2-1 「奇跡の砂」
この街を訪れて数日が過ぎた。すっかりと慣れた道。出店をするおばちゃんから挨拶をされ、挨拶を返す。
今日も裏道へと周り、いつもの湖の畔へと出る。そして、リアのいる屋敷へと向かった。
屋敷の様子がいつもと違った。屋敷で雇われている人達がどこか慌ただしい。
見慣れた執事の男と目が合った。
「こ、これは……、ツヴァイさま……」
「どうしたの?」
「じ、実はお嬢様が――」
リアが!? もしかして病気が――
慌ててリアの部屋へ入ろうとする。しかし、執事が立ちふさがり、行く手を遮った。
「どいてください。リアが――」
「入ってはいけません!!」
「何でですか?」
「入ればあなたも感染してしまう……。一度感染してしまえばもう手遅れです」
「感染?」
「はい、あなたには一度話しておいた方がよろしいですね」
執事室へと案内され、素直に従った。
話を聞けば事情が分かる。そして何より、リアを助ける手が見つかるかもしれない。
「病名を申しますと魔遊病といいます」
魔遊病――――。もちろんそんな類の病を聞いたことはなかった。この世界の病名なんて知るわけがないから当然と言えば当然か……。
「その様子ではご存じではありませんね? 良いでしょう。一から順を追って説明させていただきます」
一体どんな病気なんだろうか……
「かつてある国に美しい姫がいた。その姫はかつてその世界に君臨していた魔王に求愛を受けました。しかし、姫はその求愛を断りました。結果、姫はその城から姿を消しました」
「それは――、どこかのおとぎ話みたいな……」
「そうです。今話したのは世界中に伝わるおとぎ話。しかし、これは決しておとぎ話で済む話ではないのです。魔王、魔族に見染められたものは魔遊病にかかると言われています」
魔王という話を聞きどきっとした。
「現実に発症する人は出ているのは確かです。発症すると人によりますが、一定周期ごとに発作が起きます。お嬢様も激痛に苛まれ苦しんでおられました」
「リアが?」
「はい……。発症した時は私達ができることは何もなく……、それにもし、近づけば他の人も感染してしまいます」
あんなに元気そうなリアがそんなことになっていたなんて……
「でも……、なんで僕に?」
「お嬢様は……、苦痛と絶望から最近では気力すらなくなっていました。最近では感情もなく……。しかし、あなたが来てからお嬢様は笑っておられます」
「そうですか……」
そんな素振りなんて一度も見せた事はない。全部わかってて……
気がつくと、立ちあがり、彼女の部屋へと向かっていた。
「だ、だめです。お嬢様の部屋へ行けばあなたも……」
執事の忠告を聞く気はない。病気が感染することは怖いけど、彼女から逃げるのは見捨てているような気がする。それに――、僕は魔王だから――
「リア、入るよ……」
部屋の前のドア、耳を澄ませても彼女の返事はなかった。ゆっくりとドアノブを回し、彼女の部屋へと入る。
明りはなくいつもよりも薄暗い部屋。病気のことを聞いたせいかより一層に淀んで見えた。彼女は奥のベッドに横になって時折、苦しそうに唸っていた。
「リア!!」
彼女の元に駆け寄ると、苦しそうにしながらもこっちへと視線を向ける。
「ツ……ヴァイさん。病気が……うつる……」
かすれた声。胸を抑え苦しみながらも必死で彼女は言った。
「そんなこと気にしなくていいからゆっくり休んで」
「でも……」
「大丈夫。僕はほら? 魔王だから」
「ごめんね……。私が屋敷に呼んだばっかりに迷惑かけて……」
「迷惑なんてかけられてないよ? むしろ、僕がいた方が迷惑かもしれないし」
彼女は首を振り、そして、涙を流しながら言った。
「ありがと……。もう……大丈夫だから……、ここへは来ないで……」
「なんで……?」
「ツヴァ……イさんには……大事な旅が……あるでしょ?」
確かにシャディの体調はほぼ回復しているけど、このままじゃ……
「わ……私はすぐに治るから……ね?」
彼女の強がり、すぐに嘘だと分かった。執事から聞いた話だと絶対にありえない。
「リア? 僕が――」
「だめっ――――!!」
彼女に言おうとした言葉。彼女はそれを理解したのか、それを遮った。
「私……、希望をもってしまうから……」
リアは……、僕と同じ。いや、それ以上に苦しんできたんだ……
「でも、楽しかったよ。冒険がんばってね」
彼女は笑った。その笑顔は痛々しく感じ、心が痛む。
「リア!! ぼ、僕が……、きっと君を救うから!!」
彼女は顔を隠し泣いていた。
そして、この部屋を後にした。
部屋の前には執事の姿。
「リアを見ていた医術師の住んでいる場所わかりますか?」
僕は病気に対してあまりにも無知だ。そのためには……
「えっと……、少々お待ちください」
そして、住んでいると言う場所の地図を受け取る。その場所はこの屋敷からそこまで離れた距離ではなかった。
屋敷を出てわずか数百メートル。
そして、あっという間にその医術師がいるという医療所へと着く。ドアをノックすると「どうぞ」という声が聞こえ、中へと入った。
中にはこの間見た医術師の姿。そして助手であろう女性の姿があった。現実で言う所の小さな診療所。棚にはたくさんの薬品が並んでいる。
「――して、どこか体調が悪いのかな?」
「いえ……、ぼく、私は話を聞きたくて来ました」
「話?」
「はい。すぐそこにある大きな屋敷のお嬢様リアの事です」
「リアお嬢様の事か……。あぁ、君はあの時いた少年」
「はい……。単刀直入に聞きます。リアを助ける方法を教えてください」
しかし、医術師は険しい顔をしていた。
「助ける方法か……、残念だが彼女は助からない。今朝も発作が起きた。この様子だとあと2日――、いや、1日が限度だろう……」
あと1日……、そんな……
「伝説でも噂でもなんでもいい……。教えてください!! リアが……、死ぬためだけにこの世界に存在するなんてありえない……」
リアは、きっと生きる道がどこかに残っている。じゃないとこの世界に殺されるためだけなんて……
「伝説の類ならないこともない。しかし、それはあくまで伝説だ。そんなもの存在しない可能性も高い。それでもいいなら話すが聞くか?」
「はい! お願いします」
この世界なら――、伝説は回収用のフラグになっている可能性は高い。きっと――
「昔、この街は一つの難病に苦しみ滅びかけた。しかし、一人の青年がある砂を持ってきた。その砂はどんな病気でも治す砂だったという伝説だ」
「どんな病気でも治せる砂……?」
「あぁ、『奇跡の砂』と言われていたらしい。――でその砂がどこにあったのかと村人が尋ねたら、ここから北にあると言われる洞窟にあったそうだ。しかし、冒険者がその砂を探しに行ったが見つけることができなかった。デマだったのか、砂がすでにないのかはたまた封印されているのか……。いずれにしても砂の存在は確認されていないと言う話だ。そんな砂が存在するのならひょっとしたら彼女の病気も――」
「ありがとうございます!!」
一礼をして、医療所を飛び出した。
もし、リアが助かるのなら……、行ってみる価値がある。普通の人が無理でも僕は魔王だ。この世が畏怖するほどの力の持ち主。それに……、彼女の病気に関わっている可能性がある。
タイムリミットはあと1日……急ごう。