猫又の初恋-伍-
「やっぱり、面白がってたんだ……」と、内心思い、真司は溜め息を吐いた。
菖蒲は瓢箪に入っている酒を杯に注ぐ。水のように透明で澄んでいて、正に"清酒"という名前の通りのお酒だった。
菖蒲は杯を口に付け、コクリと喉を鳴らし酒を飲む。そして、その杯をテーブルにソッと置いた。
どんな感想が来るか緊張しているのだろうか? 猫なのに正座をし、背筋を伸ばして菖蒲の顔色を窺っていた。
居間に静寂が訪れる。
(う……な、何だか、僕まで緊張してきたよ……)
菖蒲がゆっくりと口を開いた。
「「っ!!!」」
いよいよ来る!と思い、真司までも知らずに背筋が伸びていた。
眠っているお雪を膝の上に乗せ直すと、白雪はそんな二人の様子を微笑みながら傍観していた。
「美味じゃ」
その一言で、真司と勇はホッと安堵の息を吐く。菖蒲は満足そうな笑みを浮かべ、深く頷いた。
「うむ、今年も美味ぞ。これならば供えても問題なかろう。あやつも喜ぶ」
「よかったです!」
「はぁ~……何だか、僕まで緊張したよ」
畳に両手のひらをつけ、天井を見上げる真司。
勇は、スクっと立ち上がると瓢箪を菖蒲から受け取り、再び首にぶら下げる。
「では、予定通り進めていきたいと思います。失礼します姐さん!」
「うむ。気をつけて帰るんやぞ」
「はいっ!」
元気良く返事をする勇は、器用に障子を開けて居間を出る。真司は勇を見送るために、店の入口まで着いて行った。
すると、突然、勇の足が立ち止まり真司の方を振り向いた。
「人間、今日は世話になったな」
「いえ、僕は何もしていないので」
真司は本当に自分はなにもしていないことを勇に言うと、勇は「いやいや」と、真司に言った。
「俺が知る限り、菖蒲様も相当お変わりになられたでー。きっと、その変化は人間……お前の存在やろうな」
「は、はぁ……」
「ま、それはええわ! ほなな~、人間」
そう言うと、勇は四つん這いになり、颯爽と去って行ったのだった。
真司は勇の背中を見送りながら、ふと思う。
(菖蒲さんって、昔からあんな感じじゃなかったんだ……)
——翌日。
真司は家族と一緒に、東大阪にある高槻市に訪れていた。
「初めて来たけど、何か風流があるって感じだなぁ」
着いた先は真司の地元よりも緑が多く、古い年期の入った木造が沢山建ち並んでいた。中には、個人経営の理髪店やお米屋さん、仏壇専門店などの小さなお店も建っていた。
その街並みと古さから、真司はまるで昭和時代にタイムスリップしたかのように感じていた。
そんな真司は、家族と別行動をし辺りを探検気分で散歩する。すると、家と家の小さな隙間から一匹の猫が通り過ぎた。
(ん?)
真司は通り過ぎた猫を見る。その猫は、黒と茶のぶち猫で背中に大きく〝酒〟と書かれた法被を羽織っていた。
何だか、例の猫又こと勇を思い出した真司は、その猫の後を自然と追っていた。
後を追う真司が着いた場所――それは、元居た場所より離れ、コンクリートでできた現代の家が建ち並んでいる小さな住宅街だった。
猫は、その中の住宅街の中でも一段と立派な家の前に来ると足を止め、上を見上げていた。
「???」
真司も、つられて上を見上げる。見上げた先にさ小さな窓があった。
「窓??」
眼鏡を少し上げて目を凝らす。