第二話「記憶の断片」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおり
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【02】ゆめ
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【03】ななみ・リリカ
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【04】ユウリ・セシリア
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【05】ステラ
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【06】リナ・ミナ
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【07】レイナ
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【08】カレン
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荒野を抜ける風は、昨日よりも銀の粒子を多く孕んでいた。
空の青はさらに薄れ、磨きすぎた鏡のような無機質な光が地表を撫でていく。
三輪車の荷台に揺られながら、ミナは流れていく景色をぼんやりと見ていた。
乾いた岩肌も、遠くに滲む廃墟の影も、どこか現実味が薄い。
(……暗い)
ふいに、意識の底へ冷たい水が流れ込むような感覚がした。
視界が揺らぐ。
荒野の輪郭が音もなく剥がれ、代わりに白磁のような壁が立ち上がる。
◇
カプセルの中は、いつも冷たく、暗かった。
重い蓋の向こうで鳴り続ける機械音だけが、心臓の鼓動の代わりだった。
眠っているのか起きているのかさえ曖昧になる長い時間の中で、ミナは自分の体温だけが自分のものではないことを知っていた。
指先から絶え間なく溢れ出す熱。
それは管を伝い、アムネシアという巨大な肺を動かし、世界のどこかで誰かを生かすためのエネルギーとして消費されていく。
ミナはその感触を、ひとつの痛みとして受け入れていた。
自分が空になっていく痛み。
けれど、その痛みに意味があるのなら耐えられると思っていた。
レイナが治るのなら。
あの子がまた走れるのなら。
そう信じていたからだ。
けれど、ある時から、熱の流れが変わった。
装置を通る循環が鈍くなる。
流れきれなかった熱が、自分の内側へ逆流するみたいに溜まり始める。
逃げ場を失ったそれが、亀裂を探す水のように外へ滲み出していくのを、ミナは肌で感じた。
(石が、結晶が増えている……)
直接見えるわけではない。
それでも分かった。
カプセル越しに、世界が少しずつ銀色へ染まっていく気配があった。
自分の熱は、もう救うためだけのものではなくなっている。
制御しきれず、災厄として世界を侵し始めている。
そう思った瞬間、胸を灼いたのは恐怖よりも、たった一つの問いだった。
(レイナは……治ったのだろうか)
自分の熱が薬になると、あの時たしかに言われた。
その言葉を支えに、この暗闇に耐えてきた。
けれど、確かめる術はどこにもない。
自分が誰を救い、誰を壊し、どれだけの時間が流れたのかさえ、もう分からなかった。
◇
「……ミナ」
静かな声が、記憶の底に差し込んだ。
ミナははっとして顔を上げた。
三輪車が止まっている。
リナがペダルから足を下ろし、少しだけ首を傾けてこちらを見上げていた。
「どうしましたか。……三回、呼びましたが」
ミナは自分の手を見た。
知らないうちに、膝の上で強く拳を握りしめていた。
爪の跡がうっすら掌に残っている。
「……何でもありません」
呼吸を整え、いつもの丁寧な声を選ぶ。
「少し、考え事をしていただけです」
リナはすぐには頷かなかった。
ミナの瞳の奥にまだ残っている、暗い水のような澱を見ていた。
問い詰めようと思えばできたはずだった。けれど、リナはそこで踏み込まない。
「そうですか」
短い沈黙のあと、彼女は言った。
「……無理なら、歩いても構いませんが」
「いいえ。行きましょう」
ミナの返答を聞いて、リナは小さく頷く。
「了解しました」
それだけ言って、再びペダルへ足をかけた。
キィ、キィ。
規則正しい音が、また荒野を這い始める。
その単調さが、かえって二人のあいだにある言えないものを際立たせていた。
リナは前を向いたまま、地図の端に記された黒い印へ視線を落とす。
そこは、かつて自分が縫えなかった場所だ。綻びの深さを認めた証であり、いつか誰かが辿り着くべき傷口でもある。
ミナが何かを抱えていることは、旅を始めた時から分かっていた。
分かっていて、あえて聞かなかった。
母レイナから何度も聞かされてきた、“友達”の話がある。
自分を犠牲にして他人を救い、それでも自分の孤独には誰も触れさせなかった少女。
母が最期まで忘れなかった名前。
自分が地図を描き続ける理由になった人。
その少女が、今、すぐ後ろにいる。
実際に隣へ置いてみると、母の語っていた時間の重みが、想像よりずっと具体的だった。
ミナの丁寧すぎる言葉。人と距離を置く癖。
何かを思い出した瞬間だけ、ふっと底なしの暗さに沈む目。
そして、自分の右腕に進み続ける結晶。
それはまるで、母から受け継いだ記憶そのものが、肉体へ少しずつ刻まれていくようでもあった。
(言わなければならないことは、決まっています)
リナは心の中でそう呟く。
母のこと。遺言のこと。ミナを探していた理由。
全部、本当はいつか伝えなければならない。
けれど、今ではない。
今ここで過去を暴けば、ミナがかろうじて保っている均衡を壊してしまう気がした。
彼女はきっと、自分のせいだと、必要以上に深く、必要以上に静かに傷つくだろう。
それでは意味がない。
守るための真実が、相手をさらに孤独へ押し戻してしまうのなら。
リナは地図を握る手に力を込めた。
母が残した針と、この余白だらけの地図だけが、今の自分にできる誠実さだった。
語るより先に、隣にいること。
暴くより先に、道を繋ぐこと。
「……次の印の場所へ」
リナの呟きは風に攫われた。
北西の空には、あの日の霧と同じ色の銀が重く淀んでいる。
そこに向かって、三輪車は小さく軋みながら進み続けた。
後ろで、ミナは何も言わない。
けれど、その沈黙の深さを、リナは背中越しに感じていた。
同じように、ミナもまた、リナの腕に広がる結晶の硬さを見ないふりのまま知っているのだろう。
何も言わないまま、二人は進む。
互いの傷の名前をまだ呼ばず、ただ同じ方角だけを見て。
荒野を抜ける風の中で、銀の粒子がひどく静かに光っていた。
第四章:第二話「記憶の断片」――完
第三作『銀色の旅路』は完結編です。
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、第一作『銀色の結晶』、第二作『銀色の産声』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
■銀色の産声――人願で綴る、明日のための戦記。
https://ncode.syosetu.com/n6938mi/
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