二度目の訪問-四-
そんな話をしていると、あっという間に菖蒲の店である、骨董屋の裏口へと辿り着いた。
裏口には木でできた塀と扉がある。瓦屋根に一階建ての木造の建物は風情があり、まるで昭和レトロな雰囲気があった。
菖蒲は、先に戸口に入ると後ろを振り返り「ほれ、はようお入り」と、真司に言った。
真司は慌てて返事をし、菖蒲の店の中へと入る――が、入った瞬間、何かに突進されギューッと抱きしめられた。
「おかえりなさーい!」
「げふっ!!」
丁度、頭が鳩尾にぶつかり、真司は少し前のめりになる。
「これ、お雪。猪の如く突進をするのはよいが、真司が困っているではないか」
(突進はいいんですかっ?! というか、今、サラリと避けましたよねっ?!)
「あ! ごめんなさ~い♪」
てへっ♪と、舌を出し真司の傍を離れたのは水色の髪をし、ハーフテールに可愛らしい雪兎の髪飾りを付けた10歳ぐらいの女の子だった。
「えっと……?」
真司は突然の事で頭が回らなかった。
そして、目の前の女の子をジッと見る。女の子は空色の雪の結晶に雪兎が刺繍されている白いスカートのような着物を着ていた。
(この子、誰? って……今、菖蒲さん、この子のこと『お雪』って言ってなかった? 言ってたよね?)
「ま、まさか……!!」
真司は前髪を留めている髪飾りにそっと触れる。
「これをくれたのって……君なの?」
お雪は可愛らしい笑顔でニコリと笑った。まさに、花のような笑みとはこのことなのだろう。
「そうだよ~♪ うんうん、よく似合ってるね!」
腕を組み、鼻を高くして何度も頷くお雪に真司はハッとなり思い出す。それは、菖蒲がベッドの下を覗き込んでいる姿だった。
「あ……! もしかして、菖蒲さんに変なことを吹き込んだのも君っ?!」
「「変なこと??」」
菖蒲とお雪は同時に首を傾げる。
「ベッドの下には、イヤらしい物を隠してるとかだよ!」
その言葉でお雪は何かわかったのか「あぁ、あれかー!」と、真司に言った。
「やっぱり、あった?? あったっ?!」
目を輝かせながら、お雪は菖蒲に聞いた。
しかし、その返答は菖蒲ではなく真司が代わりに言った。
「ありません!」
「なーんだぁー。ちぇ~……」
(なんで残念がるか、わからないんですけどっ!?)
心の中でツッコミを入れる真司。
菖蒲はそんな二人を見て可笑しそうに笑う。
「これ、二人共。立ち話もなんやから、はよう中に入るえ」
「はーい♪」
「はぁ……」
色々と疲れた真司は、既に疲れ果て溜め息が出たのだった。
茶の間にて、真司と菖蒲、そしてお雪は四角いテーブルを囲んで座っている。ズズズーと、茶を飲む菖蒲とテーブルの中央に置いてあるお菓子をリスのように頬張るお雪。
真司は、まったりとする二人を交互に見て「これが、ここの日常なのかな……?」と、内心苦笑していた。
お菓子を一通り食べ終わったお雪は満足したのか、真司の隣にいそいそと座り向き合う。
「ねぇねぇ、外の世界は今どんな感じなの?! ここで働くんだよねっ?! あ、これ食べる? 美味しいよ~♪」
テーブルにあった和菓子を真司に勧めるお雪。
お雪はお菓子を真司に手渡すと、また真司に質問をした。
「後ね! 後ね! それね、私と少しお揃いなんだよ。雪兎なのー♪」
そう言うとお雪は自分の後頭部を見せ、モフモフとしている雪兎の髪飾りを真司に見せる。
「かわいいよね! ねぇねぇ、好きな物とか何? 人間の男の子はムッツリって本当なのー?」
「え、あ、あの……」
次から次へと質問され真司は困惑する。真司は助けを求めるように菖蒲をチラリと見た。
(菖蒲さん、助けてください!!)
その気持ちが通じたのか、菖蒲は湯呑みをテーブルに置くと溜め息を吐いた。
「これ、お雪。真司が、また困っておるぞ?」
「あ、ごめなさ~い♪」
またもお雪はぺろっと舌を出す。するとお雪は思い出したかのように「そうだ!」と、言った。
「自己紹介まだだよね? 私は、雪芽だよー♪ 皆からは、お雪って呼ばれてるのー♪」
ニコリとお雪は笑った。
「僕は、宮前真司。宜しくね、お雪ちゃん」
「うん、宜しくー! 真司お兄ちゃん♪」
真司に怖がられなかったのが嬉しかったのか、お雪は真司の手をギュッと掴むと、まるで犬が大喜びして尻尾を振っているみたいな勢いで握手をし始めた。
「あ、あははは……」
「そうだ! ここに来たのは、二回目だよね?! 案内しようか?! 案内するー♪」
「え?」
(二度目って、なんで知ってるんだろう?)
真司は、ふと思った。
(あ、もしかして菖蒲さんから聞いたのかも)
真司が自己完結すると菖蒲はお雪の案に賛成なのか深く頷いていた。
「うむ。それはよいの。いやな、先程も真司にがしゃ髑髏がいる本屋を今度案内しようと話していたんじゃ」
「そうなのー?」
「うむ。……あ」
何かを思い出した菖蒲は、袖口を口元に当てハッとする。
そんな菖蒲を見て、お雪は首を傾げた。
「そうじゃった、そうじゃった。お雪、今日は外へ出るのは止めておいた方がええかもしれぬ」
「えー、どうしてー?」
「ここに着く前に、山童に真司が人間だとバレてのぉ。今頃、商店街は大騒ぎぞ。……まぁ、それは態とバラ——ごほんっ、なんでもない」
お雪は菖蒲がなにかを言おうとしたことがわかったのか「あぁ、なるほどぉ~」と、言いながら頷いていた。
菖蒲は態とらしく咳をする。
「まぁ、落ち着いてから行ったほうがよかろう」
「そうだねぇ~♪」
「故に、今回はこの家の中を案内するとええ」
「うん♪」
菖蒲とお雪はクスクスと笑いあう。真司は菖蒲がなにを言おうとしたのかわからなかったが、今の真司には別のことが頭に過ぎっていた。
(はぁ……帰りは、普通に帰らるといいなぁ)




