2-3 「奇跡の砂」
ディーという聖騎士。その実力はリメリアの真剣な顔つきがすべてを物語っていた。
「ツヴァイ……、私が時間を稼ぐ、合図したら逃げろ」
「リメリア……?」
「今の私ではこの男に勝つことは無理だ。せいぜい30秒時間を稼げたらいいほうだろう」
リメリアの手に握られている剣――それは市販されている鉄の剣。リメリアが力を出して戦うには見合わない剣だった。
「ん? なんだその剣は? 俺をなめているのか?」
ディーも勘づいていた。
「まぁ、いいがな……」
剣を構え、お互いを睨みあう。しばらく二人は動くことはなかった。
次の瞬間――
二人は同時に踏み込み、二人の中点から鈍い金属音と風圧が巻き起こった。
「今だ!! ツヴァイ行け!!」
リメリアの合図――
二人の横を全力で駆ける。
力の拮抗に思えた二人の刃の交差。しかし、それは次の瞬間、武器の性能が差を分けた。音を立て、リメリアの剣は刃が折れ――
「残念だったな。あいつの元へ逝け――」
「くっ――」
「リメリア!!」
二人の方へと方向を変え、ロザリオに念を込め、再び白い刃を具現化させた。
そして――
一発しか撃てないけど、出し惜しみしている場合じゃない!!
刃に念を込め続け、敵意をディーへと向けた。
「僕の……、友達を守る力を貸して……」
ロザリオは刃の形状が大きく変化し、4方向に伸びた短い刃。手裏剣やブーメランに近い類の武器へと変化を遂げた。
これが僕の使える唯一の戦闘スキル――
ロザリオ・ブレイク!!
ロザリオを大きくディーに向けて振るった。
「リメリア避けて!!」
ロザリオから発したオーラが手裏剣のように回転しながら向かっていく。ディーが気をとられている隙にリメリアは横へと大きく飛んだ。
「こんなもの……」
しかし、ディーは動くことはなかった。いや、動けなかった。ディーの動きをその場にとどめた、服を地面に打ち付ける杭――
リメリアの折れた剣。
オーラはディーに直撃して、大爆発を起こした。その衝撃波当りを巻き込み、大きな崩落を生んだ。
「ツヴァイ、ここは危ない。逃げるぞ」
リメリアに手をひかれ、その部屋を後にする。洞窟は大きく崩落を起こし埋もれていった。
いくら命を狙われていたとはいえ、他プレイヤーに手をかけたことを後悔した。
「僕って……、また人に手をかけた……」
「ツヴァイ?」
僕は……、魔王らしい道をどんどん歩んでいる。
「もう、僕はすっかり魔王に……」
リメリアは強く両肩を掴み――
「ツヴァイ!! 誰がいつ人に手をかけた?」
「僕はディーさんを……」
「言っておくが、ディーはこのぐらいで死ぬような奴じゃない!! それに今は逃げることが先決だ。それともここで生き埋めになるのを待つか? 助けたい人がいるのだろう?」
そうだ……、僕はリアのためにここまで……
「リメリア……ごめん……」
「私の事はいい。ツヴァイ、走るぞ?」
「うん……」
リメリアに手をひかれ、洞窟を全力で後にした。
洞窟をでると、洞窟は僕たちが出たのを確認したかのようにして、入口を閉じ、崩壊していった。
「ロザリオ・ブレイク、相変わらずすさまじい技だ」
「うっ――、ごめん……」
「いや、おかげで助かった。ありがとう」
僕も驚くほどの威力。さすが魔王の込めた武器。とはいえ、1回しか使えないのが欠点だけど……。2度目を撃てないこともないが、撃てばほとんどの体力を奪われ、下手すると命を落としかねないリスクがある。過去に一度試したが、そのまま力尽き、丸1日昏睡状態に陥った。
剣として具現化させても短時間しかもたないという酷く使い勝手の悪い武器である。もし、リメリアが助けに来ていなかったら確実に負けていただろう。って――
「そう言えば……、リメリアは何でこんなところにいるの?」
毎日どこかへ行っているのは知っていたけど……
「あー、それか。実はな……」
リメリアは恥ずかしそうにしながら
「ここに金山があると言われてな、その……、金を掘りに来ていたんだが……」
「金……?」
「シャディの治療代や今後の旅の足しにだな……」
「リメリアばかりに苦労かけてごめん」
リメリアが頑張ってお金を稼ごうとしている間、僕は何をしていたかなんてとても言えない……
「気にするな。それに、金は見つかったんだ」
「うわぁ、リメリアすごい」
「あぁ、これで当面の生活は安泰だ!!」
リメリアは手を腰にあて、誇らしげだった。そして手に金を掴み見せてくれた。
「これだけあれば、美味しいものたくさん食べれるね!!」
「そうだな。だが情報量と剣のツケを先に払ってだな」
「へ――?」
「この金の情報量と掘るための道具代。それを払って――、ざっと手元に銀貨30枚くらいか……」
「リメリア……、それって普通にクエストをやったほうが儲かったんじゃ……?」
「ツヴァイ……、それを言うな……。私だってもっと手に入ると思っていたんだ……」
さっきと反し、彼女はどんよりとして落ち込んでいた。
「リメリア、ごめん……」
「謝るな……、もっと空しくなる……」
「ごめん……」
リメリアは大きく息を吐き、ゆっくりと起き上がった。どことなくテンションが引くそうだけど……
「よし、急いで帰ろう。ディーが出てきたらやっかいだ。それに、急いでいたのだろう?」
「うん……」
僕は街までの道を知らない。リメリアがいてくれて助かったと思う。リメリアに誘導され街へと急ぐ。
◇
街は僕が向かった距離よりもはるかに近い位置にあった。余計な道のりを歩いていた事になる。まっすぐ進んでいたらまちがいなく遭難していただろう。たまたまとはいえ、洞窟を発見できて本当によかったと思う。
街の門をくぐると、何だか慌ただしかった。どこもかしこも騎士の姿――
「リメリア、これってさっきの人の――」
「いや、アヴァロンの騎士は右肩にアヴァロンの紋章が入っている。この騎士たちは恐らく、この街を守っている騎士だろう?」
いつもと様子が違う。まるで何かを迎え撃つように――
まさか、僕の正体がバレた!?
「リメリア……、ひょっとして僕たちの事……」
「まだ分からない」
リメリアは街を徘徊する騎士におもむろに近づいた。
「この慌ただしさ、いったい何が起こったんだ?」
「あぁ、厄介なことにこの街に魔族がいるんだよ。しかもかわいらしい顔した女の子だ」
「女の子?」
「突然暴れ出してな、この街を破壊してまわっている。嬢ちゃんもはやく安全なところへ逃げな」
そう言って、騎士は爆発している方向へと剣を構えて向かっていった。
魔族の女の子……。もしかして、シャディ――!?
「ねぇ、リメリア、ひょっとして……」
「まだ分からないが、どの道、放ってはおけないな。ツヴァイ、行くぞ!!」
街は一部燃え盛っていた。まるであの時のように……
現場へと急いだ。その途中での出来事だった――
「ツヴァイさん、リメリアさん」
振り返るとそこにはシャディの姿。
「シャディ、無事みたいだな」
「えぇ、お二人は大丈夫ですか?」
「あぁ、なんとかな」
シャディは無事。となると魔族っていったい……
「ツヴァイさん。大丈夫ですか?」
シャディは心配そうに顔を覗き込んだ。
「あ――、大丈夫だよ」
「そうですか。よかった」
燃え盛る炎は徐々に激しさを増し、徐々に広がって行くのがこの位置からでもよくわかった。
「その魔族とやらはこっちへ迫っているようだな」
「えぇ、そうみたいですね」
やがて爆発の元凶は迫り――
「ツヴァイ、下がれ!!」
リメリアの声に反応して、大きく後ろへと下がった。
その瞬間、さきほど僕がいた位置に大きなクレーターのようなものが出来ていた。
その中心にいた人物――
「そんな……」
その人物に覚えがあった。僕がこの街で出会い、友達になった少女――
「リア……?」
姿かたちは変わらない。しかし、目の色は赤く、腕足はまるでベヒーモスのような獣そのものとなっていた。
「リア、大丈夫?」
「ヴヴ……グルル」
「ねぇ、リア?」
「ツヴァイ、下がれ!!」
一瞬で、目の前にリアの拳が迫る。しかし、その拳は届くことはなく、鈍い音をあげて目の前で止まった。
これは……、シャディのアイスウォールだ。
「ツヴァイさん!! それはいつものリアさんじゃありません。下がって!!」
大きく後ろへと下がる。
後ろからも殺気を感じて振り返った。
「小僧……、さっきはよくもやってくれたな……」
そこには先ほど洞窟の崩落に巻き込まれたはずの男がそこにいた。
「こんなときに……」
しかし、ディーの関心はすぐにもう一つの者へと向けられる。
「なんだこりゃ……、魔族? いや、自我がないってことは魔族化か? まぁ、どっちでもいいか」
ディーは剣を構え――
「な、何を……?」
地面を蹴り、跳躍。そして、剣を空中から振り下ろす。この狙いはリアだ。
「シャディ、止めて!!」
「任せてください!!」
シャディの手から放たれる閃光――
ディーの剣より素早く、間に割り込み、振り下ろす剣を弾き飛ばす!!
「――てぇな。邪魔をするな」
「リアは僕たちの友達だ!! 手を出させない」
「友達……か。あきれるぜ。お前らが元凶だっていうのによ」
「何を勝手な――」
「ツヴァイ、後ろだ――!!」
リアの跳躍――、それはすでに人間のそれを超えていた。建物をあっさりと飛び越え、あっという間に姿が見えなくなった。
「ちっ――、逃げやがったか……」
ディーは素早く、リアの逃げた方へと向かおうとするが――
その前に立ちはだかる二人の姿。
「貴様らの相手は後でしてやる。どけ……」
「シャディ、リメリア?」
「ツヴァイ、行け。あの石で彼女を助けるのだろう?」
「ツヴァイさん。リアさんを助けに向かってください」
二人とも……、ありがとう。
リアを止めなきゃ……、リアの向かった方へと向かった。今も聞こえる破壊音。彼女はきっとあそこにいる。やめさせなきゃ!!
◇
彼女は探すまでもなく簡単に見つかった。繰り返される破壊音。そして――
人の逃げ惑う悲鳴。
「リア、もうやめて――」
リアは存在に気付き、こっちへと視線を向けた。しかしそれは明らかに籠った敵意。
「奇跡の砂を見つけたよ……、これできっと治るから……」
「グルル……」
「ねぇ……、リア――」
一瞬だった。彼女の踏み込みで間が詰まり――
彼女腕で首を掴まれ、そのまま持ち上げられ、首がしまる。
「ぐっ……」
彼女の瞳はもはや僕の存在など映っていなかった。感情はなく、ただ破壊を尽くすだけのモンスター。
そんなはずはない……。リアはリアだ!!
先ほどとり出した奇跡の石。それを砕いた粉末。それをとり出し、彼女へとふりかける。
「グググ……グル……」
奇跡の砂をかけられた彼女は苦しみだし、彼女の腕から解放された。
「リア!! 一緒に旅しよう……。きっとシャディ達も喜ぶ……」
リアは再び拳を握りしめ――
「リア……、僕は……」
僕はロザリオを握りしめ――
「リア――――ッ!!」
二人の攻撃は相殺し合い、巨大な爆発を引き起こした。