東部戦線
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1
東部戦線への総攻勢準備は、三ヶ月を要した。
全国から部隊が集結する。
戦車師団、十個。
機械化歩兵師団、二十個。
航空部隊、五百機以上。
そして――総兵力、五十万。
「……これだけの兵力を動かすのか」
俺は集結地点の司令部で、窓の外を見ていた。
地平線まで、軍のテントが広がっている。
「参謀総長閣下」
シュタイナーが入ってきた。
「補給計画の最終確認です」
「ああ」
俺は書類を受け取った。
食糧、弾薬、燃料――全ての物資の輸送計画。
「これで足りるのか?」
「計算上は、三ヶ月分です」
「三ヶ月で決着つけないといけないのか」
「はい。それ以上は、国家の経済が持ちません」
俺は深呼吸した。
三ヶ月。
それが、タイムリミット。
「分かった。この計画で行く」
「了解しました」
シュタイナーは敬礼して去っていった。
一人になった俺は――
地図を広げた。
バルトリア王国。
面積は我が国の二倍。
人口も二倍。
国力も――おそらく上。
「……勝てるのか?」
その疑問を、声に出すことはできなかった。
2
作戦会議。
将軍たちが集まっている。
「諸君」
俺は立ち上がった。
「これより、東部戦線総攻勢作戦――コードネーム『業火作戦』の詳細を説明する」
地図が映し出される。
「我が軍の目標は、バルトリア王国の首都、ノヴォグラード」
俺は地図を指差した。
「距離は、国境から約八百キロ。途中には、三つの防衛線がある」
「第一防衛線――国境沿い。敵の主力部隊が展開」
「第二防衛線――中央平原。戦車戦に最適な地形」
「第三防衛線――首都周辺。最も強固な防衛網」
俺は将軍たちを見回した。
「我が軍は、この三つの防衛線を突破する」
「どうやって?」
一人の将軍が聞いた。
「まず、第一防衛線は――電撃戦で突破する」
俺は説明を続けた。
「夜間、航空部隊が敵の後方を爆撃。指揮系統を麻痺させる。同時に、戦車師団が集中突破。敵が反応する前に、防衛線を突き破る」
「第二防衛線は?」
「ここが最大の難関だ」
俺は中央平原を指差した。
「敵は、ここで戦車戦を挑んでくる。我が軍も、全戦車部隊を投入する」
「戦車戦……敵の戦車数は?」
「情報部の推定では、約二千両」
「我が軍は?」
「千五百両」
ざわめきが起きた。
「数で劣っている……」
「だが、質では勝っている」
俺は断言した。
「我が軍の新型戦車は、敵の旧式戦車を上回る。さらに、戦術で優位に立てば――勝てる」
「どんな戦術だ?」
「包囲殲滅戦だ」
俺は地図上に矢印を描いた。
「中央で敵を引きつける。同時に、両翼から回り込む。敵を包囲して、殲滅する」
「……リスクが高い」
「高い。だが、成功すれば敵の戦車部隊は壊滅する」
俺は続けた。
「そして第三防衛線――首都周辺」
「ここは、どうする?」
「包囲する」
「包囲?」
「そうだ。首都を正面から攻めない。周囲を包囲して、補給を断つ。敵が降伏するまで待つ」
「それでは時間がかかりすぎる」
「いや、かからない」
俺は説明した。
「敵は、第一、第二防衛線で主力を失っている。首都に残るのは、予備役と民兵だけ。士気は低い。包囲されれば、すぐに降伏する」
将軍たちは――黙って聞いていた。
そして――
一人の将軍が立ち上がった。
「参謀総長閣下。この作戦――成功率は?」
「……七割」
「七割?」
「ああ。全てが計画通りに行けば、だが」
俺は正直に言った。
「だが、戦争に絶対はない。敵も馬鹿じゃない。必ず想定外のことが起きる」
「では――」
「その時は、臨機応変に対応する」
俺は微笑んだ。
「それが、参謀の仕事だろ?」
将軍たちは――笑った。
「……面白い」
「参謀総長閣下に賛成だ」
「私も賛成だ」
全員が、賛成した。
「では、業火作戦――承認」
3
作戦決行は、一週間後。
その間――俺は、前線を視察して回った。
各部隊の士気を確認するため。
最初に訪れたのは、戦車師団。
「参謀総長閣下、ようこそ」
師団長が敬礼した。
「部隊の状況は?」
「良好です。全車両、整備完了。いつでも出撃できます」
「兵士たちの士気は?」
「高いです。みんな、この戦いに勝ちたいと思っています」
俺は兵舎を見て回った。
若い兵士たちが、戦車の整備をしている。
その中に――見覚えのある顔があった。
「……お前」
「あ、ハルト先輩!」
クラスメイトの後輩、一年生の山田ショウタだった。
「お前、なんでここに?」
「俺も転移したんですよ。で、IDが『戦車兵』だったんで」
ショウタは笑った。
「先輩が参謀総長だって聞いて、びっくりしましたよ」
「……お前、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。訓練、結構楽しかったです」
「楽しい、って……」
「だって、戦車かっこいいじゃないですか」
ショウタは無邪気に笑った。
俺は――複雑な気持ちになった。
この子は、戦争の恐ろしさを知らない。
「ショウタ」
「はい?」
「戦場では、絶対に無理するな」
「え?」
「命が一番大事だ。戦車なんて、壊れてもいい。お前が生きて帰ってくることが、一番重要だ」
「……先輩」
「分かったか?」
「……はい」
ショウタは真剣な顔で頷いた。
「分かりました」
次に訪れたのは、航空部隊。
飛行場には、何十機もの戦闘機が並んでいる。
「参謀総長閣下」
パイロットたちが敬礼する。
その中に――
「ハルト!」
クラスメイトの声。
振り返ると――女子生徒の一人、橘アヤだった。
「アヤ!? お前、パイロットなのか!?」
「そうよ。IDが『エースパイロット』だったの」
アヤは自信満々に笑った。
「訓練でも、トップの成績だったわ」
「……お前、飛行機なんて乗ったことあったっけ?」
「なかったわよ。でも、乗ったら――分かったの」
アヤは空を見上げた。
「私、空を飛ぶために生まれてきたんだって」
「……そっか」
俺は心配になった。
「アヤ、無理すんなよ」
「大丈夫よ。私、死なないから」
「死なないって……」
「だって、ハルトが作戦立ててくれるんでしょ? だったら、大丈夫」
アヤは笑った。
「ハルトの作戦、信じてるから」
「……プレッシャーかけんなよ」
「プレッシャーじゃなくて、信頼よ」
アヤは真剣な顔で言った。
「私たち、全員ハルトを信じてる」
4
作戦決行前夜。
俺は、一人で執務室にいた。
明日――全てが始まる。
五十万の兵士。
その全ての命を、俺が預かっている。
「……重すぎるだろ」
コンコン。
ノック。
「入れ」
入ってきたのは――総統だった。
「総統閣下」
「座っていろ」
総統は椅子に座った。
「明日、だな」
「はい」
「緊張しているか?」
「……してないと言えば、嘘になります」
「そうだろうな」
総統は窓の外を見た。
「結城ハルト。お前に、一つ聞きたい」
「何でしょう?」
「お前は――なぜ、ここまで戦える?」
「……どういう意味ですか?」
「お前は、この国の人間ではない。異邦人だ」
総統は俺を見た。
「それなのに、なぜこの国のために戦う?」
俺は――考えた。
なぜ?
本当に、なぜだろう?
「……最初は、生き延びるためでした」
「最初は、か」
「でも、今は――」
俺は言葉を探した。
「今は――守りたいものがあるからです」
「守りたいもの?」
「クラスメイトです」
俺は続けた。
「みんな、この国で必死に生きてる。だから、俺も――みんなを守るために戦ってます」
総統は――微笑んだ。
「……そうか」
「変ですか?」
「いや」
総統は立ち上がった。
「それでいい」
そして――
総統は俺の肩に手を置いた。
「結城ハルト。お前は、良い参謀総長だ」
「……ありがとうございます」
「明日――勝て」
「はい」
総統は去っていった。
俺は――
窓の外を見た。
満天の星空。
明日――全てが変わる。
5
作戦決行日。
午前四時。
まだ暗い中、全軍が動き出した。
「全部隊、配置完了」
無線が入る。
俺は司令部で、地図を見つめていた。
「航空部隊、離陸準備」
「戦車師団、スタンバイ」
「歩兵部隊、前進準備完了」
全ての部隊が、俺の命令を待っている。
五十万の命が――俺の言葉一つで動く。
「……参謀総長閣下」
シュタイナーが声をかけた。
「命令を」
俺は――深呼吸した。
そして――
「全軍に告げる」
俺はマイクを握った。
「これより、業火作戦を開始する」
「我々の目的は、バルトリア王国の制圧」
「戦いは厳しいだろう。犠牲も出るだろう」
「だが――」
俺は声を張り上げた。
「我々は勝つ。必ず勝つ」
「なぜなら――」
「我々には、帰るべき場所がある。守るべき人がいる」
「だから――戦え」
「生きて、帰ってこい」
無線の向こうから――
「「「了解!」」」
何万もの声が響いた。
「作戦開始!」
6
午前五時。
航空部隊が、敵の後方を爆撃した。
指揮所、通信施設、補給基地――全てが炎に包まれた。
「爆撃成功! 敵、混乱している!」
アヤの声が無線から聞こえた。
「よし、次は戦車師団――突撃!」
地響きとともに、千五百両の戦車が前進を始めた。
敵の第一防衛線に到達。
砲撃。
爆発。
敵の陣地が、次々と破壊されていく。
「第一防衛線、突破!」
「よし、そのまま前進!」
計画通り――いや、計画以上に順調だった。
敵は完全に混乱している。
「参謀総長閣下、これは――」
シュタイナーが興奮した声で言った。
「完璧です!」
「まだ油断するな。本当の戦いは、これからだ」
7
午後二時。
我が軍は、中央平原に到達した。
そして――
敵の戦車部隊と遭遇した。
「敵戦車、二千両!」
「こちらも全戦車部隊、展開!」
地平線の彼方まで、戦車が並ぶ。
史上最大の戦車戦。
「全車両――砲撃開始!」
轟音。
大地が揺れる。
砲弾が飛び交う。
戦車が爆発する。
敵も、味方も。
「第三中隊、全滅!」
「第五中隊、敵を撃破!」
「左翼、敵の包囲を受けている!」
「右翼部隊を回せ! 左翼を支援しろ!」
俺は、次々と指示を出した。
地図上の印を動かす。
これは――チェスじゃない。
一つ一つの駒に、命がある。
「ハルト先輩!」
無線から、ショウタの声。
「こちら第七中隊! 敵に囲まれました!」
「ショウタ! 位置を教えろ!」
「座標、B-15!」
俺は地図を見た。
まずい――敵の真っ只中だ。
「ショウタ、そこから撤退しろ!」
「無理です! 退路が塞がれてます!」
「くそっ!」
俺は考えた。
どうする?
見捨てるか?
いや――それはできない。
「第九中隊! B-15に急行しろ! 第七中隊を救出しろ!」
「了解!」
数分後――
「第七中隊、救出成功!」
「ショウタ、無事か!?」
「はい……何とか」
ショウタの声は、震えていた。
「先輩……仲間が、死にました」
「……すまん」
「いえ……俺が、未熟だったんです」
「違う。お前は、よくやった」
俺は続けた。
「今は、生きることだけを考えろ」
「……はい」
8
戦車戦は、六時間続いた。
結果――
我が軍の勝利。
敵の戦車部隊は壊滅した。
だが――
我が軍の損害も甚大だった。
「戦車、約五百両喪失」
「人的損害、死傷者一万」
シュタイナーが報告した。
「……一万」
俺は拳を握った。
一万人。
一万の命が――失われた。
「参謀総長閣下――」
「分かってる」
俺は立ち上がった。
「作戦は続行する」
「ですが――」
「今止まれば、今までの犠牲が無駄になる」
俺は地図を見た。
「第三防衛線――首都まで、あと三百キロだ」
9
二日後。
我が軍は、首都ノヴォグラードを包囲した。
「包囲完了」
「敵の補給線、全て遮断」
「首都内の敵兵力、推定十万」
俺は、首都を望遠鏡で見た。
巨大な城壁。
大聖堂の尖塔。
そして――白旗。
「……降伏か?」
「はい。敵から、停戦交渉の申し入れがありました」
「分かった。交渉団を送れ」
翌日――
バルトリア王国は、正式に降伏した。
条約が締結される。
業火作戦――成功。
司令部が、歓声に包まれた。
「勝った!」
「我々の勝利だ!」
将軍たちが喜んでいる。
でも――
俺は、喜べなかった。
総死傷者、三万五千。
その中には――クラスメイトも含まれている。
「参謀総長閣下」
シュタイナーが声をかけた。
「総統閣下が、お呼びです」
10
総統の執務室。
「結城ハルト」
「はい」
総統は――微笑んでいた。
「見事だった」
「……ありがとうございます」
「お前は、この国を勝利に導いた」
総統は俺に近づいた。
「お前こそ、真の英雄だ」
「英雄なんかじゃありません」
俺は首を振った。
「俺は――ただ、やるべきことをやっただけです」
「謙遜するな」
総統は俺の肩を叩いた。
「お前は、この国の救世主だ」
そして――
総統は、窓の外を見た。
「結城ハルト。お前に、最後の任務がある」
「最後の、任務?」
「そうだ」
総統は振り返った。
「戦争を――終わらせろ」
「……終わらせる?」
「そうだ。全ての敵国と、講和条約を結べ」
総統は地図を広げた。
「西部のグランディア帝国。南部の連合国。そして東部のバルトリア王国」
「全てと、平和条約を締結しろ」
「それができれば――」
総統は微笑んだ。
「この世界に、真の平和が訪れる」
俺は――
息を呑んだ。
平和。
それは――可能なのか?
「総統閣下」
「何だ?」
「もし――平和が訪れたら」
俺は聞いた。
「俺たちは、どうなるんですか?」
「どうなる、とは?」
「クラスメイトたちです。俺たちは――元の世界に帰れるんですか?」
総統は――
少し考えた。
そして――
「分からん」
「……そうですか」
「だが――」
総統は俺を見た。
「お前たちが望むなら、この国で生きることもできる」
「この国で……」
「そうだ。お前たちは、もうこの国の一員だ」
総統は続けた。
「いや――それ以上だ。お前たちは、この国を救った英雄だ」
「だから――」
「この国で、生きていけ」
俺は――
答えられなかった。
元の世界に、帰りたいのか?
それとも――この世界で、生きるのか?
その答えは――
まだ、出ていなかった。
続く
次回もお楽しみに




