猫又の初恋-六-
よく見ると、窓辺には遠目でもわかる程の綺麗な毛並みを持つ黒猫がちょこんと座っていた。
「あ、黒猫だ」
真司は、窓辺の黒猫と法被を着た猫を交互に見る。そして、顎に手をやり「うーん」と、唸りながら考え始める。
(なんとも言えないような眼差しで黒猫を見てる……ような? これって、もしかして……)
「どうやら、恋をしているようじゃの」
「ですよね。僕も、そう思って……え?」
思っていることを言う誰かの言葉に真司は普通に返事をする。しかし、途中で我に返り、背後からの聞き覚えのある声に疑問を感じ、慌てて後ろを振り返った。
「あ、菖蒲さん?!」
そう。真司の背後に立っていたのは菖蒲だった。
今日の菖蒲は、濃紺色の生地に淡い紫色と白色のリリスの花が織られた着物に、色地に水茶色の兎柄で裏地は薄ピンク色地に紗綾形模様のリバーシブルタイプの帯を結んでいた。
「ど、どうしてここに?! というか、いつからここにっ?!」
「ふむ。ここに来たのは、ちと用事での。いつからいたかというとな、ほんの今し方じゃ」
「そ、そうなんですか……」
菖蒲がいたことに全然気づかなかった真司は、ポカンとしながら返事を返す。しかし、菖蒲の目線は真司よりも、さっき見ていた猫に行っていた。
「ふむふむ。あれは、勇やねぇ」
「え?! やっぱり、あの猫は勇さんなんですか?!」
「うむ。今は普通の猫姿じゃがな。しかし、勇も隅に置けんのぉ~」
むふふふ、と愉快そうに笑う菖蒲。
すると、勇が菖蒲達の方に向かって歩き初めた。
「わわっ! こっちに来ますよ?! ど、どどうしましょう?!」
「ふーむ」
隠れる場所を慌てて探す真司と冷静に考える菖蒲。
しかし、辺りには家と電柱だけで菖蒲と一緒に隠れられそうな場所は無かった。
——その時。
「ん? ……お二方何しとるんすか?」
「あ……」
「見つかったのぉ」
訝し気な目で真司達を見る勇。気まずそうにする真司は頬を掻きながら、例の窓辺の黒猫をチラリと見て苦笑した。
「え〜とぉ……あははは……」
誤魔化そうとしている真司を勇は「ジーーー」と、言いながら真司をひたすら見ている。どうやら、笑って誤魔化すことは不可能らしい。何よりも真司の良心が痛かった。
真司は勇に素直に謝る。
「うぅ……す、すみません。勇さんらしき猫を見つけたので、後を着けてました……」
「私は、真司を見かけたから後を着けただけじゃ」
「……結局、お二方ともやってることは一緒じゃないですか」
「うぅ……」
「ふふふ、そうやのぉ」
正直に言う二人に半場呆れながら勇は言う。しかし、勇はハッなると慌てて口元を手で隠し、辺りをキョロキョロと見回した。
「勇さん?」
勇は周りに人がいないことを確認すると、また溜め息を吐いた。
「ふぅ〜。つい、お二方の前なんで油断してしまいましたわ」
「え??」
真司は首を傾げる。それを見た勇は「まだ分からんのか? こいつは阿呆やな」という目で真司を見ていた。
なぜ勇が慌てたのかを菖蒲が勇の代わりに言う。
「真司。ここは、商店街の中ではなく、人間の世界ぞ? 猫が普通に人語を話していたら、どうなるえ?」
「あっ! そう言うことか!」
真司は、勇が辺りを警戒して喋る理由が分かり納得すると、自分に苦笑した。
今までの真司なら、勇と同じく周りを警戒するだろう。だが、今日の真司はスッカリそれを忘れていたのだ。
それは真司にとっても意外なことで、真司は自分のことなのに意外性を感じていた。
そして、真司は少し思ったのだった。
『もしかして、少しは商店街に慣れてきたのかな?』と。
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菖蒲と真司、そして勇は、近くにある小さな公園のベンチに腰掛ける。勇は、菖蒲の膝の上で大人しく座っていた。
「いやはや、菖蒲様の膝の上に座らせていただくとは……恐れ多いです」
「かまわんよ。私は、猫は好きやからのぉ」
「は、はぁ」
曖昧な返事をしつつも、やはりどこか嬉しいのかどこか照れているような含みのある顔をしていた。
菖蒲は、そんな勇の頭を撫でる。それが気持ちいいのだろう。勇は目を瞑り、喉をゴロゴロと鳴らしていた。