猫又の初恋-十参-
「どうぞ!」
美希はお茶菓子をテーブルに置き、菖蒲は慣れた仕草で真司の前に紅茶の入った白いカップを置いた。
「有難う、美希ちゃん。菖蒲さん」
「うん♪」
「どういたしまして、ふふっ」
菖蒲も自分のお茶を手に取ると、スズーと音を立て飲む。何故だか菖蒲だけは湯呑みで日本茶だった。
美希は真司の隣に座っていた勇を抱き上げ、向かい側にある別のソファーに座ると勇を膝の上に乗せた。
菖蒲は勇が座っていた場所に腰を下ろし、美希はキラキラとした眼差しでそんな菖蒲をていた。
「なぁなぁ! 怪我が治ったのって、お姉ちゃんの魔法なん?!」
菖蒲はゆっくりと湯呑みをテーブルに置く。そして、人差し指を口元に当て含みのある笑みを浮かべた。
「秘密じゃぞ?」
その言葉に美希の目がさらに輝く。
「わぁ!! すごーい!! お姉ちゃんは、魔法使いなんやね! なら、お姫様を助けたりもするん?!」
「ふふふ。そうやねぇ。困ってると助けるの」
そう言いながら真司のことをチラリと見る菖蒲に、真司は内心、落ち込みながらも苦笑した。
「あ、あははは……」
(そこで僕を見るってことは、僕、お姫様なんだ……)
「みゃー」
美希の膝の上に乗っている勇が鳴くと、美希は思い出したかのようにハッとする。
「そうやった! ボルサノ!! お姉ちゃん達、ボルサノはこっちやよ」
そう言うと、勇を胸に抱き美希はリビングを出た。
菖蒲と真司はお互い目を合わせるとコクリと頷く。そして、それぞれ飲んでいた物をテーブルき置くと、二人は階段を上り猫のいる部屋へと向かったのだった。
✿―✿―✿—✿―✿
「ここが、うちの部屋やよ」
リビングを出て階段を上り、一つ目の部屋に入る勇と菖蒲たち。
猫がいる部屋は美希の部屋でもあるらしく、部屋の隅には猫用タワーと反対側にはピンクと白の勉強机が置いてあった。
勇は美希の腕からストンと下り窓辺にいるボルサノの傍まで歩み寄る。
「み、みゃー?」と、勇は照れくさそうに鳴いた。
すると、寝ていたボルサノの片耳がピクリと動く。ボルサノは顔を上げ勇を見ると「みゃー」と、鳴いた。
そのボルサノの一鳴きに、勇は硬直してしまったのだった。
ボルサノはゆっくり起き上がると、勇の匂いを嗅ぎ体に頭をすり寄せる。
「みゃーみゃー」
それを傍から見ていた美希は、嬉しそうな顔をした。
「わ〜! すっかり、仲良しさんやね♪」
真司は、菖蒲の袖を摘み引っ張る。すると、菖蒲はそんな真司を察したのか真司の顔に自分の耳元を近づけた。
真司は、菖蒲との近さと微かに匂う甘い花のような香りに内心ドキッとする。
「え、えっと……その……な、何だか、勇さん固まってませんか?」
気恥ずかしくなったのか、ちょっぴり俯き気味でコソコソと喋る真司。
「うむ。猫語のことは、よう分からんが……緊張でもしてはるんやろかの?」
「だといいんですが……」
真司は勇を心配した眼差しで一瞥する。すると、勇はロボットのようなぎこちない動きで真司を見ると、真っ青な顔をして真司の胸に飛びかかった。
「うわっ!?」
突然飛びつかれ、真司は落とさないように慌てて勇を抱きかかえると、美希には聞こえないように小声で勇に話しかけた。
「急にどうしたんですか?」
「緊張でもしたかえ?」
勇は勢いよく頭を横に振る。どうやら、緊張で固まったわけではないらしい。
「ボルサノ、おいで〜」
「にゃー」
美希はボルサノをヒョイッと抱きかかえると、真司と菖蒲にボルサノを紹介する。
「この黒猫が、うちの友達で家族のボルサノ!」
「ふむふむ。見事なまでに綺麗な毛並みをしてはるのぉ」
ボルサノの顎を優しく撫でる菖蒲。
「にゃー……ゴロゴロ……」
気持ちよさそうにするボルサノと反対に、真司に抱えられている勇はブルブルと振るえていた。
「ふふふ。何とも人懐っこい猫じゃ」
ボルサノは菖蒲の手に顔をすり寄せたり、手をペロペロと舐めている。そんな猫に真司も自然と心が和み微笑んでいた。
「可愛いですね」
「うむ。実にめんこいの」
ボルサノは勇のことが気になるのだろうか? 菖蒲の手から顔を逸らすと、勇なか近づこうと首を伸ばし勇の匂いを嗅ごうとする。
勇はそれにビックリし、毛を逆立てた。
美希は、そんなボルサノのことは気にぜずニコニコと笑みを浮かべボルサノの体に頬をすり寄せていた。
「もふもふー、えへへへ♪」
美希のそんな姿は、どこかお雪にも似ている。真司と菖蒲が美希見て微笑んでいると、勇が真司の服を爪で引っ掛けクイッと引っ張った。
真司は勇が何かを言おうとしているのに気づき、菖蒲と話したように勇の顔に耳元を近づける。
「どうしたんですか?」
「は、はははよ帰ろうっ! 今すぐ帰ろうっ! ていうか、帰りたいっ!!」
「え? どうしてですか?」
「え、ええから、はよ帰るんや!」
真っ青な顔をして慌てている勇に真司は「わ、わかりました」と、返事をした。
真司は、また菖蒲の袖を小さく引っ張る。
「菖蒲さん、勇さんが……」
菖蒲は、何かを言いたそうな勇を見て小さく頷いた。
「うむ、仕方あらへんの。美希よ。来たばかりで申し訳あらへんが、私らは、そろそろおいとまさせてもらおうかの」
「えー、もう?」
「本当に、ごめんね? どうも、猫の調子が悪いみたいだから」
真司は、その場逃れの嘘をつき美希の小さな頭を優しく撫でる。
すると、菖蒲も美希の視線に合わせるように少し屈み、申し訳なさそうな顔をした。
「すまんの、美希」
美希は拗ねたように頬を膨らませていたが、菖蒲を見るとニコリと笑った。
「ううん。猫さんの調子が悪いなら仕方ないよ。また、遊びに来てくれる? お姉ちゃん、お兄ちゃん」
「あ、うん!」
「じゃあ、ウチ、お姉ちゃんたちお見送りする!」
「ありがとう」
菖蒲は美希に微笑みお礼を言うと、真司と菖蒲、そして勇は美希の家を出たのだった。