歴史を変える決断
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1
講和会議は、中立国――自由都市リベルタで開催された。
参加国は、我が国、グランディア帝国、南方連合国、バルトリア王国。
そして――各国の代表団。
我が国の代表は、もちろん総統。
そして、参謀総長である俺も同席することになった。
「緊張するな」
隣に座っていた凛が囁いた。
彼女も、内務省の代表として同行していた。
「緊張しないわけないだろ」
「でも、あんた今まで散々戦ってきたじゃない」
「戦うのと、交渉するのは別だ」
俺は会議場を見回した。
巨大な円卓。各国の代表が座っている。
グランディア帝国の皇帝――老齢の男。
南方連合国の代表――若い女性。
バルトリア王国の女王――気品のある中年女性。
そして――我が国の総統。
「それでは、講和会議を開始する」
議長が宣言した。
2
会議は――難航した。
「我が国は、賠償金を要求する」
グランディア帝国の皇帝が言った。
「貴国の侵攻により、我が国は甚大な被害を受けた」
「侵攻?」
総統が反論した。
「貴国が先に、我が国の国境を侵犯したのではないか」
「それは――」
「証拠もある」
総統は書類を提示した。
「貴国の軍が、我が国領内に進入した記録だ」
皇帝は黙った。
次に、南方連合国の代表が立ち上がった。
「我々は、独立を要求します」
「独立?」
「はい。我々は、元々自由な国家の集まりでした。ですが、貴国の圧力により、従属を強いられた」
「それは誤解だ」
総統が言った。
「我が国は、貴国の独立を脅かしたことはない」
「ですが――」
「むしろ、保護してきた」
総統は続けた。
「貴国は、周辺の大国に狙われていた。我が国が介入しなければ、既に滅ぼされていただろう」
代表は――反論できなかった。
最後に、バルトリア王国の女王が口を開いた。
「我が国は、領土の返還を要求します」
「どの領土だ?」
「東部国境地帯――元々、我が国の領土だった地域です」
「それは、百年前の話だろう」
総統が言った。
「現在、その地域には我が国の国民が住んでいる」
「ですが――」
「彼らを追い出せと?」
女王は黙った。
会議は――平行線だった。
3
休憩時間。
俺は、バルコニーで一人になっていた。
「……難しいな」
「そうね」
背後から声がした。
振り返ると――バルトリア王国の女王がいた。
「女王陛下」
「堅苦しい呼び方はやめて。私はエレナよ」
女王――エレナは微笑んだ。
「あなたが、噂の参謀総長ね」
「噂?」
「ええ。十七歳で参謀総長。数々の戦いに勝利した天才」
エレナは俺を見た。
「でも――あなたの目は、悲しそうね」
「……そうですか?」
「ええ」
エレナは窓の外を見た。
「あなたは、本当はこの戦争を――望んでいなかったんでしょう?」
「……はい」
俺は正直に答えた。
「俺は――ただ、生き延びたかっただけです」
「それなのに、参謀総長になった」
「選択肢がなかったんです」
「……そう」
エレナは少し笑った。
「あなたも、私と同じね」
「同じ?」
「ええ。私も――女王になりたくなかった」
エレナは続けた。
「でも、父が亡くなって、私が継ぐしかなかった」
「そして――戦争が始まった」
エレナは俯いた。
「私は、戦争を止めたかった。でも、止められなかった」
「……女王陛下」
「結城ハルト」
エレナは俺を見た。
「あなたなら――この戦争を、終わらせられる?」
「……分かりません」
「でも、終わらせたいと思ってる?」
「……はい」
「なら――」
エレナは手を差し出した。
「協力しましょう」
「協力?」
「ええ。私たちで、平和を作りましょう」
俺は――
その手を握った。
「……はい」
4
その夜、俺は秘密裏に――各国代表と個別に会談した。
まず、グランディア帝国の皇帝。
「参謀総長殿」
皇帝は疲れた顔をしていた。
「率直に聞きたい。貴国は、本当に平和を望んでいるのか?」
「はい」
俺は答えた。
「総統閣下も、これ以上の戦争は望んでいません」
「……そうか」
皇帝は安堵の表情を見せた。
「実は――我が国も、もう戦えない」
「え?」
「経済が破綻寸前なのだ。これ以上戦争が続けば、国が持たない」
皇帝は続けた。
「だから――講和したい。だが、国民の手前、弱腰は見せられない」
「……なるほど」
俺は理解した。
「では、こうしましょう」
「どうする?」
「賠償金は、お互いに免除。ただし、貴国は我が国との通商条約を結ぶ」
「通商条約?」
「はい。お互いの経済を支え合う。それなら、両国にとって利益になります」
皇帝は――考えた。
「……それなら、国民も納得するかもしれん」
「ありがとうございます」
次に、南方連合国の代表。
「独立を認めてほしい、と」
「はい」
代表――名前はアイシャという若い女性だった。
「我々は、自由に生きたいのです」
「分かります」
俺は頷いた。
「では、独立を認めます」
「本当ですか!?」
「はい。ただし、条件があります」
「条件?」
「我が国と、防衛同盟を結んでください」
「防衛同盟?」
「はい。もし貴国が他国から攻撃されたら、我が国が助ける。逆も同じです」
俺は説明した。
「これなら、貴国の安全も守られます」
アイシャは――微笑んだ。
「……あなた、優しいのね」
「え?」
「普通なら、独立など認めない。でも、あなたは認めてくれた」
「……当たり前のことをしただけです」
「当たり前じゃないわ」
アイシャは立ち上がった。
「ありがとう、結城ハルト。あなたのこと、信じる」
5
翌日の会議。
俺は――提案した。
「各国の皆様。私から、一つの案を提示させていただきます」
「聞こう」
総統が頷いた。
「まず、賠償金は全て免除。お互いに請求しない」
「次に、領土は現状維持。ただし、国境地帯の住民には、移住の自由を認める」
「そして――通商条約と防衛同盟を締結する」
俺は続けた。
「これにより、各国は経済的に結びつき、軍事的にも協力できる」
「つまり――戦争する理由が、なくなる」
会議場が静まり返った。
そして――
エレナが立ち上がった。
「バルトリア王国は、この案に賛成します」
「グランディア帝国も、賛成する」
皇帝が続いた。
「南方連合国も、賛成です」
アイシャも立ち上がった。
全員が――俺を見ている。
そして――
総統が立ち上がった。
「我が国も――賛成だ」
拍手が起きた。
講和条約――成立。
6
条約調印式。
各国の代表が、書類にサインをする。
そして――
「これにより、戦争は終結した」
議長が宣言した。
会場が――歓声に包まれた。
「平和だ!」
「戦争が終わった!」
みんなが喜んでいる。
俺は――
ただ、呆然としていた。
本当に――終わったのか?
戦争が?
「ハルト」
凛が声をかけた。
「やったわね」
「……ああ」
「あんた、すごいわよ。戦争を終わらせたのよ」
「俺一人じゃない。みんなで――」
「そうね。でも、あんたがいなかったら、無理だったわ」
凛は笑った。
「ありがとう、ハルト」
「……どういたしまして」
その夜――
祝賀パーティーが開かれた。
各国の代表、将軍、官僚――みんなが集まっている。
俺は――隅っこで一人、酒を飲んでいた。
「参謀総長閣下」
シュタイナーが声をかけた。
「一人ですか?」
「ああ。騒がしいの、苦手でさ」
「そうですか」
シュタイナーは隣に座った。
「閣下――お疲れ様でした」
「まだ終わってないだろ」
「いえ、終わりましたよ。戦争は」
シュタイナーは微笑んだ。
「これからは、平和な時代です」
「……そうだといいけどな」
「閣下は、信じていないんですか?」
「分からない」
俺は正直に言った。
「人間は――また戦争を始めるかもしれない」
「……そうですね」
シュタイナーは頷いた。
「でも、それでも――今、平和が訪れたことは事実です」
「そして――それは、閣下が作ったんです」
「……俺が?」
「はい」
シュタイナーは真剣な顔で言った。
「閣下がいなければ、この平和はありませんでした」
「だから――胸を張ってください」
俺は――
少し笑った。
「……ありがとな、シュタイナー」
7
翌日、俺は総統に呼び出された。
「結城ハルト」
「はい」
総統は――満足そうな顔をしていた。
「見事だった」
「ありがとうございます」
「お前は、本当にこの国を救った」
総統は窓の外を見た。
「お前のおかげで、この国は――平和になった」
「……総統閣下」
「何だ?」
「一つ、お願いがあります」
「言ってみろ」
俺は――決意を込めて言った。
「俺たちを――元の世界に帰してください」
総統は――
驚いた顔をした。
「……帰る、だと?」
「はい」
「なぜだ? お前たちは、この国で英雄だ。地位も名誉も、全て手に入る」
「それでも――俺たちは、元の世界に帰りたいんです」
俺は続けた。
「俺たちは、この世界の人間じゃない。異邦人です」
「だから――いつかは、帰らなきゃいけない」
総統は――黙った。
長い沈黙。
そして――
「……分かった」
「え?」
「お前たちを、帰してやる」
総統は俺を見た。
「だが、条件がある」
「条件?」
「ああ」
総統は続けた。
「帰る前に――もう一つだけ、仕事をしてくれ」
「……何ですか?」
「この国の未来を――作ってくれ」
8
総統の依頼――それは、憲法の制定だった。
「憲法?」
「そうだ」
総統は説明した。
「今のこの国は、私の独裁だ。だが、それでは――私が死んだら、国が混乱する」
「だから――法に基づく国家を作りたい」
総統は俺を見た。
「お前に、その憲法を作ってほしい」
「……なぜ、俺に?」
「お前は、この国の人間じゃないからだ」
総統は続けた。
「この国の人間は、みんな私に忠誠を誓っている。だから、客観的な憲法を作れない」
「だが、お前は違う。お前なら――公平な憲法を作れる」
俺は――考えた。
憲法。
国の基本法。
「……分かりました」
「本当か?」
「はい。やってみます」
総統は――微笑んだ。
「ありがとう、結城ハルト」
俺は――すぐにクラスメイトたちを集めた。
凛、ケンジ、大和、ユウキ、アヤ――そして、生き残った全員。
「みんな、集まってくれてありがとう」
俺は真剣な顔で言った。
「これから――この国の憲法を作る」
「憲法?」
「ああ。俺たちが帰る前に――この国に、ちゃんとした法律を残していく」
「……それって」
凛が言った。
「私たちの、最後の仕事ってこと?」
「そうだ」
俺は頷いた。
「だから――協力してくれ」
みんなは――
頷いた。
「分かった」
「やろう」
「最後だもんな」
9
憲法の制定には、三ヶ月かかった。
内容は――
第一条:国民主権。全ての権力は、国民に由来する
第二条:基本的人権の尊重。全ての国民は、平等である
第三条:三権分立。立法、行政、司法は、互いに独立する
第四条:言論の自由。全ての国民は、自由に意見を述べる権利を持つ
第五条:戦争の放棄。この国は、二度と侵略戦争をしない
そして――
第六条:総統制の廃止。国家元首は、国民の選挙により選ばれる
この第六条を――総統に提示した時。
総統は――
笑った。
「……お前、私を追放するつもりか?」
「いえ、そういうわけでは――」
「冗談だ」
総統は微笑んだ。
「これでいい。これが――あるべき姿だ」
「総統閣下……」
「結城ハルト。お前は、本当に――この国を変えた」
総統は俺の肩を叩いた。
「ありがとう」
憲法は――議会で承認された。
全会一致で。
そして――
公布された。
帝国は、共和国になった。
10
帰還の日。
俺たちは、転移してきた場所――あの塹壕に集まっていた。
「本当に――帰れるのか?」
大和が聞いた。
「分からない」
俺は正直に答えた。
「でも、総統が言うには――ここで、同じ時刻に全員集まれば、元の世界に戻れるかもしれないって」
「かもしれない、って……」
「確証はない。でも――試してみる価値はある」
その時――
総統が現れた。
「結城ハルト」
「総統閣下」
「いや――もう、元総統だな」
総統は笑った。
「お前たちの憲法のおかげで、私は退任した」
「……すみません」
「謝るな。これでいいんだ」
総統は俺に――
一枚の紙を渡した。
「これは?」
「感謝状だ」
紙には、こう書かれていた。
【結城ハルトならびにクラスメイト諸君へ】
諸君は、この国を救った。
戦争を終わらせ、平和をもたらした。
そして――新しい国家の礎を築いた。
我々は、決して諸君のことを忘れない。
永遠に。
元総統 アドルフ・フォン・シュトラウス
俺は――
涙が出そうになった。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちだ」
総統は敬礼した。
「さらばだ、英雄たちよ」
そして――
時計が、零時を指した。
突然――
光が溢れた。
視界が白く染まる。
また、あの感覚。
俺は――クラスメイトたちの手を握った。
「みんな、離れるなよ!」
「分かってる!」
「大丈夫だ!」
光が、強くなる。
そして――
エピローグ
気づくと――
俺たちは、教室にいた。
いつもの教室。
窓際の席。黒板。机。
「……え?」
凛が呆然と呟いた。
「帰って、きた?」
「みたいだな」
俺は窓の外を見た。
校庭。生徒たち。平和な風景。
「夢、だったのか?」
大和が言った。
「いや――」
ケンジが自分のポケットを探った。
「これ……」
彼が取り出したのは――
あのIDカードだった。
【氏名:田中ケンジ】
【身分:技術者】
みんなも、確認した。
全員――IDを持っていた。
「……夢じゃない」
「本当に、あの世界に行ってたんだ」
「そして――帰ってきた」
俺は――
ふと、時計を見た。
午後三時。
俺たちが転移した、あの時刻。
「……時間、戻ってる」
「え?」
「転移する前と、同じ時刻だ」
つまり――
この世界では、時間が経っていない。
「じゃあ――あの世界での数ヶ月は?」
「……分からない」
でも――
確かなことが一つあった。
俺たちは――生きて帰ってきた。
「みんな――」
俺は立ち上がった。
「お疲れ様」
「……ああ」
「お疲れ」
「やっと――終わったな」
みんなが笑った。
でも――
俺の心には、まだ引っかかっているものがあった。
あの世界は――どうなったんだろう?
平和は、続いているんだろうか?
総統は――いや、元総統は、元気だろうか?
その答えは――
もう、分からない。
でも――
俺たちは、あの世界で確かに生きた。
戦って、悩んで、泣いて、笑って。
そして――歴史を変えた。
それだけは――
確かなことだった。
「ハルト」
凛が声をかけた。
「これから、どうする?」
「……どうするって?」
「だって、私たち――あんな経験したのよ。普通の高校生活、戻れるかしら」
「……戻れるさ」
俺は笑った。
「俺たちは、普通の高校生だ。ちょっと変わった経験をしただけ」
「ちょっと、って……」
「大丈夫。きっと、すぐに慣れる」
でも――
本当に慣れるのか?
俺にも――分からなかった。
それでも――
生きていかなきゃいけない。
この世界で。
平和な世界で。
そう思いながら――
俺は、窓の外を見た。
夕日が、校舎を照らしている。
美しい、平和な光景。
俺たちは――帰ってきた。
そして――これからも、生きていく。
あの世界で学んだことを、胸に。
――完――
あとがき(作中世界観より)
結城ハルトの手記
あれから、十年が経った。
俺は今、大学で歴史を教えている。
専門は――戦争史。
学生たちに、戦争の悲惨さを教えている。
クラスメイトたちも、それぞれの道を歩んでいる。
凛は、弁護士になった。
ケンジは、エンジニアになった。
大和は、教師になった。
みんな――あの経験を活かして、生きている。
時々、集まって飲む。
そして――あの世界の話をする。
「あの世界、今どうなってるのかな」
「平和、続いてるかな」
「総統――元総統は、元気かな」
答えは、分からない。
でも――
俺たちは、信じている。
あの世界は、きっと平和だ。
俺たちが作った憲法のおかげで。
そう――信じている。
それが、俺たちにできる唯一のことだから。
そして――
もう一つ。
俺は、本を書いた。
タイトルは――
『異世界で参謀総長になった話』
この物語だ。
誰も信じないだろう。
でも――
これは、真実だ。
俺たちが、本当に経験したことだ。
だから――
記録として、残した。
いつか――
誰かが、この本を読んで。
戦争の恐ろしさを。
平和の尊さを。
理解してくれることを。
願っている。
結城ハルト
どうでしたか、この物語はここで完結です。お手に取っていただきありがとうございました。




