敵国の第四王子と恋に墜ちる ~お花畑と呼ばれた王女と帝国の死神~
月明かりの下、夥しい数の死体が積み重なっている。
血の池に立っているのは死神のように恐ろしく、そして美しい黒髪の男。金の瞳は冷たく、見る者すべてを凍てつかせた。
事実、戦場で彼と戦い、生きている者はいない。
ガルレオン帝国第四王子、ガーラン・ディルマ・ガルレオンである。
この戦場で生存者は彼の他にもう一人だけ。
亜麻色の髪の少女であった。純白のドレスは血に染まり、腰が抜けたように地面に座り込んでいる。
彼女こそ、聖アルヴァレスト王国の第一王女ロナ・アイシス・アルヴァレストだ。
二人の祖国は戦争をしていた。
「……すまない。またドレスを汚した……」
悲しそうに彼は言った。
「……ガーラン、どうして……?」
呆然としながらも、ロナは尋ねた。
「……どうして、助けてくれたの……?」
「あなたを守りたいと思った」
「私は、あなたの敵なのに……あなたは祖国の兵を、こんなにも……こんな……」
周囲の死体の殆どが、ガルレオン帝国兵のものだ。ガルレオン帝国は、世界各国に侵略戦争を仕掛けている。
今回、標的になったのは聖アルヴァレスト王国である。最前線の拠点を守っていた第一王女ロナは帝国兵に蹂躙される直前だった。
ガーランは彼女を守るために、同胞を全員殺したのだ。
「なぜ、泣いている? 俺が恐ろしいか?」
ロナの瞳からポロポロとこぼれ落ちる涙を、ガーランはそっと指先で拭う。
彼女は、小さく首を横に振った。
「……あなたが泣けないから……」
ぽつり、と呟くようにロナは言う。
「本当は泣きたいのに泣けないから、私は代わりに泣いているの」
ガーランは目を丸くする。
それは彼と過ごした七日の間に誓ったことだった。正体を隠し、護衛としてガーランはロナに近づいた。彼女を暗殺するためだ。だが、殺さなかった。殺せなかったのだ。二人は恋に墜ちてしまった。
「ロナ」
彼女の細い体をガーランは優しく抱き寄せた。
「……だめ……」
心とは裏腹に、理性からこぼれ落ちるのは拒絶の言葉。けれども、それは彼を止めることはできず、ロナはガーランに強く抱きしめられた。
「……あなたはガルレオン帝国を裏切れない……私も、祖国を愛してる……だから……」
「だから、俺に殺されようと思ったのか?」
今度はロナが目を丸くした。
彼の言う通りだった。
ガルレオン帝国と聖アルヴァレスト王国は戦争になった。攻めてくるのは、死神と呼ばれる第四王子が率いるガルレオンの死兵団。
お互いの立場は覆りようがない。彼も、彼女も、逃げ出すことはできない。
だから、せめて愛する者の手で。
それが、彼女が下した決断だった。
「ごめんなさい……でも、ガルレオン帝国は私の国より遙かに強い……戦争に負ければ、王族は皆殺しになる……それなら、せめて、あなたに……」
「あなたは死なない」
力強くガーランは言った。
「俺が守る。何千、何万の帝国兵の命を奪うことになろうと、俺が死なせない」
耳元で囁くように、彼は言った。
「あなたを愛しているから。ロナ」
ロナはそっと指先を伸ばし、ガーランの頬に触れた。
「私……」
理性が崩れ落ちるように、言葉がこぼれた。
「……私、地獄に墜ちてもいいわ……あなたと一緒なら……」
「美しいあなたに誓おう。俺はあなたを守り続ける。あなたがここにいる限り、決してこのアイシス城が落ちることはない」
鮮やかな月明かりが、不実な真実を照らし出す。
真っ赤に染まった同胞たちの血の池に、ゆらゆらと反射する二人の影は、決して許されることのない誓いのキスを交わしたのだった。
◇
聖アルヴァレスト王国の辺境に建設されたアイシス城。
1年前、ガルレオン帝国最強の死兵団に侵攻されたが、アイシス城は犠牲を出しながらも持ちこたえ、城主である第一王女ロナを守り切った。
以来、ガルレオン帝国の侵攻を幾度となく防いでいる。今では加護のアイシス城と呼ばれ、城下町も大きくなった。
その加護は第一王女ロナがもたらした、と噂する者も幾人かいた。最前線に赴いた彼女が、返り血でドレスを真っ赤に染めながらも無傷だったからだろう。
件のロナはといえば、街外れのお花畑で日向ぼっこを楽しんでいた。
(あー、ねむたーい。このまま、午後のお勉強はサボっちゃおうかなぁ)
日差しを浴びながら、ロナが微睡んでいると、顔に熱い液体がかけられた。
「熱っ!!!!」
ロナは驚いて飛び起きる。
「あら、ごめんなさい。蟻かなにかだと思ったわ」
目の前にいたのは、紅茶のカップを手にした令嬢――聖アルヴァレスト王国第二王女、ラミアだった。
ロナの腹違いの妹だ。
ロナは側室の子で、ラミアは正妻の子である。
「ラミア……人にいきなり紅茶をかけちゃだめでしょ」
「だから、蟻だと思ったんだって。面の皮が厚くてよかったわねぇ、ロナ」
いやらしい笑みを覗かせ、ラミアは嫌味を言う。
しかし――
「まあ、大変っ! 人が蟻に見えるなんて、ご病気かしらっ!? 見せて、見せて!!!!」
ガシッとロナはラミアの目の周りをつかむ。
「痛、痛いっ、痛っ痛、痛痛痛、痛い、痛いわよっ!!」
目を指で強引に開いて、注視しようとするロナを彼女はなんとか振り払う。
「痛いってことは、けっこう重傷ね。早くお医者様に……!」
「あんたが強引に目ぇ、かっ開いたからでしょうがっ!!!」
「ラミア。その言葉遣いだめよ。王族らしくなさい」
ロナが毅然と窘める。
「……誰のせいで……! ほんっとにぃ、いつもいつもっ!!」
ぎりぎり、とラミアは歯軋りをする。
彼女は側室の子のロナが第一王女であることが気に入らず、こうしていつも嫌味を言ってくるのだが、大抵、ロナには効果がなかった。
彼女は少し天然だ。
「あんたって本当に頭お花畑よねっ。戦争じゃ、まったく役に立たないんだから、今のご時世、本当に無能だってみんな言ってるわよ!!」
「そんなことないわ。加護のアイシス城って呼ばれるぐらい、帝国の侵略からしっかり守ってるでしょ」
「だから、あんたはなにもしてないでしょっ!!」
「してるわ」
予想外の返事だったか、一瞬、ラミアは返事に詰まる。
「な、なにをしてるのよ?」
ロナは帝国最強の騎士ガーランを味方につけた。とはいえ、それを打ち明けるわけにはいかない。
「秘密。大切なことはそっと胸にしまっておくの」
嬉しそうな笑みを浮かべるロナを見て、ギリッとラミアは奥歯を噛んだ。
「なにもせずに調子に乗ってられるのも今の内よ。お花畑のあなたでも、役に立つ方法を考えてきたんだから」
「なあに?」
「結婚よ、結婚! 隣国のヴァンシーヴォの王がね、あんたのことを気に入ったのよ。結婚して同盟を結べば、ヴァンシーヴォの騎馬隊でガルレオン帝国を一気に攻められる。守ってるだけじゃなくてね」
ロナは寝耳に水だった。
「ヴァンシーヴォ王って、確か……」
「そう、七〇歳のお爺ちゃん。あんたにはピッタリでしょ。ちょおっと変わった趣味があって、奥さんが二十人ぐらい死んでるけどねぇ。それでまた代わりが必要になったってわけ!」
ラミアは露悪的な笑みを浮かべる。
「……だめ。わたし、行けないわ……」
「なに? 怖じ気づいたの? 祖国のために、あんたは戦えないって言うの?」
優越感に浸った顔で、ラミアは言う。
「祖国のためになるのなら、私はなんでもするわ。でも、わたしがアイシス城から離れたら、加護がなくなる。聖アルヴァレスト王国が滅びるわ」
「あははっ、必死になっちゃって、いい気味ね! でも、この結婚を提案したのはわたしだけど、認めたのはお父様よ」
「それじゃ、すぐに帰ってお父様と話しを――」
「その必要はない」
野太い声が響く。
やってきたのは純白の鎧と王冠を身につけた威厳漂う王だ。ロナたちの父、聖アルヴァレスト王バルトフだった。
「ロナ。お前のわがままは幾度となく聞いてやったが、この縁談だけは呑んでもらう。ヴァンシーヴォの騎馬隊があれば、ガルレオン帝国の領土を逆に奪える。守るだけの戦いは終わり、奴らを根絶やしにできるのだ!」
「無理よ、お父様! ヴァンシーヴォの騎馬隊と聖アルヴァレストの軍隊を合わせても、ガルレオン帝国には絶対に勝てない。守っているから加護があるの。攻めれば、ガルレオン死兵団が出てくるわ」
「ふん! なにが死兵団だ。アイシス城だけで守りきれる以上、名前倒れもいいところではないか。出発は明日だ、ロナ。ヴァンシーヴォ王にはお前の命だけは奪わぬように頼んだ。これがせめてもの親心だ。わかったら、ラミアを見習って一度ぐらいは国の役に立て!」
そう言い捨てて、バルトフは去って行ってしまった。
◇
ロナはどうにか父を取りなそうと説得を試みたが、彼女の話には一切耳を傾けてもらえず、予定通りヴァンシーヴォ行きの馬車に乗ることになってしまった。
長く続いた戦争をこれで打開できると父バルトフは満足げで、妹のラミアにいたってはほくそ笑んでいた。
ロナがヴァンシーヴォ国に到着する頃、盟約に従い、ヴァンシーヴォ騎馬隊がアイシス城に入った。
バルトフとともに来ていたセシウス聖騎隊と合流し、帝国領のグローデウス城に向かった。
奇襲を仕掛けるのだ。ガルレオン帝国はアイシス城には自分たちを攻めるだけの戦力が備わっておらず、防衛で手一杯だと思っている。迅速に行動を起こし、一気に叩き潰す。それがバルトフの策だったのだ。
しかし、このアイシス城での出来事はガルレオン帝国のスパイを通じて、死兵団の死神と呼ばれる男、第四王子ガーランに知られてしまっていた。
「死兵団、出るぞ。帝国の城を落とせるなどと考えた愚か者どもに、戦場の恐怖を教えてやれ」
奇襲を仕掛けようと布陣していたヴァンシーヴォ騎馬隊、セシウス聖騎隊に、ガーランは逆に奇襲を仕掛けた。
「て、敵襲っ! 敵襲っ! ヴァンシーヴォ騎馬隊、セシウス聖騎隊ともに、攻撃を受けています!」
「ば、馬鹿なっ! 敵襲だとっ! どこからだっ!?」
「帝国領、ガルレオンの死兵団ですっ!」
「なんということだ……! 我々の作戦が見抜かれていたというのかっ!」
聖騎隊を率いる聖騎士セシウスは、部隊を立て直そうと必死で応戦する。
だが、精鋭揃いの兵が瞬く間に死体に変わっていく。
「な、んだ……あれは……? あれが……帝国の死神だというのか……!?」
血に染まった真っ赤な剣を振り回し、瞬く間に騎士たちの命を奪っていく。
美しくも、恐ろしい、その姿は、まさに死神だった。
死に誘われるように、セシウス聖騎隊の防衛網は敗れ、一騎打ちとばかりに挑んだ聖騎士セシウスの首が刎ねられた。
それで大勢は決した。
指揮官を失ったヴァンシーヴォ騎馬隊、セシウス聖騎隊ともに、最早戦う力は残っていなかった。
◇
「ぜ、全滅だとっ!? ヴァンシーヴォ騎馬隊のみならず、我が王国の精鋭、セシウス聖騎隊も全滅したというのかっ!?」
アイシス城。玉座の間。
聖アルヴァレスト王バルトフが、奇襲の顛末を報告されたところであった。
「アイシス城の戦力で守りきれるのに、なぜ全滅など……なにかの間違いではないのかっ……!?」
バルトフが何度問い質そうとも、全滅の結果が変わるはずもない。
「加護じゃ……やはり、加護だったのじゃ……」
アイシス城の宰相の一人、老年のモルが言った。
「ロナ様こそが、このアイシス城をお守りくださっていたのじゃ。そうとしか考えられん。ロナ様を隣国に嫁がせてしまった今、このアイシス城は……」
「ふざけたことを抜かすなっ! 聖アルヴァレスト王たる俺の考えが間違っていたとでも言うつもりかっ!?」
バルトフが威圧すると、モルは口を噤む。
「少なくとも、死兵団がいる帝国の城を攻め落とせると考えたのは完全な間違いだ」
どこからともなく声が響く。
バルトフは立ち上がり、周囲を警戒した。
声の主はどこにもいない。バルトフははっとして頭上を見上げた。
天上から飛び降りてきたのは、ガルレオン帝国第四王子ガーランだ。
「おのれ……! 帝国の死神がぁ……!!」
剣を抜いたバルトフ。しかし、それよりも早くガーランの拳を受け、一瞬にして崩れ落ちたのだった。
◇
馬車で移送されたロナはヴァンシーヴォ国王都に入り、目的地であるディバルト城に到着した。
玉座の間に通されると、そこに座っていたのが老王ギュネイ・ディバルト・ヴァンシーヴォである。
「よくぞ参った。我が妃よ」
しわがれた声でギュネイが言う。
ぶよぶよとした肥満体型だ。髪は白く、髭を整えている。舐めるようなねっとりとした視線が、ロナに注がれていた。
「お久しぶりでございます、ギュネイ様。聖アルヴァレスト王国、第一王女ロナ・アイシス・アルヴァレストです。本日はお呼び立てくださいまして、ありがとうございます」
「余計な口上はよい。腹を割って話そうではないか。今日から、儂とお前は運命をともにし、愛を囁き合うのじゃからのう」
「それでは、此度の婚儀のお話しですが」
ロナは堂々と言った。
「お断りいたします」
一瞬、ギュネイは殺気を込めた視線を放つ。
だが、すぐに取り繕うように笑ってみせた。
「王女よ。すでに話はついておる。ヴァンシーヴォ騎馬隊も派遣した。今更、断ればお前の国の評判がどうなるか、わかっているだろう?」
「構いません。騎馬隊もすぐに引いてください。皆殺しにされる前に」
「な……」
驚いたようにギュネイは目を丸くする。
くくく、と彼は声を出して笑った。
「そんな嫌か、ロナ王女。好いた男に操でも立てておるのか? じゃがのう、お前はすでに儂のものじゃ」
パチン、とギュネイが指を鳴らす。
すると、玉座の後ろにあった幕が落とされる。そこに鎮座していたのは、女性の剥製の数々だった。
全部で二三体ある。
思わず、ロナは目を見開いた。
「人間の……剥製……?」
「儂の昔の妃じゃ。美しい、最も美しい時期に時間を止めた。これで永遠に彼女たちは儂のものじゃ。のう、ロナ王女」
ギュネイがねっとりとした視線を向けてくる。
「お前の父との約束で、お前だけはこうするつもりはなかった。じゃがのう、お前が約束を守らぬというのであれば、儂も約束を守る必要がなくなってしまう。そんなことは望むまい? ん?」
くくく、と笑声をこぼし、ギュネイは言った。
「もう一度、問おう。ロナ王女。お前は儂のものだな? 儂を愛しておるな?」
じっとギュネイはロナを見つめてくる。
彼女は言った。
「いいえ。ギュネイ王。私には心に決めた御方がいます。誠に申し訳ございませんが、この結婚は破談とさせていただきたく存じます」
みるみるギュネイの表情が変貌していく。その瞳に憤怒が満ちていくのがはっきりとわかった。
「まあよい。お前の悲鳴を聞くのも、それはそれで楽しめそうじゃっ!!」
ゆっくりと立ち上がり、ギュネイは鞭を手にする。
ロナは目を閉じて、身構えた。
ギュネイは思いきり、鞭を振り下ろす。
「泣き叫べっ――ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
叫んだのは無理を振るった方のギュネイである。
ロナが目を開く。
「……ガーラン……」
彼女を庇うように立っていたのは、剣を抜いたガーランだ。
鞭は切り落とされ、ギュネイの体も斬り刻まれている。
「き、貴様は……帝国の死神……! なぜ、今頃は我がヴァンシーヴォの騎馬隊に……」
「お前の軍は全滅だ」
「ありえんっ! ええい、衛兵っ! なにをしているっ!? 儂を守れっ! 今なら、こやつはたった一人。切り捨ていっ!!」
ギュネイは大声で言った。
だが、誰も玉座の間に来る気配はない。
「全滅だと言ったはずだ。ヴァンシーヴォは陥落したのだ」
「な……に……?」
血相を変えて、ギュネイは走り出す。
窓から見えた景色は、王都が炎に包まれる光景だった。
「ば、馬鹿な……ヴァンシーヴォが……儂の国が……こんなにあっけなく……」
呆然とするギュネイの後ろに、死神が立っていた。
「ロナに手を出した報いだ」
ガーランの言葉に、ギュネイははっとする。
「ロナ? まさか、貴様ら……貴様ら……敵国同士で通じて……なんという不義な真似を……!!! そのようなことが許されるわけが……」
「その通りだ。ゆえに、お前の末路もわかるだろう」
ガーランに睨まれ、ギュネイはびくっと身を竦ませた。
「た、頼むっ!!!! 決して他言はせんっ! 帝国に服従を誓うっ! だから命だけは――」
声にならぬ声が漏れた。
心臓に剣を突き刺され、ギュネイは倒れた。即死である。
「ガーランッ」
ロナが駆け寄っていき、彼に抱きついた。
「すまない。少し遅くなった」
「うぅん、ありがとう。来てくれて」
しばしの間、二人はそのまま身を寄せ合っていた。
やがて、どちらともなく離れ、ガーランが口を開く。
「ヴァンシーヴォ騎馬隊、セシウス聖騎隊は全滅させた。だが、最後に一つ、大仕事が残っている」
「大仕事?」
◇
ディバルト城裏、馬車の積み荷に乗せられていたのは拘束され、猿ぐつわをされた聖アルヴァレスト王バルトフと第二王女ラミアだった。
二人とも意識はない。
「お父様……ラミア……」
「この二人はお前に危害を加える。放っておくわけにはいかない」
ガーランが言った。
「……どうするの?」
一瞬、ガーランにしては珍しく言葉を躊躇った。
「この戦争はいつ終わるとも知れない。今のままでは俺たちは、永遠に敵同士だ」
ガーランは思い詰めたような表情だった。
「ロナ、提案がある」
それが途方もない話だというのは、彼が話す前から雰囲気で察することができた。
「俺はガルレオン帝国の皇帝になる。お前は聖アルヴァレスト王国の女王になれ。それで和平をしよう。二つの国の王が婚姻を結べば、この戦争を終わらせることができる」
ロナは驚きのあまり、声を発することもできなかった。
ただただ真剣なガーランの顔を見つめるばかりだ。
「……不可能と思うなら、聞かなかったことにしてくれ……」
「……私は……」
そんなことは、許されない。
けれども、口を突いたのは別の言葉だ。
「不可能じゃないと思うわ。ガーラン、あなたと二人なら、なんでもできるもの」
ガーランはうなずいた。
嬉しさと、悲しさが入り交じったような、そんな表情だった。
「なら、やらなければならないことがある。わかるな?」
こくり、とロナはうなずいた。
「聖アルヴァレスト王国の王を殺すのでしょう」
王が死ねば、王位継承が必要になる。ロナが女王になる機会が巡ってくるのだ。
だが、それをすれば最早、後戻りなどできない。実の父親を殺すのだから。
「俺がやろう」
ガーランが剣を抜き放ち、切っ先をバルトフに向けた。
柄を握るその手に、ロナはそっと手を添える。
「ロナ?」
「二人で」
まっすぐ彼女はガーランを見つめる。一人で背負わせるわけにはいかなかった。
「わかった」
バルトフの喉元に、二人は剣を突きつける。
「……神様はお許しにならないでしょう……」
「……ともに、冥府へゆこう。あなたを祝福するのは死神だ……」
そうして、赤い血がどっと溢れ出た。
もう引き戻せない。これが全ての始まり、あるいは終わりだったのかもしれない。
民も、祖国も、神でさえ、誰一人として二人の誓いを許してくれはしないだろう。
大いなる不義に彩られた、なによりも強い愛がそこにあった。
そのために生まれてきたのだから、他のなにも意味をなさないと知っていた。
ガーランもこれが上手くいくと信じているわけではない。
ロナも自分が罰を受けるべき存在だということは理解している。
それでも、二人一緒にいられる唯一の道を歩まないというのなら、この愛は偽物になってしまうと彼女たちは思った。
それが運命であるかのように、選ばざるを得なかったのだ。
ただただただ、強く思い合うだけだったこの愛が、けれども終わらない戦争に終止符を打つ唯一の道しるべであることを、この時の二人はまだ知らなかった。
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