄らとオレンジ色になっていて、公園は静かだった。
勇は、まだ真司の腕の中で硬直している。
「こりゃ、勇」
菖蒲に名前を呼ばれハッと我に返る勇。
「は、はいっ!」
「お前さんは、一体、何故そんなに固まっておるんやえ?」
菖蒲が聞いた途端、勇は目に涙を溜めて突然泣き始めた。
それはあまりにも号泣で、そばにいた菖蒲も真司も驚いている。
「うわぁぁぁぁぁん!! あの美猫! あの美猫ぉぉぉぉ!! 男やったんやぁぁぁぁぁっ!!」
その言葉に、口を開けキョトンとしながら数回瞬きをする菖蒲。
真司は「あ、やっぱり……」と、思っていた。
菖蒲は驚いた様子で勇に問いかける。
「勇や……それは、真実なのかえ?」
「うぅ……ぐずっ……ゔぁい……」
「こりゃぁ、驚いた。まさか、オス猫やったとわねぇ」
頬に手を添え驚くというより、菖蒲はしみじみと感心していた。
そんな菖蒲と勇を見て真司は苦笑する。
「僕は何となく予想はしてましたけど……あはは……」
「なんと?!」
「どないじて、わがっだんや?ぐずっ……」
再び驚く菖蒲と、鼻水を垂らしながら真司に聞く勇に真司はまたもや苦笑するとポケットからティッシュを取り出し勇に一枚手渡した。
「あ、あはは……とりあえず、はい。これ使って」
「ありがどうな……」
チーーン!と、勇は鼻をかむ。
真司は勇と菖蒲を見ると、なぜわかったのかを菖蒲たちに説明し始めた。
「えっとですね。まず、名前からにして可笑しいと思って。女の子にボルサノなんて名前付けないですよ、普通。……た、多分ですけど」
「しかしや、人間。普通は気づくはずやのに、菖蒲様も気づかんかってんで? おかしくないか?」
「うむ。オス猫とは全く思わんかったのぉ」
真司は空を見上げてしばし考える。
「うーん……。これも、多分ですけど、あの猫は早い段階で……あー……その……」
言葉を濁す真司に勇は苛立ちを覚え「なんやねん。はよ言えや」と、手でバシバシと真司の腹を叩く。無論、猫の手なので痛くはない。
真司は意を決したように自分の思ったことを口に出す。
「あの猫は、きっ、去勢していたんだったと思います!」
すると、勇が恐ろしい言葉を聞いたかのように自分の股間を押さえ「ひぃっ!!」と、毛を逆立てて恐怖した。
そう。人間でも、男性か女性かわからない中性的な容姿をした者もいる。だからこそ、真司はなんとなく『去勢して男性フォルモンが無くなったから、体つきが女性らしくなったのではないだろうか?』と、思っていたのだ。
菖蒲は、それに納得したか深く頷く。
「なるほど、それでか」
「だから、うーん。なんて言うのかなぁ? 中性的?に見えたのかも」
「あぁあああ……。うぅ……まさか……そんな……俺の初恋がぁぁぁぁ」
またもやぐずり出す勇に菖蒲と真司はお互い顔を見合わせると、勇の小さな肩に手をポンッと置き同じ言葉を勇に言う。
「「どんまい」」
「俺の初恋を返せぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
薄らとオレンジ色に染まる空の中叫ぶ勇の声は、公園の中で木霊したのだった。
(終)
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