6-2 「魔王ツヴァイ」
時間は遡り、街を少し離れた丘の上。
突然、ハルバートを突き付けられ、何が何だか分からずにいた。
彼ははっきりと『魔王ツヴァイ』と言った。一度も魔王などと言った覚えはない。うっかり聞かれた? だとしてもなぜ今?
「腑におちねーって顔つきだな? 大したことじゃない。初めから知っていただけってことさ」
「僕たちを……騙したの?」
「騙した? 違うな。初めからそういうつもりだったってことだ」
「なんで……」
「こいつさ」
手に握られた指輪をこちらに向ける。それはさきほど奪い取られた『魔王の指輪』。
「こいつを手に入れることが俺の依頼。あとは足止めってところだな」
「じゃあ、僕たちに近づいたのはそれのため?」
「ああ、そうだ」
「僕が襲われた時に助けたのも?」
「それはたまたまだ」
指輪を奪われた事よりも、エリックに裏切られ―――いや、騙されていたことのショックの方が大きかった。
エリックは何やらぶつぶつと呟く。
これは――――シャディの唱えている時と同じだ。つまりは魔法。
やがて、腕に握られていた指輪を囲うように魔法陣が現れる。
そして、指輪は魔法陣と共に光となり、どこかへと消えた。
「指輪が……」
「これは転送呪文ってやつだ」
ハルバードを再び構える。
「ぼ、僕を殺すの?」
「いいや、俺はゲームクリアに興味ねぇし。それにさっきも言ったが、俺の狙いは指輪だ。あの指輪の封印は魔王しか解けなくてな」
「…………」
指輪――――魔王を封印する指輪。効果は僕を殺すためのものだろう。
「指輪はどうするの?」
「さぁな。俺は指輪を渡せという依頼を受けただけだ。後の事はしらねぇ」
その直後だった。街の方で大きな爆発が起きる。
慌てて目を向けた。
一瞬の閃光と共に、半壊する街が目に映った。
その惨状を見て目を疑った。あそこにはシャディとリメリアもいたはずだ。
「なにこれ……」
「いけすかねぇ野郎だ。まさかここまでするとはな……」
エリックの反応を見る限りこの爆発は予想外なものだったのだろうか。そんなことよりも二人が心配だった。
「動くな!! 動けば斬る」
ハルバードの冷たい金属部分が肌に触れ、より一層体を硬直させた。
「懸命だ。殺すなとは言われたが、無傷とは言われていないからな」
しばらく動けずにいた。動けばためらいなく攻撃を仕掛けてくるだろう。エリックの目を見れば本気かどうかぐらいは分かる。エリックに依頼した人間は僕を殺す気はないようだった。大人しくしていれば少なくとも今は命は助かると思う。逃げるチャンスも生まれるかもしれないだろう。でも――――
「エリックは何のために生きているの?」
「急になんだ?」
ただエリックの表情をじっと見ていた。
表情から読み取ったのか、彼はしぶしぶ折れ、めんどくさそうに渋々答える。
「俺は金だな。この世界での通貨は絶対的な意味を持っている。現実ももちろんそうだが、敵を倒して依頼をこなせばだれでも手に入るものだ。この世界は特に金が生命線になることが多いからな。殺したい奴がいれば金さえ出せば誰かがやってくれるのがこの世界だ」
「今のエリックみたいに?」
「あぁ、そうだ。魔王討伐の名目ならなおさらだろうな」
魔王の討伐でお金を出す。それはおかしな話じゃなかった。どんなゲームでも存在する。
「僕は――――」
「ん?」
「僕は何のために生きているのか分からない」
「はぁ? 聞いておいてそれかよ」
「――――でも、僕が何もかも諦めた時、手を差し伸べてくれた人がいた」
「………………」
「だから、僕は行かないといけない」
「そうか……」
リメリアに借りた剣を腰から抜いた。
ハルバードを払いのけ、エリックに斬りかかる。
しかし、エリックは後ろへ跳び避けられ、その剣は空を斬る。
シャディ達の元へ……。街へ急ごうと走るが――――
エリックはハルバードを構え、行く手を立ちはだかる。
「エリック、そこをどいて……」
「どきたいのは山々だけどな。こっちも依頼ってもんがあるんでね」
一瞬――――目の前にハルバートの刃が迫る。すばやく左へと避け、剣を振るった。
あっさりとハルバートの柄で弾かれた。
「今の一撃で終わらせるつもりだったんだけどなぁ。多少は鍛えられたか?」
僕自身でも驚いている。リメリアとの毎朝の特訓の賜物だろう。
「なら、こいつならどうだい?」
ハルバートの刀身が赤いオーラに包まれ、炎でも纏っているかのような状態へとなった。
「いくぜ」
エリックがハルバートを大きく振るった。
大きく後ろへ下がり避ける。あれは受けちゃだめだ……そう思った。
あれ……。エリックが消えた!?
「上だよ」
頭上から聞こえる声。
振りあげた時には、エリックが頭上からハルバードを振り下ろす姿が目に――――
避けられな―――――
とっさに体を動かして直撃は何とか避ける。
だが、強力な魔力の籠った刃は地面にぶつかり、やがて爆発を起こした。
その爆発に大きく体は投げ出された。
意識がもうろうとする中、血が目に入る……。手で拭った。
血だらけ……。もう僕自身瀕死じゃないか……
きっと助けに行ったところで足手まとい。いや、普段の僕でも足手まといだろう。
行くだけ無駄だ……。なんて弱音吐きたいところだけど……
動かすと体が軋む。立ち上がると吐き気がこみ上げてくる。ここであきらめれば少なくとも今は痛い目を見なくて済む。でも、なぜかは分からないけど、それでも行かなきゃいけない気がする。
気のせいなのか魔王の直感なのかは定かではなかった。
「これ以上無理すると死ぬぞ?」
「僕は……、二人の元に……」
剣を両手で握って構える。
「はぁ、死んでもしらねぇぞ?」
再びハルバードに魔力が送られ、炎のようなオーラが灯される。
そして、エリックの刃は僕目がけて振り下ろされた。
さっきでさえ避けられたのは奇跡。この傷だ。避けるのは無理だろう。
だけど――――
「うぉおおおおおおお!!」
立つのもおぼつかないほどに傷ついた足で地面を蹴る。
剣を振るうタイミングとしては絶好。狙いはエリックじゃない。ハルバードだ。そこに
渾身の一撃――――
ハルバードはエリックの手を離れ、地面へと落ちた。そして、行き場を失った魔力はその場で辺りを巻き込み爆発を起こす。
余波から逃れることはできな――――
その余波に大きく飲み込まれ吹き飛ばされた。
痛い……。
目をゆっくりと開ける。まだ生きている……。ゆっくりと体を動かして起き上がる。
そして、目の前にいる人物が視界に入った。
「エリック!?」
「――――たく、大きな声だすんじゃねぇよ」
目の前にはエリックが立っていた。
この位置――――僕を庇ったのだろうか? 体は大きな傷を負っていた。
「エリック、何で……?」
「殺すなって依頼だったからな……」
あれだけの爆発受けて立っていられるなんて……。
「何をしてんだ。行けよ」
「え――――!?」
どういうこと?
「依頼はここまでだ。さっさと行け。嬢ちゃん達を助けるんだろ?」
「エリック……。ありがとう」
「行け」
エリックを後にして、傷ついた体に鞭を打ち先を急いだ。
―――Eric side―――
「さすがに二発は魔力がきつすぎたか……。もう体うごかねぇや」
あの技は諸刃の剣で、術者にも反動と衝撃が来るものだった。
あのまま続けていたらツヴァイに負けていただろう。
このままやり過ごして、行かせて恩を売っておいた方が得策。そう考えた結果だった。
それに――――――
悪あがきしているあいつ見てると何となくな……。弱くて仲間想いの魔王なんて聞いたことねぇぞ。それに、女を見殺しは寝ざめが悪いからな。
「がんばれよ、ツヴァイ」
気がつけばそう呟いていた。
「俺も甘いな」