猫又の初恋-二-
すると、チリリンと店のドアが開く音がした。
「おや、珍しい。お客様かえ?」
「あ。僕が見てきます」
真司はそう言うと炬燵を出てお店の方へと向かう。
(うぅ、寒い寒い……)
床の冷たさが足から伝わり、体が一気に冷える。真司は腕を擦りながら売場に続く板張りの廊下を歩き、その境目としてある和柄の暖簾をくぐり店の中を見回した。
けれど、お店を見回しても誰もいなかった。
「あれ、いない? おかしいなぁ……」
確かに店のドアは鳴ったのに……と、思い首を傾げていると、周りの骨董品でもある付喪神達が「下だよ~」と、言った。
「下?」
真司は皆が言うとおり下を見る。そこには、黒と茶色のブチ猫がちょこんと座っていた。
「ね、猫?」
(しかも……服を着てる……)
大人しく座っていた猫は紺鼠色に背中に〝酒〟と、大きく書かれた甚平を着ていた。
それだけじゃなく、猫は突然、四足から二足で立ち上がったのだ。
「っ?!」
「これはこれは、お初にお目にかかりますぅ」
猫が喋り、律儀にお辞儀をする。
「しゃ、喋った?!」
「そりゃぁ、喋りますよ〜。何せ、俺は猫又やからなっ!」
猫は、そう言いながら尻尾をユラリと揺らす。真司は揺れた猫の尻尾を見てみると、尻尾は二つに分かれていた。
(た、確かに二つに分かれてる……)
「俺は、猫又の勇と申します。あ、因みに、この名は新選組の近藤様からお取りになったそうで」
「……はぁ、そうですか」
関西混じりの言葉で勇は喋り続ける。
「で、早速なんですけど、菖蒲様はいらっしゃいます?」
「あ、はい。ちょっと待ってて下さい」
そんな真司の言葉を無視し、勇は大きな声で「菖蒲様ーーー!!」と、菖蒲の名前を呼んだ。
真司はあまりの大きさに思わず耳を塞ぐ。
(そっ、その小さな体のどこにそんな声量がっ?!)
すると、ぽてぽてと呑気な足音と共に、菖蒲が暖簾をくぐり呆れ果てたような顔で店に現れた。
「これ、大きな声で人の名を呼ぶんじゃないよ。まったく……お前さんは相変わらずじゃな、勇」
「いやはや〜、これは失敬失敬。にゃははは~」
「菖蒲さん、この猫は一体……?」
真司がそう言った途端、突然勇が怒りだした。
「猫じゃねーって言ってるやろ?! 猫又や、猫又!」
「あ、そうでした。すみません」
(というか、猫も猫又も結局は猫なんじゃ……)
内心思ったことを、菖蒲は感じ取ったのだろうか? それとも、同じことを思ったのだろうか?
「猫も猫又も同じではないか。阿呆め……」と、呆れながら呟いた。
勇は腰に手を当て、不貞腐れた顔で「違いますぅ」と、言う。
どうやら勇にはなにか猫又としてのプライドがあるようだ。
「で、今日来た用はアレかえ?」
「はい、アレです!」
「??」
真司は一人と一匹が言う〝アレ〟が分からず首を傾げる。そして、菖蒲にアレとは何なのか聞こうとした時——。
「勇ー!! ねこーー!!」
「こっ、こらっ雪芽?! 待ちなさーーいっ!」
「う、うわぁぁ! ニギャァァァァァァ!! …………ガク」
店の奥からドタバタと走る音が聞こえると思ったら、お雪が勢いよく現れ、そのまま潰すのではないかという勢いで勇を抱き締めた。
抱き締められた勇は締める力が強かったのか、蟹のように口から泡を吹いてお雪の腕の中で気絶している。
「……おやおや」
これに関しては菖蒲も少しびっくりしたのか最初は驚いていたが、その後、勇の哀れな姿を見て可笑しそうに笑った。
真司は〝アレ〟について菖蒲にすっかり聞きそびれてしまう。そして、泡を吹いて気絶している勇を抱き、お雪が嬉しそうに頬ずりする姿を見て苦笑したのだった。
「あは、あはは……」