1-1 「砂漠の果てに」
魔王としてこの世に顕現してからはや1か月。刺客に襲われたり、モンスターに襲われたり、さらには元魔王部下にまで狙われる始末。何度視線をくぐったか分からない。そして、僕は今、新たな危機感を迎えていた。
「み、水……。喉が渇いて死にそう……」
ここはフミルゲルミルを大きく東へと向かった先にある広大な砂漠。僕にとって砂漠の経験は初めてだった。イメージとしては熱いと言う程度。
「さっき飲んだばかりですよ。我慢してください」
直射を避けるために体全身を被ったエルフの少女は言った。
「うー、あとこの砂漠はどのぐらい続くんだろ……」
「あと3日ってところだ。3日もすればアヴァロンにつくと思うぞ」
赤い長髪の女性。彼女もまた鎧の上から布を被り共に歩いていた。
「アヴァロンってリメリアの住んでた街だよね?」
「あぁ、あの街ならツヴァイが『魔王』ではなくなるための情報が転がっている可能性がある。それに――」
リメリアは腰に掛けられた鞘に視線を落とした。そこに掛けられた剣――魔剣アシュケロン。竜殺しの剣として伝わるほどの名剣が今や見る影もなくぽっきりと折れていた。
「その剣を治さないとね」
「あぁ、そうだな……」
そして、歩くこと1日。すっかりと日は沈み、さきほどまでの暑さが嘘のように肌寒くなった。
僕たちは拠点を起き、休憩をとることにした。
「ねぇ、リメリア。アヴァロンってどんな街?」
「んー、そうだな。簡単に言えば賑やかな城下町だ。騎士だけじゃなく商人達も活気がある。まぁ、世界中から騎士を目指す者たちが集まるからな」
「リメリアも騎士を目指すために?」
「いや……、私はあの街出身だ。もともと名家の騎士っという所からはじまったからな」
「へー」
「ツヴァイ、あの街に騎士団があるというのは話したことがあるだろう? そこに入団すると自動的に騎士へとなれるんだ」
横で聞いていたエルフの少女は言った。
「その話は私も聞いたことがあります。村人でも入団できれば、職業は騎士になるとか?」
「じゃあ、僕も入団すれば『魔王』から『騎士』になれる?」
「それは無理だな。職業には系統というものと序列があるんだ」
「系統と序列?」
「あぁ、騎士になりたいならその系統の職業。たとえば剣士、簡単に剣が使えるような職業に限られるこれが系統だ。序列というのは職業にもクラスのようなものがあるんだ。たとえば、聖騎士が剣士になれない」
魔王が騎士になるっていうのは無理って薄々気づいてはいたけど……。期待はしていないとはいえ、可能性が一つつぶれ落胆した。
「それに――、騎士団に入るのは大変だからな。下手をすれば命を落としかねない」
どの道むりってことね……
「私たちは手掛かりを探しに行くんだ。別に騎士団に入団しに行くわけじゃない」
「そう……、だね。一刻も早くアヴァロンに着いて手掛かりを探さなきゃ!」
「あぁ、だが気をつけろ。騎士はお前が『魔王』と分かれば、容赦なく攻撃してくる」
「…………」
「だが、大丈夫だ。騎士団の連中。特にトップの聖十字騎士はクリアなどさらさら興味もない連中だらけだからな」
「クリアに興味がない?」
「あぁ、やつらは強い奴と戦いたがる戦闘狂か、正義感が強い奴ぐらいしかいない。ツヴァイが弱いと分かれば命まではとらないさ」
ひょっとしたら、リメリアも僕の命をとろうとしなかったし、僕の事を分かってくれる人がいるかも?
「せいぜい拷問に会って、他の強い仲間の居場所を聞くぐらいじゃないか?」
「…………」
「死より辛いかもしれないが、なんとかなるだろう。よし、そろそろ行くか」
なんとかならないって!
「あの……、アヴァロン行くの止めない?」
「ここまで来てどうした?」
「そうですよ。お肌が荒れるの覚悟でここまでついてきたんですよ?」
「いやー、別の街でもいいかなーなんて……」
リメリアとシャディは両腕を掴み――
「行くぞツヴァイ」「行きますよ。ツヴァイさん」
無理やり引きずっていく。
「いやだぁああああああああああああああ」
しかし、その声は砂漠に空しく響き渡り、僕の望みは届かなかった。
◇
昼は40度を超す灼熱の砂漠。しかし、砂漠で恐怖するのは温度だけではない。モンスターの巣窟――――凶悪なモンスターが生息し、冒険者へ牙をむく。冒険者は熱で体力を奪われ、やがてモンスターの餌食となり骨も残さない。それほど過酷な死の砂漠と呼ばれていた。
そんな危険地域に入ってはや3日。容赦ない熱気とモンスターが僕たちを襲う。僕たちの中でまともに戦えるのはシャディだけ――
リメリアはレイナーとの戦い以来、自身の誇りである剣を失った。街中をくまなく新たな剣を探したが彼女の剣技に耐えられるものが存在しなかった。
そのせいもあり彼女はほぼ丸腰同然(直ぐ駄目になるボロ銅剣は何本かもっていたが)
そして、過酷を極めた負担がかかり、突然倒れた。
「シャディ!?」
慌てて彼女に駆け寄り抱きかかえた。彼女は顔を真っ赤にしながら苦しそうに呼吸をしていた。意識はある……
「へ、へい……きで……す」
彼女が無理をしているのは明白だった。額に手を当てて確認すると、火傷をしそうなほどの熱を帯びていた。
「ひどい熱だ……」
「恐らく熱中症だな。日陰で休ませよう」
巨大に集まった砂の塊のわきに彼女を寝かせた。そして、残った水を彼女に飲ませ、水を湿らせた布を彼女の額に当てた。
「君一人に無理をさせてすまない……」
「いえ……、わたしはだい……じょうぶ……」
彼女はにっこりと笑顔を返す。しかし、僕もリメリアも彼女が心配をさせまいと無理をしていることを知っていた。
「ねぇ、リメリア。近くの街までどのぐらいかかる?」
「そうだな。おそらく半日というところか……」
半日――彼女をあと半日も日に当て、歩かせたら恐らくは命は危険だろう。ただでさえモンスターの多い砂漠地帯。無謀だった。しかし、このままにしていても危険なことには変わらない。なら――
「リメリア。行こう」
「な、ツヴァイ正気か? シャディは動けないんだぞ?」
僕はいつもシャディに助けてもらってばかり……。僕だって――
「僕が背負うよ。水が足りないなら僕の分を飲ませればいい」
シャディを背中に背負い、彼女に負担をかけないようにそっと歩き始めた。
「無理しない……で……」
「僕は大丈夫だから」
彼女はにっこりと笑い、そのまま眠りに落ちた。そして、砂漠を移動した。運が良かったのか、モン
スターと出会うことはなかった。
そして、歩くこと半日。彼女を休ませることのできる場所へとやっとのことで辿り着いた。
◇
砂漠の中心に浮かぶオアシス。巨大な湖の周りにはたくさんの民家が連ね、巨大な都市として形成を成していた。
「私もこんな街があった事は知らなかったぞ。しかし、たどり着けたのは運が良かった」
街にある宿屋の一室へとシャディを運び込む。あと数時間遅れていたら危なかっただろう。本当に助かった……
幸い、この街に居た街にいる医術師の治療のかいもあり、彼女は回復へと向かっていた。しかし――
「一週間は安静が必要か……」
無理は禁物。アヴァロンまでの道のりにまだ砂漠は続く。進行距離はまだ半分をすぎたあたりであった。
「すみません。私のせいで……」
「いや、気にするな。むしろ謝るべきは私たちだ。モンスター退治まで任せて君に負担をかけてしまった。すまない」
「そうだよ。シャディのおかげで砂漠をここまで乗り切れたんだし、そんなこと言ってたら僕なんて何にも役に立ててないよ……」
戦闘はできないし……、本当に役に立っていないよね……
「そんなことないですよ。私が無事なのはツヴァイさんのおかげです」
シャディはそう言ってにっこりと笑っていた。そして、ゆっくりと目を閉じ――
「少し……疲れ……ました」
「シャディ?」
反応はなく、かすかな吐息が聞こえた。寝てる……?
「寝ているな。よほど疲れていたのだろう。今はそっと寝かせていてあげよう」
ほっと安堵した。
「さてと、私は街をまわってくるが君はどうする?」
「僕はもうちょっとここにいるよ」
「そうか、じゃあ私は出掛けてくる。夕方またここで会おう」
「うん」
リメリアはそう言い、部屋を後にした。僕はぐっすりと眠るシャディの寝顔をずっと眺めていた。そして、その寝顔は眠気を誘い――
「んっ……」
ベッドに突っ伏した体を起こし辺りを見渡した。
ここは宿屋。そして、ベッドにはシャディがぐっすりと寝ていた。そうか……、僕はつい寝ちゃって――
窓を開け、外を見た。日はまだそこまで落ちていない。寝たのはほんの数時間程度。体が妙にだるい……。
(ふぅ、気分転換に外でも周ろうかな)
宿を後にして、外へと出かけた。
辺りには人が入り乱れていた。市場が立ち並び、活気にあふれていた。疲れていたからか、気分的に静かな場所に行きたい――――そんな気分だった。裏の方へ行こう……
そそくさと民家の間を抜け、裏路地へと入る。
そこはメインストリートの人の多さからは想像もできないほど静けさが広がっていた。しばらく歩いていると中心部の巨大な湖が見え、その湖のほとりまで足を運ばせた。そして、ほとりにある岩場に腰掛けた。湖からは水気を帯びた冷たい風が吹き、心地よい気分となった。
そして、しばらくぼんやりと湖を眺めた。
こんなゆっくりとした時間は久々だ。
「きゃっ――」
女性の声が聞こえ、何かが倒れる鈍い音が鳴り響いた。
目線を送ると、そこにはうつ伏せで倒れる女の子の姿。歳は僕と同じぐらいだろうか?
「君。大丈夫?」
その少女に近づき、手を差し出した。そして、手をひき、彼女を引き起こした。
その少女は顔を真っ赤にして顔を隠す。
「ご、ごめんなさい。私――」
この子の仕草。そして目つき――――――NPCではない、プレイヤーだ。この世界に来て多くのNPCやプレイヤーを見てきた。その直感から一目でわかる。
「せっかくくつろいでいたのに……、所を邪魔してごめんなさい」
「いや、気にしてないよ。それより怪我とかない?」
彼女はスカートについた砂をはたき落とし
「平気です。その……、ありがとうございます」
彼女は恥ずかしがり屋なのか顔を真っ赤にしながら俯き言った。
「ツヴァイ」
「え――」
「僕の名前。君は?」
「わ、私ですか!?」
彼女は驚いていた。そして――
「り、リアです……」
俯きながらかすかに聞こえる声で言った。彼女ににっこりと笑いかけた。
「あ、あの……。ツ、ツヴァイさんはこ、こここで何をしてたのですか?」
よほど人見知りがある子なのか、緊張していた。言葉遣いがなんか変だし……
「僕?」
「は、はい!」
「僕はこの街に来たばかりだから、気分転換にぶらっと回ってた感じだよ」
「そ、そうですか」
「リアさんはここで何をしていたの?」
「わ、私は……、実は――、外の景色を見たくてここに来ました」
「外の景色?」
「あまり、お屋敷から出してもらえなくて……」
「そっか」
「今日も実はこっそりと抜け出してきました。あっ、今のは内緒で」
彼女はにっこりとほほ笑む。
「リアさんってプレイヤーだよね? 自分で出ようと思えば外に出れないの?」
「あ、わかりますか……? 私は確かにプレイヤーです。でも、家から出ることができない理由があって――」
「そう……」
彼女の表情が一瞬曇るのを見逃さなかった。彼女もまた訳ありのようだった。きっと外に出られないりゆうがあるのだ。
「あ、あの……、ツヴァイさんは旅の人ですよね?」
「うん」
「す、少しでいいから旅のお話を聞かせていただけたらなぁって……」
「大したたびはしてないけどそれでいいなら――」
「ほ、本当ですか!?」
僕の旅――たいした旅路ではないけど、彼女に話した。といっても僕が誰なのか、そして何のためなのかははぐらかしたけど……
そして、1時間ほど時間が過ぎ――
「あ、そろそろ家にもどらないと……」
「うん」
「いろいろと聞かせていただき、ありがとうございました」
「こっちも楽しかったよ。ありがと」
「ツヴァイさんはまだこの街に?」
「うん。あと1週間ぐらいはいるかな……」
シャディが完治するまでは恐らくこの街にいるだろうし。
「あ、あの――、よかったら暇な時、私の家に遊びに来ませんか?」
「う、うん?」
「もうちょっと旅の話聞かせていただけたらいいなぁ――なんて」
両手の人差し指を絡めながらもじもじしている所を見るとかわいらしく見えた。
「うん、時間がとれる時でいいなら――」
「ほんとですか!? 絶対ですよ!! あ、あの……、私はその先にある屋敷に住んでますから」
「分かった。ぜひよらせてもらうよー」
彼女は足を弾ませながら、屋敷の方角へと駆けた。そして、くるりと回り
「あと、私の名前はリアで結構です」
そして、手を笑顔で振りながら再び、屋敷へと駆けていく。
あ、こけた……
そして、起き上がり、そそくさと帰っていた。