ニヤリ
「怖い。鬼でも出てきそうな雰囲気」
大晦日にふと思い立ち、妻と一緒に遠く出雲に蕎麦を食べに行ったのはいいが、渋滞に巻きこまれて年内に地元に帰ることができそうになかった。紅白歌合戦は車載テレビで見ることができたが、いつもの地元の神社で年越しの瞬間を待って一番に初詣の手を合わせることは物理的に不可能。別にオレにこだわりはなかったが、妻はこういうことにはうるさい。オレは初詣自体どうでも良かったのだが、妻は毎年いつもの神社で年越しを待って一番に手を合わせているのだからとこだわる。
妻とは、今年結婚したばかりだ。
妻は、俳優のように美しく、モデルのようにスタイルがいい。その分派手好きだが、オレ自身が派手好きなので問題はない。妻の方はそうでもないが、オレの方は実家が資産家でもともとそういう生活しかしたことがないのであまり派手だとは思わない。仮に両親が死んでも兄弟がいないので巨額の遺産がそのまま入ってくる身分だ。実は、妻と付き合う前に交際していた女性がつつましやかで、こういう生活が派手だと初めて教えてくれたのだった。それまではまったく普通だと思っていたが……。そういえば、妻と二股をかけ始めてしばらくの後、一方的に嫌われてからまったく連絡も取れなくなった。一体どうしているのか。
「ねえ、怖いわ」
妻が身を寄せてくる。
ここは、出雲から地元へ帰る途中の山中にある名も知らない小さな神社。人里から離れているせいか、境内には誰もいない。不気味なくらい物静かで、森の息吹が聞こえるのではないかと思えるほどだ。それでも木々に裸電球がわたされているので無人というわけではないだろう。
「大丈夫だよ。オレがいるし、すぐに年が明ける。そうしたら手を合わせてお願いをして、すぐに帰ろう」
妻を抱き寄せ安心させる。覆い被さるように生い茂る周りの木々。風にゆられてかさかさとざわめく。
「ねえ、あなたは何をお願いするの?」
身を寄せた妻が私を見上げながら聞いた。
「そうだなぁ。今年はお前と結婚できたし、マイ・ホームはキャッシュで建てた。来年は、子どもが欲しいな。お前とオレの子ども」
来年のことを口にする。
妻は、ニヤリと笑った。
そういえば二股をかけていた女性に嫌われ連絡も取れなくなった頃も、こういう笑みをつくっていた気がする。
ごーん、と除夜の鐘が響いた。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
他サイトの同タイトル企画に出展した旧作品です。
一日早いですが、年越しのお話を。