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猫又の初恋-九-

(まぁ、その方が助かるんだけどね……)


 そう思い、真司は自身の右手首にある赤い数珠を見る。中心には銀の鈴に菖蒲(しょうぶ)の花が彫られていた。

 これは、真司が初めてあやかし商店街に来た時に菖蒲がくれた物だ。

 通常、あやかし商店街に行くには"子の正刻"に橋を渡らなければいけない。しかし、この数珠のブレスレットを身に付けると、朝でも昼でも夕方でも、どんな時刻でも自然とあやかし商店街へと辿り着けるのだ。


 真司は周囲に人がいないか誰も見ていないかを確認すると橋に一歩足を踏み入れた。

 その瞬間、ブレスレットが淡く光だし『あかしや橋』と書かれたプレートの文字がユラリと揺れ、文字は〝あやかし橋〟へと変わる。辺りは濃い霧に包まれ、来た道も進む先も見えない。

 すると、目の前にスーッと朱色の大きな鳥居が現れた。

 真司は、その鳥居の中をくぐる。途端に一気に霧は晴れ、静かだった風景が賑やかな商店街へと一変した。

 商店街の入口は先程の鳥居と似ており、入口の看板には【あやかし商店街】と書かれている。


「今日も賑やかだなぁ~」


 賑わう商店街通りを見て呟くが、真司は他の妖怪達となるべく目を合わせないように、少し俯き気味で菖蒲の骨董屋へと向かった。

 妖怪の通りが少ない路地裏へ向かおうと曲がり角を曲がった途端、ドンっと何かにぶつかった。

 その拍子で身体が傾き、真司は前に転けた。


「うわっ!」

「っ!!」


 どうやら、ぶつかったのは人の姿をした妖怪らしい。


挿絵(By みてみん)


「ご、ごめんなさいっ!!大丈——」


 お雪ぐらいの年齢の子に覆い被さるように転けてしまった真司は「大丈夫?」と、声を掛けようとしたところで言葉が詰まり、目の前にいる妖怪の瞳をジッと見てしまった。


 その妖怪は肌が西洋人形のように白く、前下がりのボブカットの髪は綺麗な金色をしていた。

 女の子か男の子か分からない中性的な容姿にも驚いたが、真司が一番驚いたのは――否、見惚れてしまったのは、その瞳だった。

 ガラス玉のようにつぶらで大きな瞳は、左右とも色が違うオッドアイだったのだ。

 右の瞳は、まるでブルートパーズみたいな透明感があり、ガラスのように透き通った薄い青。それに対し、左の瞳は右よりも色は濃いが、それでも淡い緑色だった。

 宝石で例えるならアベンチュリンに似ている。淡い緑が、まるで自然の緑を思わせてくれるようで、見ていると自然と心が和みそうだった。


「あの……大丈夫だから……そこ……退いてほしい」

「……え? あっ!! ご、ごめんっ!! その、君の目が珍しくて綺麗だったから!! ……って、こんなこと言っても困るし、僕、なに恥ずかしいことを言っているんだろう? あはははっ! 本当にごめんね」


 自分の台詞に恥ずかしくなり苦笑すると、真司は慌てて立ち上がり頭を掻く。少年もしくは少女は、それでも真司の言葉が嬉しかったのだろうか? 少し頬が赤くなり、口元の口角が微かに上がっていた。


「えっと……君もこの裏道を使うの? 君も妖怪なのに?」

「……うん……人が多い所は……苦手、だから……」

「そっかぁ。なら、僕と同じだね」


 お雪と話をする時のように、腰を屈め目線を合わし目の妖怪と話をする。お雪の年齢とも近く、また、見た目は人の姿なので、真司は怖がらずに自然と話すことができていた。


「僕も、ここに来るのにはだいぶ慣れたんだけど……やっぱり、まだ少し、ね。だから、菖蒲さんのお店に行く時は、極力この道を通っているんだ」


 目の前の妖怪は、真司の口から出た"菖蒲"という言葉にピクリと反応する。


「……菖蒲? もしかして……宮前真司さん……ですか?」


 真司は初めて会う妖怪に名前を呼ばれキョトンとした表情になる。


「え? う、うん。そうだけど……?」

「あなたが……そう、ですか……」


 真司は訳がわからず、思わず首を傾げた。

 すると、目の前の妖怪が話を続けた。


「僕……菖蒲様から……迎えに行っておいでって、言われて……」

「え、そうなの? そっか……わざわざ迎えに来させてごめんね? ……よし! なら、早く行こうか!」


 真司は、妖怪の小さな手を優しく握ると、そのまま菖蒲の店へと向かい歩き出す。


「…………」


 手を握られた妖怪は急に握られたことに驚き、自分の手を引っ張って歩く真司の顔をチラっと見る。

 最初はポカンとしていた妖怪の表情が、また少しだけ上がったのだった。


 やがて真司達は骨董屋に辿り着くと玄関の引き戸を開けた。


「こんにちは」

「いらっしゃーーい! じゃなくて、おかえりなさーい♪」

「あ、雪芽! 待ちなさいっ!!」


 ドタバタと足音を鳴らしてやって来たのは、お雪だった。

 お雪は、いつもの恒例の衝突挨拶を真司にする。もちろん、これは本人には悪気はない。


「うっ!」


 いつものことながらお雪の頭が真司の鳩尾に当たり、真司は小さく呻いた。

 その後ろで小走りでお雪を追いかけて玄関に現れた白雪。白雪は呻く真司の姿を見て慌てて傍に寄り「だっ、大丈夫ですか?!」と、真司に言った。


「い、いつものことなんで……あははは……」


 お雪を受け止め、頭を撫でながら苦笑する真司。お雪は「えへへ♪」と、嬉しそうな表情で頭を撫でられていた。

 そして、真司の後ろにいる子供の妖怪が「ただいま……」と、小さな声で言った。

 すると白雪がにこりと微笑んだ。


(せい)ちゃんも、おかえりなさい」


 恥ずかしそうに黙ったまま頷くこの妖怪の名前は〝(せい)〟というらしい。そこで、真司は「ん?」と、何かを思い出すように考え始めた。


((せい)……? どこかで聞いたような……?)


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