ミドサー転生幼女は働きたくない~面倒事はお断りです~
人は死ぬ間際、これまでの人生が走馬灯のようによみがえるなんて言うが、まさか本当だったとは。
私――鳴沢愛理、三十五歳。アラフォーではないと言い張るミドサー――は、暗くパソコンだけが煌々と光るこの場所で、人生の最期を迎えようとしていた。
『鳴沢さん、これ今日中にね』
『鳴沢君になら安心して任せられるよ』
『先輩。今日彼氏とデートなので残業代わってもらえませんか』
『鳴沢にしか頼めなくって。頼むよ』
⋯⋯って、仕事ばかりじゃないか。
まさか人生の最期に思い浮かぶのが、仕事のことだけだなんて。
一人心の中で苦笑する。
新卒で入社して早十三年。
同期が一人、また一人と辞めていく中で、私一人だけが残ってしまった。
もちろん私も辞めたいとは思った。
だけど辞めた同期の仕事に、上司からの命令。そして後輩からはお願いされ。
次から次へと押し付けられる仕事。
新人教育、部署間のやり取り、クレーム対応、上司の尻拭い⋯⋯
それらをこなす日々に追われ、辞めるタイミングを見失ってしまった。
結局今日まで辞めることができず、惰性で仕事を続けているうちに、気づけば『便利屋』と、いいように使われていた。
誰かが失敗すれば私が謝罪し、誰かが休めばそのしわ寄せは私にやってくる。
後輩が辞めたりなんてすれば、どうにかならなかったのかと上司から責任を押し付けられ。
給料なんて全然増えないのに、仕事と責任だけはどんどん積み重なっていく。
そして今日。外は雪が降っていた。
たしか今シーズン一番の寒さだと誰かが言っていた気がする。
終電もなくなった深夜のオフィス。
そこで、私は机に突っ伏していた。
身体が重く、もう目も開けていられない。
(あ、これ死ぬかも)
そう思った瞬間、私の意識は暗闇へと沈んだ。
◇◇◇
次に目を覚ますと、私は赤ちゃんになっていた。
(どうなってるの?)
もしかして夢?なんて思ったりもしたが、残念ながら現実だった。
小さい手に短い足。
思いどおりに動かない手で何とか頬をつねってみたら、もっちもちのふっわふわ。
ええ、間違いなくミドサーの肌ではないですね。
結果、私はあっさりと現実を受け入れた。
ここがどこであろうと、両親と思われる人の髪と目の色がファンタジーだとしても、そんなの瑣末事。
驚きも不安もない。私はただ歓喜した。
(もう会社に行かなくていい!)
昼夜問わず電話が鳴ることはないし、至急のメールも来ない。休日出勤だってない。
最高だ。最高すぎる。
私は瞼を閉じ、心の中で誓った。
(今回の人生は絶対に、働かないん、だからぁ⋯⋯スヤァ)
こうして私の二度目の人生は、静かに幕を開けた。
◇◇◇
二度目の人生幕開けから三年。
すくすくと育ち、私は三歳になった。
「エステルお嬢様、おはようございます」
「ん。おはよ」
なんと今世の私はお嬢様だった。
エステル・ヴィンゼルート。
青銀色の髪に金色の瞳の、ヴィンゼルート公爵家唯一の姫。
自分で言うのもなんだが、私は非常に愛らしい容姿をしている。
そんな私は使用人たちから毎日チヤホヤされながら、今日も楽しく暮らしていた。
「さぁ、お顔を洗いましょう」
「はーい」
私の最近のスケジュールはこうだ。
朝起きて、朝食を取ってのんびり。
昼食のあとは昼寝(まだ三歳だもん)でぐっすり。
そしておやつを食べ、ゴロゴロしたあと夕食を食べお風呂に入って眠る。
これだ。これが私の欲しかった人生だ。
働かない。なんて最高なんだ。
「お嬢様、ミルクです」
「ありがとう」
専属侍女のミアからカップを受け取り、ミルクを飲む。
うん。幼児にはやっぱミルクだよね。染みる。
平和な日々に食べるおやつは何ものにも代えがたい。
(転生最高!)
この生活がずっと続けばいい。
――なんて、そんなことを思った矢先だった。
「大変です!」
庭でミルクタイムを楽しんでいたところに、使用人が血相を変えて飛び込んできた。
「魔力炉が暴走しました!」
魔力はこの世界のエネルギーだ。
魔力で魔法を発動し、魔道具を起動する。
前世で言うところの電力みたいなものだろうか。
気づけば屋敷も騒がしくなってきた。
でもまぁ私には関係ないと、優雅にミルクを飲む。
「お嬢様危険です。離れましょう」
「⋯⋯わかったわ」
ミアに言われ渋々カップを置く。
屋敷の中へと戻る途中、誰かの叫び声が聞こえた。
「このままじゃ爆発する!」
私は足を止めた。
「お嬢様?」
ミアが私の顔を心配そうに覗く。でも今は気にしている場合ではない。
(⋯⋯爆発したら屋敷、なくなるよね?)
魔力炉は魔力の塊だ。
それが爆発したら、いくら公爵家と言えど被害は免れない。
困る。それは非常に困る。
この最高に快適な生活がなくなってしまうなんて考えたくもない。
本音を言えば面倒だ。
というか専属の魔導士は何をしているのか。
「⋯⋯はぁ」
私は小さくため息を吐いたあと、反対方向へと歩き始めた。
「お嬢様!?」
「ミアはあぶないから、さきにもどっていて」
面倒事には関わらないと決めている。
でも私の快適ライフが脅かされるのなら話は別だ。
テコテコと魔力炉のある場所へと向かう。
「お嬢様! ここは危険です」
騎士が止めるが、私はそのまま歩き続ける。
庭園の一角にある、地下へと続く階段。
私はためらいもなくその階段を降りていく。
階段を降り終わると目の前に扉が現れた。
いつもであれば扉は閉まっているのだろう。けれど今は魔法使いや騎士が出入りするため、扉は開いたままだった。
開いた扉の奥。
そこには地下に似つかわしくないほどの、まばゆい光を放つ存在があった。
「あれか」
魔力炉本体とそれを制御する装置。そしてその二つを繋ぐ三本の線。上から緑、青、赤。
私はその線をじっと見つめる。
するとその内の一本が、異常な魔力の流れを起こしているのが視えた。
「あ」
魔力炉は壊れているわけではない。
なぜか魔力炉と装置をつなぐ配線が、一本逆になっているだけ。
ただそのせいで正常に魔力の循環ができず、魔力炉が爆発しそうになっているようだ。
(ふむ⋯⋯)
魔力炉の近くには二人の魔導士。
一人は壮年の魔導士で何度か見たことある。でももう一人の若い魔導士は初めて見る顔だ。
(⋯⋯そういうこと)
今回の原因は単純な話、新人のミス。それだけ。
この世界の新人教育は知らないが、前世のように至れり尽くせり、なんてものではないだろう。
新人が話を聞かなかったか、それとも指導係がめんどうだからと手を抜いたのか。はたまた別の理由があるのか。
(でもそんなのどうでもいい)
魔導士二人の表情を見る限り、この二人では解決できなさそうである。
それなら面倒だけど快適ライフに戻るために、ちゃちゃっと終わらせてしまおう。
「そこのあなた」
「へ? ⋯⋯お、お嬢様!?」
扉の近くにいた騎士に声をかける。
騎士は驚き目見開いているが、今は時間がない。
「あのね、まりょくろのいちばんしたにあるあかいせんをはんたいにしてつなげてほしいの」
「え? それはどういう⋯⋯」
「あとさんじゅうびょうでばくはつしちゃうからはやく」
「ばく⋯⋯っ、は、はい!」
騎士が魔力炉に向かって全力で走っていく。
途中、危ないと魔導士が騎士を止めようとしたが力では敵わない。
そして騎士は魔導士を押しのけると、私の言ったとおり赤い線を反対に繋げた。
すると、眩いばかりの光は徐々に弱まっていき、最後には淡い光を灯すだけとなった。
「止まった、のか……?」
騎士が呆然と呟く。そして次の瞬間、
――ウォォォォ!
割れんばかりの歓声が響いた。
「よ、よかったぁ!」
「助かった!」
「お前やるな!」
泣き崩れる者、安堵する者、賞賛される者。
そして、何事もなかったかのようにこの場を去ろうとする者。
(これでよし)
解決したのであればもうここにいる必要はない。
だから黙って立ち去ろうとした。
「⋯⋯エステル」
しかし人生そう簡単にはいかないらしい。
私は小さく息を吐いてから、声のする方を振り返った。
「おとうさま。どうかされましたか?」
振り向いた先。そこにいたのは私の父――レオン・ヴィンゼルートだった。
同じ金の瞳が私を見つめる。
「⋯⋯もしかして、今のはお前が直したのか?」
どうやら騎士とのやり取りを見ていたらしい。
父は驚きと困惑を足して二で割ったような表情をしている。
本当はもっと他に言いたいことや聞きたいことがあるのだろう。
でも一番重要なのは事実確認だと判断した。
だから私に事実を確認しようとしている。
⋯⋯だが、私はそれについて真実を答えるつもりはない。
「ちがいます。かれがなおしました」
そう言って先ほどの騎士を指差す。
たしかに魔力の流れを見て彼に指示はしたが、直したのは間違いなく彼だ。
「いや、だが⋯⋯」
何か言いたそうに私を見つめる父。
でも私は聞かない。
「それではさきにもどります」
今度こそ平穏な日常に戻ろう。
そう決め、この場から去ろうとした。
だが残念なことに、父はそう簡単に諦めてくれなかった。
「⋯⋯宮廷魔導士を呼ぼう」
「⋯⋯」
その一言で、私の転生ライフに暗雲が立ち込めた。
私は普通人には見えない魔力が色付きで見える。
転生特典というやつなのかもしれないが、私に言わせてみれば迷惑極まりない能力だ。
だって見えてしまうと、簡単に無視できなくなってしまうでしょ?
この能力は両親にも伝えていない。
神童だと祭り上げられたらたまったもんじゃないし、そんなことになれば間違いなく面倒事に巻き込まれる。
そして「できる」と知られれば最後。
年齢なんて関係なく、どこからともなく仕事がやってくるのだ。
それを私は前世で嫌というほど学んでいる。
「⋯⋯めんどうごとはうけつけません」
それだけ言ってその場をあとにする。
しかし、私の願いが叶うことはなかった。
なぜならこの翌日。
王宮から王国最高の宮廷魔導士が公爵家へとやってきたのである。
◇◇◇
この日、ヴィンゼルート公爵家の応接室には、普段とは違う緊張感が漂っていた。
「まさかあなたが直接来るとは⋯⋯」
父がめずらしく落ち着かない様子で呟く。
(いや、呼んだの自分でしょ)
心の中でツッコむ。もちろん口にはしない。
私たちの目の前に座るのは、白灰色の髪の男性。
全身を覆う紺色のローブの胸元には、宮廷魔導士の紋章が。
「グレイ・アドスタークと申します」
アドスターク家。
優秀な魔導士を幾人と輩出する名門。
そしてその家長であるのが、目の前の人物だ。
アドスターク家は伯爵位と階級は公爵家より劣るが、王家からの絶大な信頼を得ており、その影響力は計り知れない。
要するに油断できない相手だ。
「本日はエステル嬢の魔力確認に参りました」
宮廷魔導士とは、魔導士の中でもエリート中のエリート。
魔法技術の研究に魔道具管理、それに新たな魔法の開発。
魔法分野における最高峰の専門家集団。
それが宮廷魔導士だ。
そんなエリート集団のトップに立つ人が、いくら公爵家の要請とはいえ、たった三歳の子どもの魔力を確認しにやって来るなんて。
普通なら光栄だと喜ぶべきなのだろう。
そう、普通なら。
(嫌な予感しかしないんですが)
大人たちは何やら会話をしているが、私は父の隣で静かに座る。
中身はミドサー。だから二人の会話は理解できる。
でも理解できていることを知られたら終わりだ。
だから余計なことはせず、足をブラブラさせて静かに待つ。
「あら、エステル。静かに待てて偉いわね」
私の左隣に座る母――シャロン・ヴィンゼルートがそう言って微笑んだ。
「はい、おかあさま」
にこりと笑う。
母親に褒められて嬉しいこども。
その姿を完璧に再現してみせた。
我ながらよくできたと思う。
前世で培った愛想笑いの技術が、こんなところで役に立つなんて。
(いや、役に立つことがないにこしたことないんだけど)
しかし悲しきかな。三歳児に逃亡能力はない。
できなくもないが、そんなことをしたらもっと面倒なことになる。
「エステル嬢、よろしくお願いします」
大人同士の話が終わったようで、グレイが私に声をかけた。
地位を鼻にかけず、子どもにも丁寧な対応。⋯⋯うん、できる大人だ。
「よろしくおねがいします」
「⋯⋯驚きましたな。ずいぶんと落ち着いておられる」
グレイが驚いたように言う。
(そりゃ、三十五歳ですから)
でもそんなことは言わない。
ここは子どもらしくニコリと笑う。
「ありがとうございます」
うん。やっぱ愛想笑いのスキルは役に立つわ。
「それでは始めましょうか」
そう言うとグレイは鞄の中から透明な球体を取り出した。
「これは魔力を測定するための魔道具です。ここに手を置いて魔力を込めてください」
「わかりました」
幼児らしくゴネるのもありかもしれないが、面倒事はさっさと終わらせるに限る。
私は透明な球体にそっと手を乗せた。
(⋯⋯うーん、どうしよう)
私は悩んだ。
転生してこの方、魔力量など一度も測ったことはない。
だから今の自分がどれほどの魔力を有しているのかは不明。
この世界、誰しも大なり小なり魔力を持っているようだが、魔力が色付きで見える人間は自分以外知らない。
明らかに私という存在はイレギュラーだと思われる。
ならば私が目指すのは、公爵家にふさわしい魔力を持つ子ども。
(念のため魔力を流すのは少しだけにしてっと)
そうすれば昨日の一件は父の勘違いで終わる。
そして再び私の快適ライフが戻って――
「――え」
しかし人生はそう甘くはなかった。
置いた手から魔力を流すと、次第に球体が淡い光を帯びてくる。
これくらいでいいだろう。
そう思い球体から手を離そうとした時、ずわっと魔力が身体から抜けたのだ。
(なに、今の⋯⋯)
小さな手をグーパーして確認をする。体調に変化はない。
今のは何だったのだろう。
そんな疑問を頭に思い浮かべた時だった。
――パキッ
(パキッ?)
不意に音が鳴った。まるで何かが割れるような音。
なんだか嫌な予感がする。
私は音のした方、魔力測定器へ恐る恐る視線を向けた。
(な、何これ!?)
先ほどまで淡く光を放っていたそれは、今は強い光を放っている。
「こ、これは、まさか⋯⋯!」
グレイが驚いたように声を上げた次の瞬間、
――パキ。パキパキパキ
球体に亀裂が走り、
――パリン!
そして、割れた。
「「「⋯⋯」」」
部屋に沈黙が流れる。
みなが割れた魔力測定器を呆然と見つめる中、私はそっと視線を逸らした。
(ああ、時間が戻ってほしい)
現実逃避である。
しかしグレイが震える声で、私を現実に引き戻した。
「⋯⋯魔力量、測定不能です」
その瞬間、私は悟った。
(終わった⋯⋯)
三歳の子どもが魔力炉を直し、魔力測定器を割ったのだ。
魔力炉については言い訳できるかもしれない。でも魔力測定器については宮廷魔導士の前で起きてしまった。
言い訳なんてできやしない。
(絶対面倒事に巻き込まれる)
前世で培ってきた経験からそう断言できる。
だけど私は面倒事ごとのために馬車馬のように働きたくない。
今世の目標は働かず寿命をまっとうすること。
(⋯⋯そうだよ)
私はまだ三歳。
ここで諦めるには早すぎる。
(この生活を守ってみせる)
私はそう決意し、前世よりずいぶんと小さくなった手をギュッと握りしめた。
◇◇◇
それから数日後。
父に呼ばれ執務室へ向かうと、そこには一通の封書を前に険しい表情を浮かべた父がいた。
(あ。これ、面倒事だ)
一瞬で分かった。
いや、分かりたくはなかったが、私はこの表情を前世で嫌というほど見たことがある。
上司が『悪いんだけど⋯⋯』と言って仕事を押し付けてくる時の顔と同じだ。
「王家から手紙が届いた」
「⋯⋯」
(嫌な予感しかしない)
「エステル」
「⋯⋯はい」
「一度、城へ来るようにとのことだ」
「⋯⋯」
(行きたくない!)
心の中で絶叫する。
なんで王家なんて出てくるのか。
いや、グレイが報告したからだってことは分かってるよ?
だけど私はただ静かに、のんびり、働かないで暮らしたいだけ。
それなのにどうしてこう面倒なことになるのか。
「⋯⋯おとうさま」
「なんだ?」
「いかないというせんたくしは⋯⋯」
「ない。これは王命だ」
父は申し訳なさそうに首を横へ振った。
(のぉぉぉ!)
三歳児を呼び出すのに王命なんて使うなよ。このクソったれ!
不敬だと言われたら面倒なので口にはしないが、心の中でボロクソに文句を言っておく。
「⋯⋯」
私は窓の外を見た。
雲ひとつない快晴。空は私の心とは反対にどこまでも眩しく、青い。
(逃げたい)
ああ、今すぐどこか遠くに行きたい。
しかしそれは叶わぬ願い。
「エステル」
「⋯⋯」
「城へ行こう」
「⋯⋯わかりました」
私は肩を落とし、小さくため息をついた。
こっちからは絶対に近寄らないのに、どうして面倒事の方から近寄ってくるのか。
(面倒事はお断りです⋯⋯)
カムバック、平穏な生活。
心の底からそう思った。




