猫又の初恋-四-
その場で項垂れるように落ち込んでいる勇。
真司はそんな勇をずっと見ていたら思わず笑ってしまいそうになるので菖蒲に向き直った。
「お酒って、何に使うんですか?」
「ふむ。大晦日兼元旦用に、少しな」
「元旦? でも、元旦ってもう少し先ですよね?」
そう言うと、真司は壁に掛けられているカレンダーを見た。
カレンダーは白い子兎がカップの中に入っていて、カップの中央には12月と書いてある。
「元旦よりも先にクリスマスじゃないですか?」
あと2日でクリスマスを迎える。後一週間で年が明け、真司はてっきりお祝いをする用のお酒だと思っていたが、どうやらそれは真司の思い過ごしらしい。
「何を言うとるねん!!」と、突然勇が炬燵の天板を叩きながら言った。
「あの酒は、神に捧げる酒やで!? この時期に用意せな間に合わんっちゅーねん! まぁ、それでも、今回は仕上げまで来るのに遅い方やけど……」
「えっと……神様に捧げるお酒ですか??」
「真司さんは、御神酒ってご存知ですか?」
膝の上でいつの間にかスヤスヤと眠っているお雪の頭を優しく撫でながら、白雪は真司に問う。
「御神酒って、元旦に神社とかで貰うあれです、よね?」
そう答えると、白雪はニコリと微笑んだ。
「その通りです」
「正確に言うと御神酒とは本来、神様にお供えしたお下がりの酒のことじゃ。神に物をお供えしてお参りをすると、神の霊力がその供え物に宿ると言われておる。そして、その酒で祭りをすれば、霊力の宿った酒……すなわち、神酒となる」
湯呑みを持ち、淡々と語る菖蒲。
真司は、初めて知った御神酒の本来の理由を知り「これも、なんだか深い話だなぁ」と、思ったのだった。
すると、今度は勇がその続きを言うように話に加わる。
「しかも!! これを、後から頂けば神様の霊力が直接体内に入ることになるんや!! この事から神道の祭礼に於いて、非常~に重要なこととなったんやでっ!」
「へぇ~」
真司が頷いていると、勇から引き継ぐように今度は白雪が話を続けた。
「因みに、人間が洒落た言葉でいったのが"御神酒"なのです。本来は、"神酒"と呼びますね」
「ふふっ」と、白雪が微笑みながら言う。
「言い方にも色々あるんですね。勉強になりました」
「にゃふふふふ……ちっちっちっ〜、まだまだ甘いで人間!」
「え?」
「神に捧げる酒は、ちゃんと決まっとるんやっ!」
ビシッと真司を指さしする勇。
指をさすというよりも、プニプニの肉球を真司に向けていた。
真司は、思わず触りたくなる衝動に駆られそうになったのを、グッと抑え皆の話に耳を傾ける。
菖蒲は湯呑みをテーブルに置き「ふむ」と頷いた。
「神に捧げる酒は、四種の酒と決まっているの」
「四種ですか?」
「一つは、清酒。そして、濁酒……」
「白酒、黒酒もありますね」
菖蒲が二種類のお酒を言うと、残りの二種類を白雪が言った。
すると勇が胸を張り、自慢げに「この四種の酒が、神に捧げることが出来るんや!」と、真司に言う。
「へぇ~。色々あるんですね。それで、菖蒲さんはどのお酒に入るんですか?」
「うむ。私の所は毎年、清酒になっているの」
「それを、この俺が作っとるんや!!」
えっへん!と、胸を張る勇。
「本題に入ると、今日、こちらに来たのは最終確認として菖蒲様に味見してほしいからです」
「ふむ」
勇はそう言うと、先程から首に掛けていた、小さい猫用サイズの瓢箪を菖蒲に手渡した。
(あ。あれって、中身お酒だったんだ)
ずっと「何なのだろうか?」と、密かに真司は考えていたので中身がわかると気になっていたのがスッキリした。
菖蒲は瓢箪を勇から受け取ると真司の名前を呼んだ。
「真司、台所から、かわらけを取ってきておくれ」
しかし、真司は『かわらけ』が何なのか分からなかった。
「かわらけ……ですか?」
「ふふふっ。では、私が持ってきましょう」
「うぅ……す、すみません」
白雪は、膝の上にあるお雪の頭を、起こさないようにそっと畳に下ろす。そして、台所から戻ってきた白雪の手には、桜の柄が描かれている真っ白な杯があった。
「あ、これ、御神酒を貰う時の」
「うむ。かわらけというのは、これのことじゃ。また、一つ知識が増えたの」
袖を口元に当て、いつもの笑う時の仕草をする菖蒲。
「確かに一つ増えましたけど……そんなに笑うことないじゃないですか」
なんだかからかわれたように思え、ちょっぴり拗ねる真司に、菖蒲はまたクスクスと笑う。
「さて、と。からかうのはこれぐらいにして、早速、勇の酒を貰おうかの」




