5-3 「魔王の指輪」
朝8時半。僕とリメリアは村の入り口に立って、シャディとエリックを待っていた。シャディは同じ部屋だったが、何やら準備があるから先に……っと言っていた。
昨晩は野宿しようとしていたが、2人は部屋にいても構わないと言い、同じ部屋で寝ることになった。といっても僕は床だけど……。
日ごろ野宿をして、一緒に寝ている筈だが、やっぱり部屋になると意識してしまうせいか、昨晩は緊張して寝れなかった……
大きくため息をつく。
それにしても、この世界に来てため息をつく回数が多い気がするなぁ……
「どうした? ツヴァイ、寝不足か?」
リメリアはストレッチをしながら聞く。表情はどこか嬉しそうだ。
「うん……。ちょっとだけね」
軽くあくびをしてしまうと、彼女はそれを見て笑っていた。
「寝不足はいけない。せっかくのダンジョン日和というのに台無しだ」
遠足にでも行くような気分なのだろうか? リメリアは楽しそうだった。自分から、行くと決めた事とは言え、凶悪なモンスターのいる巣に飛び込むのに、そんな気分にはなれるわけがなかった。
「ところでだ。その首飾りはどうしたんだ?」
リメリアは首飾りを指差す。
「ああ、これはシャディに貸してもらったお守りだよ」
「そうか」
彼女は素っ気なく答えた。あれ、どうしたのだろう? どことなく不機嫌そうだ。
何やら小声で「むぅ。お守りか……」などとつぶやく声が聞こえた。
そして――――
「ツヴァイ。これを貸そう」
そう言って、リメリアは腰に帯刀されていた1本の剣を差し出す。
「こ、これは?」
「さすがに小刀だけでは心もとないだろうからな。これを使って身を守るといい」
好意に甘え、その剣を受け取ることにした。
「ありがとう。大事に使わせてもらうね」
「えっと、そ、その剣はだな。私がこの世界に来てからずっと共にしてきた剣だ。きっと、君のことも守ってくれる」
リメリアは咳払いをして、照れながら言った。
「ツ ヴ ァ イ さ ん」
「わっ――――!!」
後ろから聞こえる声に驚き、慌ててのけぞる。
「な、なんだ。シャディか」
そこにはシャディがいた。い、いつの間に…………
「なんだ、ってどういうことでしょうか?」
シャディは僕の耳を掴み、そのまま引っ張る。
「な、なんで!? い、痛いって……」
何か不機嫌? っというか怒ってる?
「お前らもう来てたのか。ずいぶんはやいな」
エリックはあくびをしながら現れる。
「――――てか、お前ら何やってんの?」
「こ、これはシャディがいきなり――――」
彼女はひっぱるのを止めた。
「さぁ、行きましょうか」
うぅ、やっぱり何か怒ってる……
「痴話喧嘩か?」
「そ、そんなのじゃありません!!」
などと冗談めかしエリックはシャディをからかっていた。
「まぁ、行くか」
後に続くようにして、二人の後を追った。
5分ほど歩き、エリックは草むらへと入っていく。僕たちもその後に続いた。
そして、気がつけば、街の裏側に回りこんでいた。誰も入っていないであろう荒れた草むら。その先にある巨大な岩の前にエリックは立ち、手で触れる。
「エリック、こんな所にダンジョンがあるの?」
疑問だった。街のすぐ裏側。そんな場所にダンジョンがあるのだろうか?
「ああ、信じられないだろうがな」
何やら岩を手で触り調べていた。そして「ここか」っとつぶやき、石のずれる音が聞こえ、それと同時に岩のⅠ部が音を立てて崩れていく。
崩れ落ちた先に階段らしきものが見えた。
「さてと、ここからがダンジョンだ。気を抜くなよ?」
階段は長い距離ではなかった。降りてすぐ、広い部屋に出る。
しかし、この部屋は――――
「ずいぶん明るいね」
「あぁ、部屋が暗くならないように特殊な呪術が壁にしこまれているらしいからな」
「へぇ~~」
便利なものだなぁ。
などと考えていたら、立ち止ったエリックの背中にぶつかった。
「わっ、ごめん」
しかし、エリックは答えなかった。いつになく真剣な表情だった。
「エリック?」
「さぁーて、おいでなすったぜ」
エリックの視線の先には大量のモンスター。
「ツヴァイは下がれ!! シャディは魔法を頼む!!」
リメリアは先陣を切り、モンスターを薙ぎ払う。エリックも後に続き、二人でなぎ倒していった。
圧倒的な強さだった。この二人の敵ではなかった。でも数が多い。
「二人とも下がってください!!」
シャディの声に、二人は大きくその場を退く。
そして、放たれた炎の魔法は辺りを包み込み、残りのモンスターすべてを焼き払った。
「うへぇ、おっかねぇ魔法だなぁ」
先の階層へと進み、次第に敵は強く。奥へ進むと敵が強くなるのはシンプルな作りだった。だけど、この3人にとってはさほど苦労する強さではなかった。
ダンジョンに来るのはこれが初めて。フィールドと違って敵の数も段違いだ。
「おかしいぞ、地図通り進んでるつもりだが、明らかにこの部屋は地図に載ってる部屋じゃねぇ」
「え? でも、1本道だったよ?」
どういうことだろう? 分かれ道なんて見当たらなかった。
『魔王の導きのままに』
不気味な声が聞こえ、慌てて振り返る。しかし、何もなかった。
今のは何だろう? 気のせいかな?
「次の部屋はあれか?」
部屋の先に開かれた一つの通路。通れる場所はここのみだった。
「気をつけろよ。罠ってこともある」
通路を慎重に抜けた。その先は巨大な部屋へとつながっていた。
その巨大な部屋の真ん中に見える黒い影。
今までとは何かが違った。こんな巨大なモンスターは今までの部屋にはいなかった。
そのモンスターがこっちに気づく。
サイのようだが、牛のように曲がった角。そして規格外の大きさ。
神話で見たことがある。これは…………
「ベヒーモス……」
ベヒーモスは獲物――――僕たちを睨みつける。
おぞましいオーラを醸し出し、背筋が凍った。
「こいつはやべぇ、早く逃げるぞ!!」
全力で部屋を離脱―――――あれ? 出口が……。
あったはずの出口は閉じている。まさか…………罠!?
「扉が閉じた? この部屋に誘いこまれたか」
ベヒーモスの口が開き、閃光のようなものが放たれる。
――――え。 ターゲットは僕だ。
避けられな――――――
「あぶねぇ!!」
とっさにエリックに抱えられ、ギリギリのところで閃光を避けることができた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう」
壁の方を見ると壁が溶け、ごっそりと穴があいていた。
あんなものを食らったら、一発で蒸発だろう。考えただけでもゾッとする。
他に出口は――――見当たらない。
「どうやら逃げるのは無理か。めんどくせぇが、やるしかねぇか……」
エリックはハルバードを構えた。
「そのようだな。シャディ、援護を頼む。ツヴァイは後ろでシャディを守っていてくれ」
僕とシャディは黙って頷く。そしてシャディは目を瞑り、呪文の詠唱を口ずさむ。
エリックはベヒーモスに向かって飛び込み。
そして、ハルバードの一撃――――――
完全に捉えていた。しかし、ベヒーモスの皮膚に触れた瞬間、金属のような鈍い音が響き、大きく弾かれる。
「堅てぇええええ、こんなのありかよ……」
そこへ、すかさずベヒーモスの爪がエリックを襲う――――が、これをギリギリのところで回避する。
リメリアがそこへ走り込み
「なら、これならどうだ?」
ベヒーモスに剣を振り下ろす。
しかし、これもあっさりと弾かれてしまった。
「くっ、駄目か……」
「魔法なら!!」
詠唱を完了したシャディの手から光の球が放たれた。その光はベヒーモスに衝突した瞬間、目が開けられないほどの眩しい閃光となり、ベヒーモスを光に飲み込む。
しかし、光が収まった時、無傷のベヒーモスの姿がそこにあった。
「駄目です。まったく効いていません……」
シャディの呪文でも効いていない!?
「シャディ、他の呪文は?」
「たぶん、無理だと思います。この呪文が効いていないと言うより、魔法が一切効かないのかもしれません。今の魔法は無属性です。分子単位で消滅させる魔法だったのですが……、衝突する瞬間に魔力を吸われてしまいました」
ははは、さりげなくとんでもない魔法だ……
しかし、困った。武器も魔法も通らない体。打つ手がない……。
「はぁ、さすがにチートだぜ」
作戦を練る間もなく、ベヒーモスの口から再び閃光が放たれる。これをなんとか避け……
目の前にはベヒーモスの姿――――――しまった。
『charge phase 2』
聞こえる謎の声。ベヒーモスの上を飛び、舞うエリックの姿が見えた。
次の瞬間、ものすごい衝撃音と共に、ベヒーモスが吹き飛び壁に打ち付けられる。
しかし、ベヒーモスは無傷。あっさりと起き上がり、まったく効いていなかった。
「今のでも駄目なのかよ」
ハルバートの刃は紫色に輝くオーラを纏っていた。そして後部からは燃え盛る紫色の炎。
「エリック……、それ……」
「あぁ、俺の奥の手だ。魔力を込めると威力が高くなるって代物だ。それより、騎士のお嬢ちゃん。いいか?」
「なんだ?」
「俺が力をためている間。ん――、そうだな、30秒ほど時間稼げるか?」
何か作戦があるのだろう。
「あぁ、まかせてくれ」
「リメリア、大丈夫?」
「大丈夫だ。ツヴァイは自分のことを心配していろ」
「うん……」
リメリアはゆっくりとベヒーモスの前に立ち、そして睨みつけた。
「我が剣の力を解放して、全力で行かせてもらう!!」
か、解放!?
刀身が赤く光りだし、オーラを纏うように燃え盛る。
「リメリア、それ……」
「あぁ、これは魔剣アシュケロンだ。隠していた事は謝る。あまり人に見せるものではないのでな……」
魔剣アシュケロン? これが魔剣……。その美しさに見入っていた。
「いくぞ!!」
リメリアの姿が視界から消える。
ものすごい速さだった。気がつけば、ベヒーモスを剣が捕え、振り下ろされていた。
振るわれた剣から炎が現れ、ベヒーモスを包み込む。
その攻撃はベヒーモスの皮膚を傷つけていた。効いている?
そして、痛みに苦しむかのように、暴れ出し、尾を振りまわす。
それはリメリアを捉え、大きく壁に打ちつけられた。
轟音と共に壁から大きな砂埃があがる。
「リメリア!!」
「な、なんとか大丈夫だ……」
よろけながらもリメリアは立ちあがる。攻撃を剣で受け止め、威力を抑えていた。
「ツヴァイ、よそ見をするな!!」
ベヒーモスの姿がない? 目で追う。
真後ろからのびる巨大な影。
振り返ると、すぐ目の前に―――――
「ツヴァイさん。危ない!!」
ベヒーモスの振るった腕が体にめり込み、庇おうとしたシャディもろとも吹き飛んだ。
大きく地面に打ち付けられた。
視界がぼやける……、シャディが僕を庇って……
シャディ?
彼女は数メートル先に倒れていた。そこへベヒーモスの爪が迫る。
体はあまり動かない。でも……、痛みをこらえる。起き上がろうとすると体が軋む。
「シャディィイイイイ!!」
地面を蹴って走った。無我夢中だった。
間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え――――――――!!
リメリアに借りた剣を抜き、思いっきりで振るった。
その時、何が起こったのか覚えていない。ただ夢中で……。
心臓が大きく鼓動する。
またあの時の感覚――――――盗賊と渡り合った時の……。
気がつけば黒霧が体を覆い、ベヒーモスの腕を切り裂いていた。
「ツヴァイさん……?」
「シャディ、大丈夫?」
しかし、油断だった。腕を切り裂いたぐらいで――――ベヒーモスはまだ生きている.。
獣は巨大な咆哮をあげ、大きく口を開ける。
この距離であの閃光を食らったら――――
シャディだけでも守らないと……、とっさに前にでてシャディを庇った。
閃光が眩しく包み込む。
「よく持ちこたえた。30秒だ―――――」
『charge phase 5』
そして、ハルバードの後部から巨大なオーラが噴出され、振り下ろされる。
轟音と共に獣は地面に穴をあけて大きくめり込んだ。
「ふぅ。ぎりぎりだ。ツヴァイ、大丈夫か?」
エリックは言った。
安堵からか、腰が抜け、その場に座り込んだ。
「ツヴァイさん……」
リメリアが不機嫌そうに睨みつけていた。相当、怒っている?
「まったく……。自分が殺られたらどうするつもりですか? 後先考えないんですから……。たまたま助かったからいいものの」
「うっ、ごめん……」
そして、彼女は後ろから手を回し、背中からしがみついた。
「でも――、自分の事も大事にしてください…………」
シャディの体は震えていた。
次の瞬間だった。瓦礫からベヒーモスが飛び出し――――
「しまった――――」
体勢が立て直せない……。
頭上から何かが降り、大きな轟音が辺りに響き渡る。
そして、ベヒーモスの体は真っ二つとなっていた。
「なんとか間に合ったか」
そこにいたのはレイナーさんだった。
「どうやってここに?」
「君たちがここに向かったと聞いてね。急ぐ必要があったので、少々手荒らだったが、地面を破壊させてもらった」
「破壊って…………」
天井を見ると無数に空けられた穴がずっと上まで続いていた。この人、どれだけ強いんだ……。
「どうやら、来て正解だったようだな」
「はい……。その……、助けていただいてありがとうございます」
ベヒーモスが倒されたからだろうか? 音を立てて、扉が開く。
「二つの扉?」
入ってきた扉と先への扉。
この先はもっとひどい罠が待っているかもしれない。
『この先だ』
また聞こえるあの声。いったい何なんだ……?
でも、この先に……。
「みんな……、行こう」
先に進むと、そこには大量の財宝が眠っていた。よく、映画でみる探し当てた秘宝。そんな感じだった。部屋を眩しいほどに照らす。
そして、その中央に置かれた台座。その周囲には青白いオーラに包まれていた。
台座には――――指輪が置かれていた? これが魔王の指輪?
そっと手でオーラに触れようとした時だった。
「ツヴァイ、待て!!」
リメリアに止められ、振りかえる。
「これは触れてはだめだ」
「触れたらだめってどういうこと?」
リメリアは転がる宝剣を拾い上げ、台座に向かって投げる。
剣はオーラに接触した瞬間。音を立てて消滅した。
「これが封印なのだろう。とにかく、触れてはだめだ」
「そんな……。せっかく目の前なのに……」
目の前には魔王の指輪。たった一つの手掛かりを前にあきらめないといけないのだろうか?
その時だった。
『この封印は魔王がかけたものだ。解けるのは汝のみ』
またあの声。
誰かは分からない。でも、魔王だからだろうか? 今のは恐らく真実……だと思う。
再び台座に手を伸ばした。
「ツヴァイ、やめるんだ!!」
「大丈夫」
リメリアにそう告げた。
なんとなくだけど、大丈夫。そう感じる。
オーラに触れた瞬間だった。オーラはガラスが割れるような音を立て、消え去る。
そして、台座に置かれた指輪。
それを手にする。
「これが魔王の指輪?」
これがシャディのお兄さんを……、魔王アインを封印した指輪……。
指輪は妖しく光り輝いていた。
さっきの声もこれが? あれはいったい何だったのだろうか?
とりあえず、街へ戻ろう。