勝利の代償
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1
南方戦線の状況は、予想以上に厳しかった。
南方連合国――十二の小国が同盟を組んだ連合体。
個々の国力は弱いが、連合すれば侮れない。
特に問題なのは、地形だった。
「山岳地帯、か……」
俺は地図を睨んだ。
南方は険しい山々が連なっている。戦車は使えない。航空支援も限定的。
つまり――歩兵戦になる。
「最悪だな」
シュタイナーが報告を続ける。
「敵は地の利を活かし、ゲリラ戦を展開しています。我が軍は既に三個師団が足止めを食らっています」
「損害は?」
「死傷者、約五千名」
「……五千」
俺は拳を握った。
五千人。
一人一人に、名前がある。家族がいる。
そして――その中には、もしかしたらクラスメイトも――
「結城参謀総長」
シュタイナーが声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ」
俺は立ち上がった。
「前線に行く」
「前線に、ですか?」
「そうだ。現場を見なきゃ、作戦は立てられない」
「ですが、危険です」
「分かってる。でも――」
俺はシュタイナーを見た。
「地図だけ見てても、本当のことは分からない」
2
前線へは、軍用トラックで向かった。
道中、焼け落ちた村を見た。
破壊された家屋。放置された遺体。
「……これが、戦争か」
隣に座っていた大和が呟いた。
「ハルト、お前――これ見て、何とも思わないのか?」
「思うよ」
「なら、なんでそんな冷静なんだよ」
「冷静じゃないと、判断できないから」
俺は窓の外を見た。
「感情に流されたら、もっと多くの人が死ぬ」
「……そっか」
大和は拳を握った。
「お前、辛いよな」
「辛くないわけないだろ」
俺は笑った。
「でも、やるしかない」
前線基地に到着すると、指揮官が出迎えた。
「参謀総長閣下、ようこそ」
階級章を見ると、大佐だった。名前はフリードリヒ・ミュラー大佐。
「現状を教えてくれ」
「はい。敵は山岳地帯に潜んでおり、我が軍が進軍するたびに奇襲をかけてきます」
ミュラー大佐は地図を広げた。
「ここ、ここ、ここ――既に三回、大規模な襲撃を受けています」
「こちらの損害は?」
「死者三百、負傷者八百」
「……敵の損害は?」
「不明です。敵は死体を回収して撤退します」
俺は考えた。
ゲリラ戦。奇襲。撤退。
典型的な非正規戦だ。
「ミュラー大佐、こちらの補給状況は?」
「良好です。後方からの補給線は確保されています」
「敵の補給は?」
「それが――おそらく、地元の村々が支援しています」
「……なるほど」
俺は地図を見た。
「つまり、敵は地元民の協力を得ている。だから、補給が途切れない」
「その通りです」
「じゃあ、地元民を味方につければいい」
「は?」
ミュラー大佐が目を丸くした。
「地元民を、ですか?」
「そうだ。今のままだと、地元民は俺たちを敵だと思ってる。だから、それを変える」
「どうやって?」
「……医療支援と食糧配給だ」
俺は宣言した。
「地元の村々に、軍医と食糧を送る。無償で」
「ですが、それでは我が軍の補給が――」
「大丈夫だ。補給は余裕がある。それより、地元民を味方につける方が重要だ」
ミュラー大佐は困惑した顔をした。
「……参謀総長閣下。それは、軍人の考え方ではありません」
「俺は軍人じゃないから」
俺は笑った。
「ただの高校生だ」
3
作戦は、すぐに実行に移された。
軍医チームが各村に派遣された。
食糧、薬品、医療器具――全てを無償で提供。
最初、村人たちは警戒していた。
「お前たちは侵略者だ!」
「帰れ!」
石を投げられることもあった。
でも――
軍医たちは諦めなかった。
毎日、村に通い続けた。
病人を治療し、怪我人を手当てし、食糧を配った。
そして、一週間後――
「……ありがとう」
ある老人が、軍医に頭を下げた。
「あんたたちは、本当に俺たちを助けてくれた」
「当然のことをしただけです」
軍医は微笑んだ。
「私たちは、敵じゃありません」
徐々に――村人たちの態度が変わっていった。
そして――
ある村の村長が、俺に会いに来た。
「参謀総長殿」
「はい」
「我々は、あなた方を誤解していました」
村長は頭を下げた。
「申し訳ありません」
「いえ、誤解するのは当然です」
俺は村長に椅子を勧めた。
「ところで、一つ聞きたいことがあります」
「何でしょう?」
「南方連合軍は、どこに隠れているんですか?」
村長は躊躇した。
「……それを言えば、村が報復を受けるかもしれません」
「大丈夫です。我が軍が守ります」
「本当に?」
「約束します」
俺は真剣な顔で言った。
「村人たちを、絶対に守ります」
村長は――決断した。
「分かりました。教えましょう」
4
村長の情報は、正確だった。
南方連合軍の隠れ家――それは、山の奥深くにある洞窟だった。
「ここか……」
俺は地図を見た。
「シュタイナー、空挺部隊は使えるか?」
「この地形では難しいですが――不可能ではありません」
「なら、やる」
俺は作戦を立案した。
作戦名『霧雨作戦』
夜間、空挺部隊を洞窟の上空に降下させる。
同時に、地上部隊が正面から陽動攻撃。
敵が混乱したところで、空挺部隊が洞窟内に突入。
敵の指揮官を捕縛する。
「リスクが高い作戦ですね」
シュタイナーが指摘した。
「ですが、成功すれば敵の士気は崩壊します」
「その通り」
俺は将軍たちを見た。
「反対意見は?」
誰も何も言わなかった。
「では、決定だ」
作戦決行は、三日後。
その間――俺はクラスメイトたちに会った。
まず、ケンジ。
「ハルト、今度の作戦――空挺部隊、また使うんだって?」
「ああ」
「……危なくないか?」
「危ないよ。でも、成功率は高い」
「お前が言うなら、信じるけどさ」
ケンジは心配そうに言った。
「無茶すんなよ」
「無茶はしない。計算済みだ」
次に、凛。
「ハルト、最近顔色悪いわよ」
「そう?」
「ちゃんと寝てる?」
「……三時間くらいは」
「全然足りないでしょ!」
凛は怒った。
「あんた、そんなんじゃ倒れるわよ!」
「倒れたら、誰かが代わりやるだろ」
「そういう問題じゃない!」
凛は俺の手を掴んだ。
「あんたが倒れたら――みんな、困るのよ」
「……ごめん」
「謝るくらいなら、ちゃんと休んで」
「……努力する」
「努力じゃダメ。絶対に休むって約束して」
「……分かった」
そして、大和。
「ハルト、俺――また前線に出る」
「……そうか」
「今度の作戦、俺も参加する」
「危ないぞ」
「分かってる。でも――」
大和は笑った。
「お前が立てた作戦なら、成功するだろ」
「……そうだといいけど」
「大丈夫だよ。お前、天才だから」
「天才なんかじゃないよ」
俺は首を振った。
「ただ――必死なだけだ」
「それでも、お前はすごいよ」
大和は肩を叩いた。
「だから、信じてる」
5
作戦決行の夜。
月が雲に隠れている。
絶好の夜襲日和だ。
「全部隊、準備完了」
無線が入る。
俺は前線基地の指揮所にいた。
「よし――作戦開始」
輸送機が離陸する。
空挺部隊を乗せて。
その中には――大和もいた。
「頼むぞ、大和……」
俺は地図を見つめた。
三十分後――
「目標上空到着。降下開始」
無線が入る。
「地上部隊、陽動攻撃開始」
砲撃音が響く。
敵が反応する。
洞窟から兵士が出てくる。
「今だ! 空挺部隊、突入!」
大和の声が無線から聞こえた。
「了解! 突入する!」
銃声。
爆発音。
怒号。
無線から、戦闘の音が聞こえてくる。
「敵、抵抗激しい!」
「第二班、左翼を制圧!」
「指揮官らしき人物を確認! 捕縛を試みる!」
俺は拳を握った。
頼む――成功してくれ
そして――
「指揮官、捕縛成功!」
大和の声。
「作戦成功だ!」
「よし!」
俺は立ち上がった。
「全部隊に伝えろ――作戦成功!」
指揮所が歓声に包まれた。
6
だが――
喜びは、長くは続かなかった。
「参謀総長閣下――報告があります」
シュタイナーが深刻な顔で入ってきた。
「何だ?」
「空挺部隊――死傷者が出ました」
「……何人だ?」
「死者、十五名。負傷者、三十名」
俺は息を呑んだ。
「……死者の名前は?」
「リストがあります」
シュタイナーが書類を渡した。
俺は――目を通した。
そして――
名前を見つけた。
佐々木ユウタ。
クラスメイトだった。
運動神経が良くて、いつも明るい奴だった。
「……ユウタ」
俺は書類を握りしめた。
「参謀総長閣下――」
「分かってる」
俺は立ち上がった。
「遺体は、どこだ?」
「医療テントに安置されています」
「案内してくれ」
医療テントに入ると――
ベッドに、布で覆われた遺体が並んでいた。
俺は、その一つに近づいた。
布をめくる。
ユウタの顔が、そこにあった。
目を閉じて、まるで眠っているように。
「……ごめん、ユウタ」
俺は呟いた。
「俺のせいだ」
「違います」
背後から声がした。
振り返ると――大和がいた。
包帯を巻いている。怪我をしたらしい。
「ハルトのせいじゃない」
「でも、俺が作戦を立てた」
「それでも――」
大和は俺の肩を掴んだ。
「ユウタは、自分の意志で戦った。お前のせいじゃない」
「……そうかな」
「そうだ」
でも――
俺には、そう思えなかった。
7
その夜、俺は一人で執務室にいた。
眠れなかった。
ユウタの顔が、頭から離れない。
コンコン。
ノックの音。
「……入れ」
入ってきたのは――総統だった。
「総統閣下!?」
俺は慌てて立ち上がった。
「座れ」
総統は椅子に座った。
「……霧雨作戦、成功だったな」
「はい。ですが――」
「死者が出た」
「……はい」
総統は窓の外を見た。
「結城ハルト。お前は、何のために戦っている?」
「……生き延びるためです」
「それだけか?」
「……分かりません」
俺は正直に答えた。
「最初は、生き延びるためだけでした。でも――今は」
「今は?」
「……分からなくなってます」
総統は少し笑った。
「そうか」
「総統閣下は、何のために戦っているんですか?」
俺は聞いた。
総統は――少し驚いた顔をした。
「……誰も、そんなことを聞いてこなかった」
「すみません。不敬でした」
「いや、いい」
総統は立ち上がった。
「私は――この国のために戦っている」
「国のために?」
「そうだ。この国を、強く、偉大にするために」
総統は俺を見た。
「だが――それは、お前にとっての答えではない」
「……どういう意味ですか?」
「お前は、お前の答えを見つけろ」
総統は扉に向かった。
「結城ハルト。お前は、いずれ選択を迫られる」
「選択?」
「そうだ。この国を勝たせるのか――それとも、別の道を選ぶのか」
総統は振り返った。
「その時――お前の心に従え」
そして、総統は去っていった。
俺は――
一人、執務室に残された。
選択、か……
8
翌日、南方連合国から停戦の申し出があった。
指揮官を失った連合軍は、戦意を喪失していた。
「参謀総長閣下。南方戦線は、事実上終結しました」
シュタイナーが報告した。
「……そうか」
「これで、西部、南部ともに停戦。残るは東部戦線のみです」
「東部、か……」
俺は地図を見た。
東部戦線――敵国はバルトリア王国。
最も強力な敵。
「東部の状況は?」
「膠着状態が続いています。ですが――」
シュタイナーは顔を曇らせた。
「敵国が、新型兵器を開発しているという情報があります」
「新型兵器?」
「はい。詳細は不明ですが――非常に強力な兵器らしいです」
「……厄介だな」
その時――
総統から緊急召集がかかった。
9
参謀本部の大会議室。
将軍たち全員が集まっていた。
そして――総統。
「諸君」
総統が口を開いた。
「我が国は、新たな段階に入る」
地図が映し出される。
東部戦線――バルトリア王国。
「敵国バルトリアは、我が国最大の脅威だ。このまま放置すれば、いずれ反撃してくる」
総統は宣言した。
「故に――我々は、総力戦を開始する」
「総力戦……」
将軍たちがざわめく。
「全軍を東部戦線に集中させる。目的は――バルトリア王国の完全制圧だ」
「総統閣下」
一人の将軍が立ち上がった。
「それは、あまりにも――」
「あまりにも、何だ?」
「……リスクが高すぎます。もし失敗すれば、我が国は――」
「失敗は許されない」
総統は断言した。
「だからこそ――結城ハルトに全権を委ねる」
総統は俺を見た。
「結城参謀総長。この作戦を指揮しろ」
「……総統閣下」
「お前なら、できる」
総統は微笑んだ。
「お前は、この国の希望だ」
俺は――
息が詰まりそうだった。
総力戦。
バルトリア王国の完全制圧。
それは――
どれだけの犠牲を出すんだ?
でも――
選択肢はなかった。
「……了解しました」
俺は立ち上がった。
「全力で、指揮します」
将軍たちが拍手した。
でも――
俺の心は、重かった。
10
会議の後、俺はクラスメイトたちを集めた。
凛、ケンジ、大和、ユウキ――生き残っているメンバー全員。
「みんな、集まってくれてありがとう」
俺は真剣な顔で言った。
「これから――大きな戦いが始まる」
「……東部戦線、だよな」
ケンジが言った。
「ああ。総力戦だ」
「どのくらいの規模なんだ?」
「全軍。全ての戦力を投入する」
みんなが息を呑んだ。
「……マジかよ」
「マジだ」
俺は続けた。
「だから――言っておく」
「何を?」
「もし、逃げたいなら――今のうちに逃げろ」
「は?」
「俺は、止めない。むしろ、逃げた方がいいと思ってる」
俺は拳を握った。
「この戦い――生き残れる保証はない」
静寂。
誰も、何も言わなかった。
そして――
凛が口を開いた。
「馬鹿ね」
「え?」
「誰が逃げるのよ」
凛は笑った。
「あんたが戦うなら、私たちも戦うわ」
「凛……」
「俺もだ」
ケンジが言った。
「お前一人に、全部背負わせるわけにいかねえだろ」
「俺もだ」
大和が言った。
「お前は、俺たちのリーダーだ。だから――一緒に戦う」
「みんな……」
俺は――涙が出そうになった。
「……ありがとう」
「礼を言うな」
ユウキが笑った。
「俺たち、クラスメイトだろ」
「……そうだな」
俺は笑った。
「クラスメイト、だ」
そして――
俺は決意した。
絶対に、みんなを生かして帰す。
それが――俺の使命だ。
続く
次回もお楽しみに




