二度目の訪問-三-
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菖蒲と真司は商店街の路地裏を歩いていた。
一見不気味そうに見えるが建物の裏にあるからそう思うだけで、実際は妖怪達の客引きの声や会話に笑い声などが裏でも聞こえてくる。その感じは、例えで言うならお祭りにある屋台裏にどこか似ていた。
「あの……どうして、路地裏を歩くんですか?」
「うむ。めんどくさいからじゃ」
「めんどくさい……?」
なにがめんどくさいのかわからず、真司は菖蒲の後ろを歩きながら首を傾げる。
「今頃は、お前さんが人間だということが、この商店街に広まっているやろうからねぇ」
「え?! ぼっ、僕、食べられたりします、か……?」
恐る恐る菖蒲に聞いてみると、菖蒲はクスクスと笑った。
「ふふっ。それはあらへんから安心しぃ。……まぁ、人間ということで気になった奴らは、お前さんに群がるやろねぇ。興味本位でな。私は、それがめんどくさいのじゃ。一々説明するのも面倒やしねぇ」
「安心しましたけど……なんだか、すみません……」
真司は申し訳ない気持ちになり、シュンと項垂れる。そんな真司をチラッと横目で見ると、菖蒲はフッと微笑んだ。
「お前さんが気にすることは何もあらへんよ。ここの者は、見た目はあれじゃがよい妖怪達ばかりじゃ。久しぶりに人間に会って浮かれているのさ。……少し悪戯好きが多かったりもするがね」
「悪戯好きですか?」
「うむ。妖怪っていうのは、人間を脅かしてなんぼのものやからねぇ~」
「でも、昔は人間を……その……た、食べたり……していたんです、よね?」
「大昔はな」
菖蒲はなんの躊躇いもなく言った。
真司はその言葉に背筋が少しヒヤリとなる。菖蒲は内心怖がっている真司がわかったのだろう。
「そう、怖がることはあらへんよ」と、優しく微笑みながら真司に向かって言った。
「言ったやろう? 大昔やと。まぁ、私から見たら、そんな昔ではないがね。人間からにしたら、まんまの大昔の事やよ。それこそ、平安の頃にもなるの」
「はぁ……よかったです」
そう言いながらも、真司は菖蒲が少し寂し気な目になっていたのが気になった。
もしかしたら、菖蒲は自分には知らない出会いと別れを繰り返したのかもしれない。
そう真司は思った。
真司は心の中で「自分は菖蒲さんに寂しい思いだけはさせないでおこう」と、密かに誓う。すると真司は、ふと、菖蒲の年齢について考えた。
(そういえば、菖蒲さんって年はいくつなんだろう?)
見た目は同じ年、もしくは童顔のお姉さんぐらいに見えるが、菖蒲もこの町に住んでいる以上は妖怪である。『平安の頃』と、言っていたのでもしかしたらかなり年上かもしれない。
真司は菖蒲について考えていると、突然、菖蒲が真司に向かって微笑んだ。
「真司や。がしゃ髑髏は知っているかえ?」
「え? えっとぉ……」
真司は歩きながら宙を見て考える。
「確か、死んだ人達の怨念が集まって巨大な骨の形をした妖怪……ですよね?」
菖蒲は真司の返答に感心したように頷いた。
「ほぉ。よく知っているのぉ」
(あれ? 本当だ。僕、何でこんなこと知っているんだろう……?)
自分のことなのに不思議に思った真司。
もしかしたら、読んでいる本やネットなどで知ったのかもしれないと真司は思っていた。
そんな真司の思っていることはつゆ知らず、菖蒲は前を向き歩きながらも話を続けていた。
「ま、ザッと言えばそうやの。正確には、戦死した者や野垂れ死にした者達など、埋葬さらなかった骸や骨の怨念が塊となり人に恐れられる妖怪になったのが〝がしゃ髑髏〟じゃ。そのがしゃ髑髏は大昔は人を見つけると、それこそ人々を襲い喰らっていた。……が、さて、問題じゃ。今、そのがしゃ髑髏は何をしていると思う?」
「え?!」
唐突な問題に真司は驚き困惑する。
(昔は人を食べてたんだよね? 今は食べないってことは……改心してるってことだよね? 改心ってことはぁ……優しくなっているってことだから……)
うーん、うーん、と唸りながら考える真司。
しかし、考える時間が長かったのか、ついに菖蒲が「ぶぶー。時間切れじゃ」と、言った。
「答えはの……本屋じゃ」
「本屋ですか?!」
予想外の答えに真司は驚く。
「うむ。図書館と言っても過言ではないな。なにせ、貸し出しもできるからのぉ~。そして、何より広い!! 昔は、人を襲い喰らっていたがしゃ髑髏も、今じゃ、この商店街の唯一の本屋じゃ」
「人を食べていた妖怪が、本屋さん。本屋……」
「うむ、驚くのも無理はない。おぉ、そうじゃ。今度、連れてってやろうぞ」
「えぇっ?! い、いや、僕はいいです!!」
そんな妖怪にまだ会うことはできない真司は、慌てるように手を振りながら行くことを拒む。
「そう怖がることはあらへん。言ったやろう? 人を喰らうのも大昔やと」
「で、でも……」
「その改心っぷりに、また驚くかもしれんのぉ~。ふふふっ」
菖蒲は袖口を口元に当てクスクスと笑う。行くことを拒んでいた真司は、そんな菖蒲の姿を見て「そ、そんなに昔と違うの……かな?」と、少しだけがしゃ髑髏に興味を持ったのだった。




