代理王に捧げる弓弦の音
アンドレアスはアルジッラ王国の代理王である。
王家の傍系でありながら、玉座にあった男に良く似た風貌であることから選ばれた。
アルジッラ王国では古くからの習慣として、ときの王に凶兆が見られたときに王の身代わりを立てる。
王の身代わりに選ばれた者は、王が身に着ける衣装を身にまとい、王の玉座に座り、王のテーブルで食事をし、王の寝室で眠る。
家臣団はその人物が王ではなく「代理王」であると知っていても、本物の王に仕えるがごとく仕える。
茶番は代理王に予見された凶事が降りかかるまで続く。
この期間、王国の者たちはいかなる場面でも決して王が「代理」だと口にすることはない。
欺く相手は他ならぬ神なのだから。
やがて滞りなく代理王が災いを被ったと判断されると、その者は役目を終え本物の王が玉座に舞い戻る。
治世をゆるがす凶事をみごとかわしたアルジッラ王は、王国を千年の繁栄に導くべく引き続き辣腕を振るうのだ――
* * *
「暇そうな顔をしている」
代理王アンドレアスにそう言われて、玉座の横であくびを噛み殺していた弓兵ルクレツィアは前を向いたまま応える。
「こういう顔です」
「王に口答えをするか」
すぐさま言い返されて、ルクレツィアは文句を言われない程度に顔を引き締めた。そのついでに、他の者には聞こえない声で言い返すのは忘れない。
「あなたは、ずいぶんと王であることが様になってきたようで何よりです」
王冠をのせた焦げ茶色の髪。浅く日焼けした肌。眼光の鋭い瞳は灰色。
つい三ヶ月前まで玉座にあった男に生まれた年月が近く、背格好が似ていることから「代理王」に選ばれたアンドレアスは、実によく擬態していた。
年の頃は四十歳手前。男盛りというのだろう。
(少し無精ひげが伸びている? このひとに言わせると、エロい男は毛が伸びるのが早いとかなんとか。あれはおそらく下ネタの類だな。特に面白くもない)
アンドレアスなりに、権力者の真似事をしているつもりなのだ。その年頃で相応の権力を持っている男は、艶めいた冗談を言って女性を笑わせるものだという強い思い込みを持っている。いかんせん、どうにもこうにも軽口にセンスがない。
それに、ルクレツィアの知る限り、最近まで玉座にあった男は何の足しにもならない冗談など言わなかった。
彼にとってはただの暇つぶし以上の意味も持たぬであろう他愛なさで、なんの言い訳も口説き文句もなく初めての少女も夫のいる女性も無造作に寝所に引きずり込んでいた。
彼にとっての他人は自分を楽しませる為のものであり、自分が他人を笑わせたり楽しませたりするといったことなど初めから考えてもいない男だったのだ。
「様になっている、か。褒めてくれてどうも。そのうちに、誰も彼もがここに座っているのが正統なる王ではないことなんて忘れちまうんじゃねえか」
ふん、とアンドレアスは片目を細め唇の端を吊り上げて笑った。
アンドレアスは現在のところ、玉座にある時間は堂々たる「王」として振る舞っている。御前会議でも民との謁見においても、受け答えに不足がない。
むしろ、と家臣たちが考えているのがルクレツィアには手に取るようにわかる。
(代理王に災厄が降りかかるまで安全な場所に身を隠した男よりも、アンドレアスは人気を集め始めている。問題があるとすれば、あの男よりも聡いことくらいか)
たとえどれほどアンドレアスが「うまくやった」としても「より自分に便宜を図ってくれる」王の帰還を望む者もいる。さらに言えば、怠惰であっても愚鈍ではなかった男は、その事態を見越して忠実な連絡役を何人も王宮に飼っているはずだ。
万が一にでも、裏切り行為が横行しないように。
「滅多なことを言わないでください。そこに座っているのは我らが王ですよ。あなたに災いが降りかかる日まで、我々はバカ丁寧にあなたを護衛します」
「『王であることが様になってきた』って、すれすれのことを言ったのはお前だぞ」
「言いましたっけ?」
とぼけて言い返すと、ルクレツィアとは対になる位置で同じく代理王の警護にあたっていた槍兵、黒髪の青年ロベルトから睨みつけられる。〝いい加減にしろ〟と青い目が言っていた。
予定の謁見を終えた後、アンドレアスは「よしっ。じゃあ、今日はここまで」と気安い調子で言って玉座から立ち上がる。
それから、アルジッラ王国の伝統である「王の両側を護衛する弓兵と槍兵」のルクレツィアとロベルトに視線をくれて、にやりと笑った。
「お役目ご苦労さん。さて今晩の食事は何かな。王宮はメシが美味くて何よりだ」
* * *
王に降り注ぐ災いとは何か?
神殿で神託を受ける巫覡の見解はいまのところ、分かれて統一されていない。神託は一つで解釈するのは人間だから、分かれるとすれば人間側の問題である。
「神託は『裏切りにあう』『天罰がくだる』『下剋上される』と表現は様々だが、一致しているのはほぼ確実に命を落とすであろうってことだ。いまのところ、俺はそういった気配は感じていないがな」
銀杯に注がれた葡萄ジュースを飲み干し、アンドレアスは実に楽しげに自分の運命を笑い飛ばす。
同じテーブルにつくことが許されているルクレツィアは、分厚く切られたステーキをナイフで切り分けて口に運んで咀嚼し飲み込んでから、じろっとアンドレアスを見た。
「王たる演技に欠けているものがあるんですよ。あなたは早寝早起き、腹八分、簡素清貧であまりにも慎ましく整った生活をしすぎている。その生き方では、いままさにアルジッラ王へ天罰をくだそうとしていた神を欺くことはできないでしょう。あきらかに別人ですから」
テーブルにつけと言われても「身分が違いますので」と拒絶するロベルトは、いまもアンドレアスの背後に控えていたものの、ルクレツィアに呆れたような視線を投げかけてきていた。その目は〝お前は口が過ぎる〟と言っているようだ。
「ははは、いままで辺境暮らしで培った生活はなかなか変えられなくてな」
アンドレアスの顔には、緊張感というものが欠けている。ルクレツィアは、どれほどつっかかっても呵々大笑するアンドレアスを睨みつけて、固い声で告げた。
「変えなくてはいけません。このまま災いが降りかからず玉座に座り続ければ、いずれ痺れを切らしたあの男が舞い戻ってきます。『そこは自分の座る場所だ』と辺り構わず皆の前で大騒ぎを始めるのが目に浮かびます」
言うなり、ルクレツィアは側に控えていた侍女に「酒を持ってくるように」と命じた。葡萄酒の瓶を持ってきたのを見ると、立ち上がって「私が注ぐ」と受け取る。
「酒は控えている。役目が終わったら、浴びるほど飲むつもりだ」
アンドレアスは銀杯の上に手をかざし、ルクレツィアの酌を遮った。ルクレツィアはアンドレアスを睨みつけ、断固として主張する。
「役目が終わる日を望むなんて覚悟が足りない。いま、阿呆のように飲んでください。そして一晩のうちに乱痴気騒ぎを起こすまでがセットです。私が思うに、あなたは現在のところ昼間はともかくとして夜の部をうまく演じきれていない。『足りていない』のです。お役目なのですからつつがなく果たすように」
銀杯をふさぐようにのせられたアンドレアスの手に構わず、ルクレツィアは葡萄酒をダバダバダバッと無造作に注ぐ。暗い血赤の葡萄酒はアンドレアスの節くれだった手を染めた。アンドレアスは諦めたように濡れた手を引っ込め、銀杯は葡萄酒で満たされた。
ルクレツィアは杯の脚部を手にして持ち上げ、アンドレアスの口元へと突き出す。
「飲んでください」
「……わかった。一杯だけな」
人払いをしていたために、ルクレツィアの暴挙を止める者がいない。ロベルトは何か言いたそうにしているものの、飲み込んでいた。
「一杯じゃだめです。酔っ払って、わけわからなくなって、目についた女の人をベッドに引きずり込むところまでがあの男らしい所業なんです。そこまでしないことには――」
「ルクレツィア」
ひとくち飲んだらすかさず注ごうとするかのように、瓶を持ったまま横に立つルクレツィアの手首を、アンドレアスの手が掴んだ。
「いま一番近くにいる女性はお前だ。ベッドに引きずり込まれたいのか?」
灰色の瞳に問いかけられて、ルクレツィアはゆっくりと瞬きをした。
「目についたのが私であるのなら、どうぞご自由に。あなたの立場はそれを可能にします」
「心にもないことを言っているんだろう。目にも言葉にも感情が無いぞ。そんな女抱けるか」
聞こえないように舌打ちをしたというのに、アンドレアスは「聞こえているぞ」と言ってくる。
ルクレツィアは目を逸らして、聞こえよがしな溜め息をついた。
「あなたは私をまるでつまらない女のように言いますが、私だってあなたのことをそう思っています。つまらないオッサンだと」
「おまえ、少しは遠慮しろ」
「遠慮?」
煽るように言い返してから、ルクレツィアは手酌で自分の杯にも葡萄酒を注ぎ、腰に手を当ててひといきに飲み干す。「おぉ~……」と間抜けな感嘆の声を上げているアンドレアスに構わず、杯をテーブルに戻して言った。
「あなたが来るまで、この王宮は『陰惨』を極めていたんですよ。いいですか、陰惨ですよ。それなのに、あなたには陰も惨も足りていない! 本当に代理王をやる気があるのかって話ですよ!」
「よ、酔ってやがる」
引き気味にアンドレアスが言うと、ロベルトが「ルクレツィアはまだまだこれからですよ」と呟いた。
ルクレツィアは男たちの反応に構わず、さらに手酌で葡萄酒を注ごうとする。
見かねたようにロベルトが手を伸ばして瓶を奪い取り、上品な量を注いだ。「足りない」とルクレツィアがむくれると、ロベルトは「飲んでから言え」と低い声で応じる。
杯を思い切りよく傾け、またもや一息に飲み干してからルクレツィアはアンドレアスを見た。
頬を赤らめ、唇を震わせ、酒精に負けた顔をさらしながら、ルクレツィアはわめいた。
「あなたのおかげで、王宮は妙に明るい。これは光の加減の話ではなく人々の表情の話です。わかりますか? 空気が全然違うんです。毎日王宮のそこかしこから笑い声まで聞こえてくる。それもこれも全部、あなたがあまりにもあの男と違うから……!」
「お、おう」
アンドレアスは目を瞬きながら相槌を打ち、ロベルトが沈痛な面持ちをする。ルクレツィアは止まらない。
「これが! 飲まずにはいられますか! 私はいまが楽しいんです! めちゃくちゃ楽しいんです! でも、この平和な日々は終わりが約束されている。終わりの日に向かって、私たちは生きている……」
以降もルクレツィアは管を巻き続け、やがてテーブルに突っ伏して健やかな寝息を立て始めた。
その頃には、ロベルトもアンドレアスに「お前もいつまで仕事をしているんだ」と叱られて追加で運ばれてきた肉やスープで腹ごしらえをしていたが、ルクレツィアが起きる気配がないのを見ると立ち上がった。
「お騒がせしました。これは引き取ります」
当然のようにルクレツィアを抱え上げたロベルトに、アンドレアスは「待て」と声をかける。
「俺の寝所に運び込んでおけ」
無言のまま、ロベルトは片方の眉を跳ね上げた。
アンドレアスはにやりとした笑みを浮かべて目を輝かせた。
「そいつは、あれだけ俺に『代理王の務め』を果たしていないと騒いでいたくせに、いざこの城の女性に手を出そうものなら烈火のごとく怒るんだろう。『それが必要なら他人に迷惑をかけず、自分にしておいて欲しかった』と」
「陛下は、これを抱くつもりですか」
ロベルトの青い瞳に剣呑な光が宿ったのを見て、アンドレアスは「あっはっは」と声をあげて笑い、膝を打った。
「そんなガキに手を出すわけがない。俺はソファにでも寝るよ。心配しなくても……そうだ、気になるならお前も同じ部屋で休むか。王の両脇を固める護衛はいついかなるときも一緒にいるべきだとか、理屈はどうにでもなる。まあ、ルクレツィアに関しては『男二人と寝所をともにした』と、尾ひれ背びれついた噂が流れるかもしれないが」
アンドレアスは、両手を合わせて魚が泳ぐように腕をくねらせた。尾ひれ背びれを現しているらしい。
ルクレツィアを抱えたまま考え込む顔になったロベルトは、ふっと息を吐き出してから「ぜひご一緒させてください」と言った。
二人は王の寝室へと引き上げると、ルクレツィアを寝台へと寝かせ、浴びるように酒を酌み交わした。
「幼馴染なんだっけ?」
アンドレアスの問いかけに「そうです」と答えたロベルトは、無礼講の空気の中ついうっかりといった様子で呟いた。
「ポッと出のオッサンには渡してやれないんですよね」
正直過ぎる若者の一言に、アンドレアスは「ポッと出のオッサン……! お前ら本当に遠慮がない! 俺だっていきなりこんなところに連れてこられてびっくりしてるってのに」と、怒るどころかひっくり返る勢いで笑い転げた。
* * *
アンドレアスが玉座に座り始めてさらに一月が過ぎた。
まさに誰もが、そこにいる彼が本当の王であればとの思いを強くした頃、事件が起きた。
「ずっとこのままでいられたらいいのに」
洗濯メイドのひとりが仕事中にそう言い、その場にいた者たちが同意した。これを聞きつけた者がいて、聞かせるべきではない相手が知った。玉座に返り咲く日を待っていた男である。すぐさまその男は、手勢を率いて王宮へと帰還した。
「神をも恐れぬことを言った女がいるらしい。身代わりを立てていることは、会話にするどころか意識にのぼらせるのもいけないとわかっていないようだな」
アンドレアスと背格好の似たその男は、手下の者に命じて洗濯メイドを中庭で吊るし上げて的とした。
泣き叫ぶメイドをにやにやと見ながら、男は自ら弓に矢をつがえる。
ああそうだ。その男が玉座にあった頃、王宮には常にそういった陰惨な闇がわだかまっていた。
顔を上げて笑い合うことなどなく、王宮で働く者は皆青ざめた顔で俯いて歩いていた。
その男が玉座にいることを意識にのぼらせ、不満でも口にしようものなら命が無いばかりか、気分次第で一族郎党追い詰められることを知っていたからだ。
忘れていたのだ。アンドレアスがあまりにも朗らかで、器が大きく、光そのもののように振る舞っているから。
「相変わらず、あの男は馬鹿なことを!」
息を切らせて謁見の間にたどり着いた兵士から事の次第を聞いて、ルクレツィアは真っ先に走り出した。
アーチ型に素通しになった回廊の腰高の手すりに片足をかけ、弓を構え矢をつがえる。
風を切る音。
いままさに王宮の中庭で、悪趣味な見世物よろしくメイドに狙い定めて放たれた矢を、ルクレツィアの矢が射抜いて弾き飛ばした。
王宮に乗り込んできた男とその手勢の視線が集中する中で、ルクレツィアが大音声で叫ぶ。
「侵入者よ。なぜそのような狼藉が許されると思った!」
昼の日差しの中、男は肩をすくめてへらっと笑う。光の加減で一瞬目元が影になり、ただ笑った口元だけが見えた。
ルクレツィアは目を怒らせて男を睨みすえる。
「排除する」
「待て。次はお前が的にされる」
追いついてきたロベルトがルクレツィアの肩に手を置き、強く押し留める。「邪魔をするな」と反射的に噛みついたルクレツィアに目もくれず、中庭へと視線を向けて短く告げた。
「俺が行く」
そのまま、ルクレツィアを後方へと突き飛ばし、手すりをこえて庭へと降り立った。
不意をつかれたルクレツィアはそのままであれば倒れたであろうが、背後に立っていた体格の良い人物に受け止められて倒れずに済んだ。
アンドレアスである。
ルクレツィアは振り返らず、ただ「止めないでください」とだけ言い置き、手すりに足をかけて中庭へと下りて弓を構える。
しかし、ロベルトが弓兵に狙われているのを見て走り出しながら叫んだ。
「代理王よ、王家の血を継ぎし真の王たる私はここにいる! この機会に殺してしまったほうが良いのではないか?」
挑発に対し、反応したのは弓を手にした男である。自分がやる、他の者は手を出すなと合図をしながらルクレツィアに狙いを定める。
(射たれた矢を射落とすくらい、容易い)
ルクレツィアも素早く矢をつがえる。放たれた瞬間に射つつもりであった。
男はいまにも射るようにみせかけたまま、突如としてさきほど的にしたメイドの方へと体の向きを変えた。ルクレツィアは考える間もなく、矢が放たれたときの軌道を予測して矢を放つ。
しかし、男は射たなかった。
してやったりという笑みを浮かべて、ルクレツィアにもう一度狙いを定めてくると矢を放った。
(間に合わない!)
ルクレツィアの矢がメイドを嬲り殺そうとした彼の目論見を砕いたように、今度は彼の矢がルクレツィアの命を砕く。
その矢は、背後から放たれた矢によって砕かれた。
そこで勢いが止まらず、矢はさらに飛んで男の胸を貫いた。
誰もが息を止めていた。
音の絶えた空間で男を射殺したアンドレアスだけが動き、ルクレツィアの前で膝をつく。
「たかだか代理王の身でありながら、その本分を忘れて自らを王と信じた僭王はこれにて命を落としました。この後は正統なる王が玉座に座られることでしょう」
顔を上げて「あなたが」と言い添える。
かつてルクレツィアの父であるアルジッラ王は災いを予見され、身代わりの代理王を立てて姿を隠した。その隠遁先で災いにあって命を落とした。
その事実を何らかの手段によって正確に「知って」いた代理王は、そのまま玉座に居座った。
災いは代理王が被るべきものであり、真の王が代理王より先に不慮の死を遂げるなどありえない。
そもそも玉座に「王らしき」人物がいて息災である以上、王宮の者たちは神を欺くための演技を続けざるを得ず、王の死は一般に知らされることはなかった。
これにより、アルジッラ王国には僭王が立った。
僭王はいつしか自分が「代理王」であることを忘れた。やがて神殿から「代理王を立てるべきという神託があった」と告げられると、代々のアルジッラ王の習慣を踏襲して自分に背格好の似たアンドレアスを代理王としたのであった。
男の死により、あっという間に「僭王の代理王」の地位を下りて臣下として膝を折ったアンドレアスを見下ろし、ルクレツィアは軽く頷いた。
「『代理王』が王の身代わりとなって災いにより命を落とす瞬間を、この場の誰もが見届けた。早速、我が国全土並びに周辺諸国に『先王』の死を通達し、正統な王が立つべきだろう」
思わずのように、アンドレアスはにやりと笑う。
その顔をじっと見つめて、ルクレツィアはさらに言った。
「いまだから言うけど、あなたは私の父にはあまり似ていない。あの男にももちろん似ていない」
「はいはい。なにしろ俺は、ただのオッサンだからな。無事に役目が終わってほっとしている。これからは田舎に帰ってのんびり暮らすさ」
口の端を吊り上げて笑いながら、首をめぐらせる。
視線の先では、ロベルトが僭王の連れ込んだ手勢を容赦なく絶命させていた。他の兵士も加勢に入っていたものの、手柄はほとんどロベルトひとりのものであるようであった。
アンドレアスの視線を追ってルクレツィアもその様子を確認し、目を細めて呟いた。
「足りないんだ」
「は?」
平淡な声であったが、そこに不穏なものを感じ取ったアンドレアスはさっと立ち上がって退去しようとする。それを見越していたルクレツィアは、アンドレアスの目を見てはっきりと言った。
「アルジッラ王の両脇には常に槍兵と弓兵がいる。私が王位に就くと、腕の良い弓兵がひとり減る。あなたはずいぶん弓が得意のようだな」
「まぐれだ。さっきのは……たまたまだ」
僭王を射抜いたのは「腕」ではなく「偶然」だと言い逃れをしつつ、本格的に立ち去ろうとする。
ルクレツィアはそれを許す気はない。
にこりと笑って「だめだ」と引き止める。
「あなたの愚かないたずらのおかげで、私は寝所に男二人を侍らせる女傑と評判らしい。責任をとるように。この先どこへもいかずに、ロベルトともども私のそばにいるんだ」
「あの若者はともかく、俺はオッサンなんで先に死にますよ」
「私は次の千年に向けてアルジッラ王国を繁栄に導く責務がある。あなたは百歳まで生きろ。命令だ」
とんでもなく横暴なことを言ってから、ルクレツィアは報告に戻ってきたロベルトと合流し言葉をかわす。
光を浴びているその背を見つめ、アンドレアスは吐息し、晴れ渡った青空を眩しそうに仰いだ。
※最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました!




