猫又の初恋-参-
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居間で四人と一匹は炬燵に入り、のんびりと過ごしていた……というわけでもなかった。
白雪は、あれからお雪の腕から勇を引きはがしたあと、ひたすら勇に謝っていたのだ。
「すみません、すみません。雪芽が……」
「あはは~、まぁ、いつもの事なんで大丈夫っすよ、白雪姐さん」
(あ、いつもの事なんだ)
真司が商店街に来る度にお雪は突進して来るので、真司も密かに納得し、勇に少し同情してしまう。
「もう、この子は、あれほど言っているのに……。はぁ、困った子だわ」
勇の尻尾で戯れているお雪を見つつ、白雪は頬に手を当て困ったような表情をする。まるで、お母さんがお転婆な子供なか困っているように見えた。
「あはは……」と、真司も苦笑する。すると、菖蒲が人数分のお茶をお盆に乗せ持ってくると、それぞれ目の前に湯呑みを置いていった。
「お雪も、まだまだ子供やからの。いや、永遠に子供のままかの〜。ほれ、勇、茶じゃ」
「おぉ! これはこれは、有り難うございます!」
勇は菖蒲から湯呑みを受け取る。それを見ていた真司は、不思議なものを見るような目で勇をジッと見た。
「猫がお茶を飲んでいる……器用だなぁ……」
感心する真司に対して、勇は茶が熱いのか、飲むのにかなり苦戦していた。
「うにゃっち!! ふーふーふー!」
(あ、やっぱり猫舌なんだ)
真司も菖蒲が淹れてくれたお茶を飲みつつ、勇を何気に観察する。猫又の観察日記をつけれるぐらい真司は猫又に興味を抱いていた。
「ふむ。お前さんのは少しぬるめにしたつもりじゃったんだが……加減が難しいの」
「でしたら、宜しければ私が冷やしましょうか?」
「いえいえ! 大丈夫です!! ほんっま、大丈夫です! お気になさらず、姐さん!!」
断固としてお断りする勇。
ここまで断るということは、以前にも似たようなことがあり酷い目にあったのだろうか?と、真司は内心思った。
それはもしかしたらカチコチに凍ったお茶を渡されてしまったり。はたまたは、勇ごと凍らせてしまったり。
どちらにしても、勇にはもう懲り懲りなことが起こったのだろう。
「ねーこ、ねこ♪ ねこ♪ ねこねこ~♪ 尻尾、尻尾♪」
「そうですか……って、こら、雪芽。勇さんの尻尾で遊ばないの」
残念そうに落ち込む白雪は、勇の尻尾で戯れるお雪に注意する。
お雪は「は~い」と、手を上げ返事を返した。
「おや、素直じゃないか」
「うん! 飽きたー!」
「ぷふっ……あ……」
お雪の自由さに思わず笑ってしまった真司。
案の定、菖蒲達からジッと見られ、真司は急に気恥ずかしくなり少し俯くと長い前髪に触れた。
「あ、えっと……す、すみません……」
「ふふっ、別に謝らんでもええよ」
「そうですね、ふふふ」
「いや、俺からにしたら、笑われても困りもんなんすけどねぇ」
「あははー♪」
何とも穏やかで賑やかな雰囲気なんだろう。真司の口角は自然と上がっていた。
そして、ふと、思い出す。そう。例の"アレ"のことだ。
真司は「話すなら今だ!」と思い、雪中梅という降り積もる雪の中で咲き誇る梅をイメージして作られた上生菓子を、美味しそうに食べている菖蒲に聞いた。
「あの、菖蒲さん」
「ふぁんふぁ?」
「あ、あはは……食べ終わってからでいいです」
口元を袖で隠して、モグモグと口を動かす菖蒲。
ゴクリと飲み込むと「なんじゃ?」と、真司に言った。
「えっと、勇さんと話していた"アレ"って何ですか?」
「あぁ、その事かえ? それはじゃな——」
「——酒や!!」
突然、菖蒲の言葉を遮り話に入ってくる勇に真司は首を傾げる。
「え、お酒?」
勇は、ふふんと鼻を鳴らすと腰に手を当て胸を張って立ち上がった。
「聞いて驚くなよ? 人間!」
「はぁ」
「俺の所は、酒を作っとるんや! むふふふ~、凄いやろぉ〜凄いやろぉ~? 褒めてもええでぇ~、むふふふ」
「あ、何となく酒屋なのは分かっていました」
「にゃっ?! にゃ、にゃにゃにゃにぃぃぃぃぃぃ?!」
一歩下がって大袈裟に驚く勇に、真司は勇の背中を指さした。
「だって、ほら。ここに、大きく"酒"って書いてありますし」
すると勇は猫が獲物を狙うときみたいに眼光を開いて「はっ!! う、迂闊やった!!」と、言った。
「相変わらず、阿呆やの」
ボソリと呟く菖蒲に、苦笑いしながら心なし同意したことは自分の心の中での秘密にしよう、と真司は思ったのだった。




