乙女ゲームに閉じ込められました。
強く両肩を掴まれ、壁に押しつけられた。
「なんでだよ、なんでわかってくれないんだよ……っ」
わたしを見つめる漆黒の瞳には狂気の炎がゆらぐ。肩に置かれていた手がゆっくりと首に伸び、締め付けられる。
あ、これは駄目だな。
そう考えながらもわたしは【震える声】で彼を制止しようとした。
「あ、東くん……」
「そんな声で僕を呼ぶな!!」
やばい、選択肢間違えた!
首にかかる力がいっそう強くなる。視界が白くなってゆく中、そっと、額に柔らかいなにかが触れた。
「……殺して、キスって。うわー、どん引きだわー。東くん、こーいう人なのかー」
バッドエンドの音楽が流れる中、わたしは大きく伸びをしてヘッドギアを外した。とたんに、そこは見慣れたわたしの部屋になる。
仮想現実、VRのゲームが主流になった今の時代、乙女ゲームもVRになっている。今わたしがプレイしていたゲーム『あやし、あやかし』もそうだ。
主人公は妖怪の祖母を持つ平凡な女の子。両親の転勤を切っ掛けに田舎に住む祖母のもとで暮らしはじめた事がきっかけで、あやかし達との交流が始まる――と、こんな感じのストーリーである。
あやかし達は皆美形だし、ただの人間であるクラスメイトだって、負けないくらいイケメンだ。
先ほどのようにちょっと病んでる人もいるけど、年齢制限はR15だからそんなにキツいシーンは入らないしね。キスだって、有り、無しが選べる安心設定。まあ、どうせ頬か額にするくらいだから有りにしているけど。
「それにしてもバッドエンド十三回目かあ。そろそろ攻略サイト出来てないかなあ……」
初回プレイは攻略サイトなどに頼らず自力で、がわたしのこだわりなのだが、この『あやし、あやかし』は難しすぎる。ちょっと選択肢を間違えたらすぐ友達エンドや疎遠エンドになるし、さっきみたいなバッドエンドにもなりやすい。そろそろ心が折れかけていたりする。
だが、まだ発売して数日しかたっていないせいか、攻略サイトが出ていないのだ。
「……あー、やっぱりまだ駄目かあ」
調べてみたが、攻略サイトは形ばかりの物だけで、まだ中身はなかった。
仕方ない、自力で頑張ろう。
ヘッドギアをもう一度かぶり、ベッドに横たわろうとして、ふいによろけた。かぶろうとしていたヘッドギアが足下に落ち、がごん、と嫌な音をたてる。
あ、やば。落としちゃった。高価い(たかい)のに……っ!
「うわー、壊れていないよね?」
慌てて拾い上げて確認してみたけど、表面には傷一つついていない。起動もできたし、データも飛んでいない……大丈夫、かな?
ほっと安堵の息をもらして、わたしは改めて『あやし、あやかし』の世界にダイブした。
色鮮やかなVRの世界。軽快な音楽と共にゲームが始まる。
……なんだか今回は、オープニングが妙にゆっくりな気がした。
*****
何かがおかしい。
ゲームの序盤のイベントをこなし、休み時間の今、わたしはベンチに座ってしかめ面をしていた。
その理由は、なんだかゲームの進行がいつもとは少し違うせいだ。心当たりは、ある。
「……やっぱり落としちゃったからかな」
ログアウトして修理に出すべきだろうか。うう、いったい幾らかかるやら。
はあ、と重い溜め息をつきながらメニューコマンドを開こうとして――
「ん? ……あれ、出てこない? おかしいな、そこまで壊れてたわけ?」
何度開こうとしても仮想ウインドウすら出てこない。わたしは緊急連絡用のチップが内蔵された時計の方を起動しようとして、気付いた。
わたし、時計してない。 必ず付けている事になっているはずの、リアルに繋がっている時計が、無い。
「え、嘘でしょ? まさか、そこまでバグがあるわけ……」
じわり、と不安が心を腐食してくる。早鐘をうつ心臓を宥めるように胸に手を置き、ひとつ深呼吸をした。うん、落ち着こう。
……さすがに部屋でずっとゲームしていたら、お母さんか兄さんが起こしにくるはず。そうしたら、ギアを外すなり病院に連れていくなりしてくれる。うん、よし、大丈夫だ。
「……それまでの我慢だよね」
「なにが?」
「うひっ!?」
「おっと危ない」
小さく呟いたとたん声をかけられて、ひっくり返りかけたわたしを、誰かが助けてくれる。
長身で、均整のとれた鍛えられた身体の、目鼻立ちの整った格好いい男子生徒で、その赤い髪と鳶色の瞳には見覚えがあった。
あ、この人は。
「疾風、じゃなくて石塚先輩……」
「ん? 俺の事知ってんの?」
怪訝そうに首を傾げているのは、攻略対象の一人である、石塚 疾風先輩だった。
明るくて飄々とした性格で、実は鞍馬天狗。主人公の祖母とは古い知り合いという設定だ。彼のルートはまだ途中までしか進められていないので、これ以上はわからない。
「えーっと。クラスの子が話していたのを小耳にはさんで……」
「小耳に? 若いのに、古臭い言い方するのな」
楽しげに笑う石塚先輩に、わたしは引きつった笑みを返す。いや、だって。
……この人、ゲーム時間で三日はたたないと出てこないはずなんだよ? なんで初日に出てきてるの?
それに……今の状況で誰かのルートに入って、バッドエンドになっちゃったらどうなるの?
そう考えたとたん、ぞっとした。駄目だ、今回は誰とも仲良くなりたくない。 この会話も、早く終わらせなきゃ。
「俺の事は知ってるなら自己紹介は無しだな。んで、そっちは? そのリボンの色は二年だよな?」
「……転校してきた、二年の相沢 美月です。さっきは助けていただいてありがとうございました」
「相沢ね。堅苦しいのは好きじゃないから、敬語とか気にしないでいいよ。……それより、我慢って何?」
「え?」
「さっき言ってただろ。それまでの我慢とかなんとか。……なんか困ってんの?」
「……え」
「俺で良かったら力になるけど?」
……聞かれてた。
わたしはぎごちなく笑みを浮かべて首を振った。
「いえ、あの。て、転校してきたばかりでいろいろと不安で……でも、すぐに慣れると思いますから、その、それまで我慢だなあ、と」
「ほー、なるほどな。まあ、ここで会ったのも何かの縁だし。困ったことがあったら、いつでも頼ってきてくれよ」
「は、はい……ありがとうございます」
「いいって。じゃあ、俺はそろそろ行こうかな。次、体育なんだ」
「そ、そうなんですか。じゃあ、わたしも……」
これでようやく、この緊張感に満ちた会話を終えることが出来る!
そそくさと立ち去りかけたわたしだったが、ふいに石塚先輩に呼び止められた。
「相沢」
「は、はい?」
「さっき、言い忘れてた。この黄昏学園にようこそ。……これから、よろしくな」
にこり、と微笑む石塚先輩の笑顔に、なにかが含まれている気がしてならない。それでも。
「……はい、よろしくお願いします」
それでも、わたしはそう答えるしかなかった。
*****
ちなみに、わたしのクラスにも攻略対象はいたりする。
東 陽太郎……十三回目のプレイで、逆鱗に触れバッドエンドになってしまった相手である。
隣のクラスには、彼の友人で、これまた攻略対象の西園寺 透がいるが、この相手ともバッドエンドを迎えた。……5回も。
よく考えたら、おかしくないかな? バッドエンドで殺されたりするのって。R15なのに!!
「……しかも、西園寺の場合、監禁を匂わせるラストだったんだよね。うわ、今考えるとこわ!!」
しかも、ヤンデレに疲れて友人の東を攻略しようとしたらあれだったしね……類友ってやつか。
あの二人には近づかない、と心に決めて、休み時間になる度に教室から出ています。本気で怖いし。
「図書室にでも行こうかな……」
ぼんやりと図書室に向かいかけ、はっと足を止める。
図書室にも、いたんだった。
ろくろっ首の長尾 甲斐くん。一年生で、気弱だけど素直ないい子だ。ただ……ろくろっ首だからか、首に異常な程執着していて……
……うん、行くのやめた。
わたしはくるりと踵を返した。
「わっ」
「おっと」
そのとたん、後ろにいた人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
「いや、こちらこそ」
にこり、と笑うその人には見覚えがある、というか……また、攻略対象だった。
穏やかに微笑む彼は、銀色の髪に緑色の目を持つ、ハーフのように秀麗な美貌の……あやかしだ。
攻略対象の、九重 秋。生徒会長で、妖狐のあやかしである。
九重くんは、わたしを見て軽く首をひねった。
「君は……見ない顔だね。もしかして、転校生かな?」
「うん……二年の相沢美月、だよ」
「僕も二年だよ。九重 秋。生徒会長をしているから、なにかあったら気軽に言ってね」
「うん、ありがとう……」
遠い眼差しになりかけながら、わたしはお礼を口にした。なんで、こんなに次々と攻略対象に会うんだ……真面目にプレイしていた時にはなかなか会えなかったのに!
「あれ? 九重じゃん」
「南条先輩」
と、そこへまた一人、攻略対象が加わった。片手にいちごみるくのジュースを持った、前生徒会長、南条 瑛先輩だ。本当に、次々やってくるのは何故だろう。
「ん? こっちの子は?」
「転校生の相沢美月さんですよ。相沢さん、この人は、前生徒会長をつとめていた南条先輩だよ」
「相沢です、はじめまして……」
「ふーん?」
南条先輩はわたしをじっと見つめると、いきなり顔を寄せてきた。
ダークグリーンの髪に眠たげな褐色の瞳。端正な顔に至近距離で見つめられ、固まるわたしに、彼はからかうような笑みで言った。
「かわいいね。この辺、田舎だからあんまり遊ぶとこ無いけど、もし暇なら声かけてよ。オススメの場所、案内したげるから」
「は、はあ……」
「南条先輩。彼女が困ってますよ」
「あはは、ごめんごめん」
ひょい、と身体を戻すと、南条先輩はストローを口にくわえて片手をひらひらとさせながら歩き出した。
「ま、慣れないとこで大変だろうし、気をつけてやりなよ? 九重。相沢ちゃん、待ったね〜」
去ってゆく後ろ姿を眺め、溜め息をついたら九重くんと被ってしまった。お互い目を見合せて、苦笑がもれる。
相変わらず、ちゃらいなあ。きっと、九重くんは振り回されることが多いんだろうな。でも、「ああ見えていい人なんだよ」と弁護する九重くんは、南条先輩を慕っているようで、仲は良さそうだった。
その後は、なんとか無難にやりすごし、教室に戻った。
それにしても……九重くんや南条先輩に会う時期も早いし、おかしなことばかりだ。……それに、ゲームの相違点以外にも妙なことがある。
それは、痛みや眠気があることや、トイレや空腹などの生理的欲求があることだ。今まで、VRの中でそれらを感じた事はない。
本当に、今回のゲームはどうなっているんだろう。 考えると不安ばかりがつのるので、わたしはあえて気にしないようにしながら授業を受け、無事に放課後を迎えた。
*****
「つ、疲れた……」
心の底から、疲れた。初日なのにこんなに疲れて、この先やっていけるんだろうか、と悩みながら、わたしはふらふらと下駄箱に向かう。早く家に帰って、まったりしたい……
「……ん?」
ふいに、くらり、と目眩がしてたたらを踏む。
立っていられなくて廊下にしゃがみこみ、壁に手をついた。あれ? なんなの、これ。……まさか、バグの影響、とか。
怖い想像に一気に汗が吹き出す。
……バグで頭の中がおかしくなったら死んじゃうのかな。嫌だ、こんなゲームの中なのかなんなのかわからない世界で死ぬなんて嫌だ。こわいこわい、怖い。
「おい、あんた。大丈夫か?」
「……え」
ぐいっと肩を抱かれ、立ち上がる。誰かが、わたしを立たせたようだ。
横を向くと、健康的に日に焼けた男子生徒がわたしを心配そうに見ていた。
「しっかりしろ。今、保健室につれてくから。……ああ、歩くのも無理か。俺の背中にのれるか?」
問いかけられても、いきなりのことで頭がついていかない。ぼんやりとしているのを否定と受け取ったのか、彼はひとつ吐息をはき。
「……じっとしてろよ」
「ひゃああっ!?」
なんと、わたしを横抱きに抱えあげた。こここ、これって、あの、その、お姫様抱っこ!?
VR乙女ゲームでは時々あるけど、恥ずかしいからいつも拒否してたのに!
「おとなしくしろって。暴れたら、落ちるぞ」
困った顔をする男子生徒を見上げ、わたしは気が付いた。この人も、攻略対象だ。
一年の北川 守。確か、サッカーかバスケのエースだったような……まだ一度もルートに入ってないから、詳しい事はわからないけど。
「あ、そのリボン……すいません、先輩でしたか」
「え、あ、うん」
北川くんは制服のリボンの色を見て、わたしが二年生だと気が付いたらしく、謝罪してきた。その間に、さっさと歩きだしていて、わたしはもうおとなしくしているしかない。
せめて、人気がないのがラッキーだったよね、と考えておこう。
「大丈夫すか? 具合が悪いとか?」
「え、と。なんか、目眩がひどくて」
「ちゃんと食べてるんすか? ダイエットとかして、食べてないんじゃないすよね? 先輩軽いし、必要ないっすよ」
「えっ……」
軽い、と言われて思わず心が浮き立つ。しかし、忘れてはならない。ここは、ゲームの中なのだ。
……体重や体型に少し手を加えるのは皆やってるよね? 罪悪感を感じるのは何故なんだろう……
「あ、ここです」
わたしが理想と現実(主に体重)のことで悩んでいると、北川くんは保健室の前で立ち止まり中に声をかけた。
「すいませーん。急患です、ここ開けてくださーい」
「はいはい?」
ぺたぺたとスリッパの音が近づいてきて、ドアがからりと開かれる。
中から出てきたのは、眼鏡をかけた気だるげな男性保険医。……攻略対象の、白木 礼二先生だった。
白木先生はわたし達を見て赤い瞳をちょっと見張ると、すぐににやにやとした笑みを浮かべた。
「おやおや。なんだか面白そうな組み合わせですね。さあ、中へどうぞ」
「別に、面白くはないと思うっすけど、失礼します」
入り口で礼儀正しく一礼して、北川くんは保健室に入ると、すぐにベッドにわたしを座らせてくれた。
「ありがとう、北川くん」
「どういたしまして。それじゃあ、俺はもう行きますんで。あ、そうだ」
踵を返しかけて立ち止まり、北川くんはわたしを見た。
「名前、教えてもらってもいいっすか?」
「あ、ごめん。まだ言ってなかったね。わたしは二年の相沢美月」
「相沢先輩、すか。……じゃあ、また」
小さく笑って北川くんは出ていった。いいなあ、なんか。
……ログアウトして普通のゲームが出来るようになったら、北川くん攻略しようかな、なんて。
そんなほんわかした空気は、北川くんが出ていって扉が閉まるとすぐに霧散した。
「さて、どうしました? どこが痛いんでしょうか」
首を傾げる保健室、白木先生。彼は一言で言うと、怪しい。なんとなく裏でいろいろとやっていそうな雰囲気を持っている。白い髪に赤い瞳の美形、という外見も相まって、白衣が胡散臭く感じる。白で揃えているのは、白蛇の化身だからなのだろうが。
……正直、苦手なタイプなのだ。
だから当然ルートに入ったこともなく、詳しくは知らない。
「えっと……いきなり目眩がして、立っていられなかったんです」
それでも、相手は保険医。尋ねられれば答えないわけにはいかない。実際、まだ目眩はしているし、気分も悪くなってきている。
「どれどれ……おや?」
わたしを見つめ、白木先生は訝しげな表情になった。眼鏡を外すと、改めてわたしを見る。
「……ふうん」
「あの……白木先生? えっ?」
白木先生がわたしの額に人差し指を突き付け、薄く笑った。
「君――純粋な人間じゃないですね。混ざって(・・・・)いますよ」
「えっ……ああっ!?」
突然、身体が燃えるように熱くなった。目眩がする。ぐるぐるぐるぐると、まるで思い切り振り回されているようで、気持ち悪い。
そんな中でも、白木先生の言葉は聞こえていた。
「妖の力が目覚めて、暴走してるんですよ。かわいそうに……きついですよね?」
きつい。辛い。見てないでどうにかして欲しい。
「そう? なら、どうにかしてあげます。ただし、文句は受け付けないですからね」
いいから、さっさと――!?
「ふっ……う」
唇が、ふさがれている。なま暖かい物が唇を割って入ってきて、口内を蹂躙する。
それと同時に、狂いそうなほどの熱が、少しずつ治まってゆく。
「ふ、はっ……」
苦しくて逃げようとしても、押さえ付けられて貪るように口付けられる。熱い。なにが。身体が?
「は、あっ……」
「……ふう」
ようやく放してもらえた時は、別の意味で目眩がして息も絶え絶えだった。
そして、呆然とする。
ここは、乙女ゲームで。R15で。キスは額か頬に軽く、のはずなのに。
呆然としているわたしに、白木先生……いや、白木はにっこりと笑った。
「どうです? 余分な妖力は吸い取ったから、もう良くなっているでしょう?」
わたしがやつの腹に一発食らわせたとしても、仕方ないとおもう。
……初めてだったのに!
「絶対絶対、こんなゲームから出てやる!! 誰のルートにも入らず、ノーマルエンドでクリアーして、出られるのを待つ!!」
夕暮れの帰り道、わたしは半泣きで走って帰りながら、堅くそう誓った。
*****
「ただいまっ」
「おや、おかえり」
大きな庭のある昔ながらの一軒家が、ゲームの中での祖母、はなの家だ。怒りのまま帰ってきたわたしを、居間にいた祖母はのんびりとした声で出迎える。ゲームの祖母は還暦を迎えているはずなのに、さらりと着物を着こなし、粋で若々しい。
「どうしたんだい? えらく威勢がいいね。嫌なことでもあったのかい」
「うん……まあね」
ものすごく腹がたつことがあったが、さすがに誰かに話すのは嫌だ。ゲームがおかしい、とも口に出せなくて、苛立ちは増すばかりだ。そんなわたしを見て、祖母は片眉を上げた。
「おや。美月、あんたどうしたんだい? あやかしの力が強くなってるよ」
「え?」
あやかしの力が強くなるなんて、初めて聞く言葉だった。思い浮かぶのは、あの嫌なイベントだ。
「……今日、学校で目眩がして。保健室に行ったら、保険医の白木……先生が、何かをしたんだと思う。あやかしの力がどうとか言ってたから」
「そうかい。白木の坊やがね」
「白木先生と、知り合いなの?」
「まあね。でも、それは今はいいよ」
祖母は何かを考えるように目をすがめ、ゆるく首を振った。
「まあ、あんたのあやかしの血は人間にしては少しばかり濃すぎたしね。そろそろ力が芽生える頃合いだと思ってたし……これも巡り合わせ、かねえ」
今まで聞いた事の無い話で、どうしたらいいのか戸惑っていると、夕食の前にお風呂に入るように、と言い付けられた。とりあえず、素直にお風呂に入る。
今までは、イベントをこなして部屋に戻りログアウト、だった。お風呂も、これが初めてである。
感想は、檜のお風呂って気持ちいいなあ、だ。
ゆったりとお湯に浸かっていると、怒りも不安も小さくなってゆく。
もちろん、白木のした事には怒っているけど、理由があっての事だし、と冷静に考えられるようになった。
白木……先生に、今度謝ろうかな。
でも、顔合わせるの恥ずかしいし、やっぱり止めようかな。
お湯の中でたっぷり悩んで、保留にした。のぼせそうだったからね。
*****
お風呂からあがって夕食をとった後、祖母に連れられて庭に出た。もうすっかり日が落ちて、辺りは真っ暗だ。田舎は夜、暗いんだね。
「目を瞑って、集中してごらん」
祖母は穏やかに言った。
「今のあんたなら、感じられるはずさ」
「感じる? 何を?」
「いいから、さあ」
再度促され、仕方なく目を閉じる。集中……どうやるんだろ。
「難しく考えないで、頭を空っぽにするんだよ」
……空っぽに、かあ。
わたしはぼんやりとしてみた。風が木の葉を揺らす音が聞こえる。鳥の鳴き声と、虫の音も。
ふいに、いいしれぬ感覚がわたしを包んだ。すごく大きくて暖かいなにか。それと一体になって、わたしが大きくなってゆく。
すごく優しくて、心地よい感覚だった。
――ひめさま?
小さな呼び声があちこちから聞こえて、わたしは目を開いた。辺りには蛍のような鬼火が漂い、小さなあやかし達がおそるおそるというようにわたしを伺っていた。
――ひめさま?
――違うよ、姫さまの孫だよ
――なら小さい姫さま?
――小姫さまだ
ちいひめさま、と口々に呼ばれて、わたしは目を瞬き、困って祖母を見た。
「おばあちゃん……いったいなんなの?」
「なに、あやかしの力をちょっと解放させただけさ。あれらは、あんたの力に惹かれてきた小物達さね。害はないよ」
「…………」
もう、何を言ったらいいのかもわからない。
ただ。
小さなあやかし達を見て、夜空にぽっかりと浮かぶ月を見る。
……ちょっとだけ、楽しいかも、と思ってしまった。ちょっとだけだけど。
今回のゲームはおかしな事ばかりで、正直不安でいっぱいだし、早くログアウトしたい。
でも、嫌な事ばかりじゃないな。
蛍のように鬼火が漂う幻想的な庭で、わたしはそう思った。
それから数日たったけど、まだログアウトは出来ていない。最近では、ここがゲームの中なのかどうかも怪しんでいる。
ただ……意外と慣れるのは早かったとだけ、言っておくことにしようかな。もちろん、ログアウトはしたいけどね。




