表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/93

猫又の初恋-十壱-

 二人は妖怪の世界と人間の世界を繋ぐ橋『あかしや橋』に来た。

 いや、今いる場所は妖怪の世界なので〝あやかし橋〟が正解だ。

 菖蒲は含みのある笑みを真司に向ける。


「さぁ、これから高槻市(たかつきし)に行くえ」

「え? これからですか? 菖蒲さん、車とか持ってるんですか……? もしかして、電車ですか?」

「残念ながら、二つとも外れやのぉ」

「え? なら——」


 どうやって行くのかと菖蒲に聞こうとする前に、菖蒲は真司の手を突然握り橋を渡り始めた。


「えっ?! 菖蒲さん?!」


 引っ張られるように橋に一歩踏み出す真司。

 橋を渡るといつもの如くスーッと鳥居が現れる。真司と菖蒲は鳥居をくぐると景色は元のあかしや橋——ではなく、全く知らない場所に出たのだった。

 しかも、どうやら今いる場所は建物と建物の隙間で、人一人分通れる狭さの所にいた。


「えぇ?! こ、ここ何処ですか?! というか……一気に狭く……うぅ、狭いです!」

「ふふっ。出ればわかるよ。さぁ……」


 菖蒲は真司を手の引っ張り、狭い隙間から外に出る。真司は、挟まれていた解放感から「ほぅ」と、小さく息を吐き辺りを見回した。

 菖蒲のお店のような瓦屋根に古い木造の建物に真司は身に覚えがあった。


「……あれ? ここって、もしかして……」

「うむ。高槻市じゃ」

「ええええええっ?!?!」


 真司は大きな声を出して驚いた。

 真司がいた堺市から高槻市に行くまで電車で2時間掛かるはずなのに、あやかし橋を渡った瞬間、ものの一・二分で高槻市に来たのだ。

 それは有り得ないことだけれど、こうやって有り得てしまっていた。現代で言うと『ワープ』をしてしまったのだ。

 真司はあまりの衝撃的事実に思考が追いつかず、呆然と立ち尽くしていた。

 真司はぎこちない動きで菖蒲を見る。


「だっ、だって……さっ、さっきまで、僕達あやかし商店街にいましたよね?!」

「うむ。これはのぉ——」


 菖蒲がそれについて話そうとしたとき「あ、おったおった。菖蒲様~ぁ!それと、おーい、人間~!」と、勇が真司達の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 真司と菖蒲は声がする方を見る。すると、少し離れた所から勇が手を振っていた。

 勇は四つん這いになり真司達のところに駆け寄る。そんな勇を菖蒲は呆れ果てたような顔で溜め息を吐いていた。


「勇か。全く……ここは、人間の世界ぞ? もう少し声を落とさんか……最初は警戒しておったくせに、直ぐに元に戻りおって……はぁ」

「あはは……そうですね」


 菖蒲は呆れ、真司は苦笑する。


「あの、菖蒲さん。さっき、言いかけたことですけど……」

「む? それは、帰ってから話そうぞ。今は、勇が優先じゃ!」


 グッと拳を握りやる気満々の菖蒲に、真司は菖蒲の言いかけていた言葉が気になりモヤモヤしていた。


(途中まで言われると気になるなぁ……うぅ……)


 そんなことを思っていると、勇が菖蒲達の前まで来た。

 菖蒲と真司、そして勇は例の公園へと向かう。勇は話しやすいように菖蒲に抱きかかえられていた。


「それで、今日は何をなさるんですか?」

「うむ。会えぬのなら、飼い主に執り合ってみようかと思っての」

「飼い主ですか?」


 菖蒲はコクリと頷くとベンチに腰を下ろし、勇を膝の上に乗せた。

 真司はわからないまま、自分もベンチに腰を下ろす。すると菖蒲が、公園の中央に建っている時計を見上げた。


「そろそろじゃの」

「「???」」


 勇と真司は、これから何が起きるのか全くわからずお互いに首を傾げる。カチッと時計塔の針が動いた。

 時刻はお昼の13時を指していた。

 すると、目の前に六歳ぐらいの小さな女の子がスクールバッグを持って走りながら前を通り過ぎて行った。

 菖蒲は、その女の子に向かって小さく「ふぅー」と、息を吹き掛ける。その瞬間、どこからともなく風が吹き付け女の子は何も無い所で転けてしまった。

 真司は菖蒲の不思議な力を、初めて目の当たりにし唖然となる。


「う、うぅっ……ぐず……痛いよぉ……」


 転けて傷ができてしまったのか、女の子はその場で座り込み右膝を押さえて目に涙を溜めていた。

 菖蒲は、ベンチから立ち上がると女の子の方へと歩み寄る。勇も真司も菖蒲の後に着いて行く。


「これ。女子(おなご)が、そのような擦り傷で泣くでない」

「でもっ……痛いんやもんっ……うえぇぇん!」

「ふむ。仕方あらへんのぉ。どれ……」


 菖蒲は、また、息を吹き掛ける。今度は何も無いところでではなく、女の子が怪我をした足にだ。

 女の子と真司は、その不思議な光景に言葉を失っていた。

 それはなぜか――それは、菖蒲が息を吹き掛けた瞬間、傷はみるみる消えていったからだ。


「わぁ~!」

「…………」


(す、すごい……これが、菖蒲さんの力……)


「みゃおん」


 勇は女の子の傍に行き、涙を溜めていた女の子の目をペロっと舐める。


「猫さん?」


 女の子は不思議な光景を目にしたことと、猫が自分の涙を拭ってくれたことが嬉しいのか、痛みを忘れクスクスと笑っていた。

 すると女の子が菖蒲に「あのね」と、話し出した。


「あのね、美希(みき)のところにもね、猫がおるんよ」

「うむ、知っておるぞ。黒猫じゃろ? ふふふっ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ