参謀総長の重圧
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1
参謀総長の執務室は、異様に広かった。
天井が高い。窓からは首都全体が見渡せる。机の上には、全戦線の報告書が山積みになっている。
「……マジかよ」
俺は椅子に座りながら呟いた。
昨日まで「補佐官」だった俺が、今日から「参謀総長」。
軍の頭脳。
全ての作戦を統括する立場。
「重すぎるだろ……」
コンコン。
ノックの音。
「入れ」
扉が開いて、入ってきたのは――さっきの中佐だった。
「失礼します、参謀総長閣下」
「……その呼び方、やめてくれない?」
「いえ、正式な階級ですので」
中佐は敬礼した。
「私は副官として、閣下の補佐を命じられました。ヴィルヘルム・シュタイナー中佐です」
「よろしく、シュタイナー中佐」
「こちらこそ」
シュタイナーは書類を机に置いた。
「これが本日の戦況報告です。東部戦線、西部戦線、南部戦線、全ての情報が含まれています」
「……全部?」
「全部です」
俺は書類を見た。
厚さ十センチはある。
「これ、全部読むの?」
「はい。毎日です」
「毎日!?」
「参謀総長の仕事です」
シュタイナーは淡々と続けた。
「さらに、午前中に将軍会議。午後は各戦線との連絡調整。夕方には総統閣下への報告。夜は次の作戦立案」
「……休む時間は?」
「ありません」
「マジで?」
「マジです」
俺は頭を抱えた。
「……これ、人間の仕事じゃないだろ」
「前任の参謀総長は、過労で倒れました」
「洒落にならん」
シュタイナーは少し笑った。
「ですが、閣下なら大丈夫でしょう」
「なんで?」
「鉄槌作戦を成功させた方ですから」
シュタイナーは真剣な顔で言った。
「閣下――私は、あなたを信じています」
2
最初の将軍会議は、最悪だった。
会議室に入ると、将軍たちが一斉にこちらを見た。
その目は――敵意に満ちていた。
「……おい、何だあれは」
「十七の小僧が参謀総長だと?」
「総統閣下は何を考えておられる」
ヒソヒソと囁く声が聞こえる。
俺は上座に座った。
「全員揃ったな。会議を始める」
一人の将軍が立ち上がった。
「待て。その前に一つ聞きたい」
「何だ?」
「お前は本当に、我々を指揮できるのか?」
将軍は俺を睨んだ。
「我々は数十年、軍人として戦ってきた。お前はどうだ? 昨日まで民間人だった小僧が、何ができる?」
「確かに、俺は昨日まで民間人だった」
俺は立ち上がった。
「でも、昨日まで民間人だったからこそ――見えるものがある」
「何?」
「あんたたちの限界」
室内が静まり返った。
将軍の顔が紅潮する。
「貴様……!」
「怒るな。事実を言ってるだけだ」
俺は地図を指差した。
「あんたたちは、教科書通りの戦い方しかできない。正面突破。火力投入。物量作戦。全部、第一次大戦の戦術だ」
「それの何が悪い!」
「時代遅れだ」
俺は断言した。
「これからの戦争は、機動力と奇襲が鍵になる。戦車、航空機、空挺部隊――全てを組み合わせて戦う。それが電撃戦だ」
「電撃戦……?」
「そうだ。敵が反応する前に、一気に突破する。補給線を断つ。指揮系統を麻痺させる。そうすれば、敵は自壊する」
俺は将軍たちを見回した。
「俺は、それを証明した。鉄槌作戦で」
将軍たちは黙った。
「……認めよう」
さっきの将軍が口を開いた。
「お前の作戦は、見事だった。だが――」
将軍は俺を睨んだ。
「一度の成功で、全てが変わるわけではない。お前はまだ、何も証明していない」
「じゃあ、証明してやるよ」
俺は笑った。
「次の作戦で」
3
会議の後、俺は執務室に戻った。
疲れた。
いや、疲れたなんてもんじゃない。
「……将軍たち、全員敵じゃねえか」
椅子に座って、天井を見上げる。
コンコン。
またノック。
「入れ」
今度入ってきたのは――凛だった。
「ハルト、大丈夫?」
「大丈夫に見える?」
「全然」
凛は苦笑した。
「参謀総長になったって聞いて、びっくりしたわよ」
「俺もだよ」
「でも……すごいわね」
「すごくなんかないよ。地獄だ」
俺は書類の山を指差した。
「毎日これ全部読んで、作戦立てて、将軍たちと戦って、総統に報告する。休む暇もない」
「……あんた、倒れるわよ」
「倒れたら、次の奴が来るだけだろ」
「そういう問題じゃないでしょ」
凛は俺の隣に座った。
「ねえ、ハルト。あんた、なんでこんなに頑張ってるの?」
「……頑張ってるつもりはないけど」
「嘘。絶対、無理してる」
凛は俺を見た。
「あんた、本当は怖いんでしょ?」
「……何が?」
「失敗すること。みんなを死なせること」
俺は黙った。
凛は続けた。
「あんたは、クラスのみんなを守ろうとしてる。だから、こんなに無茶してる」
「……バレてたか」
「当たり前でしょ」
凛は微笑んだ。
「あんた、昔からそうだったもの。困ってる人を放っておけない」
「……そんな良い奴じゃないよ」
「良い奴よ。だから――」
凛は立ち上がった。
「無理しないで。あんたが倒れたら、みんな困るから」
「……ありがとな」
凛は扉に向かって歩き出した。
そして、振り返った。
「あ、そうだ。大和が会いたいって」
「大和が?」
「うん。前線から戻ってきたみたい」
4
大和と会ったのは、兵舎の食堂だった。
「よう、ハルト」
大和は笑顔で手を振った。
でも――その笑顔は、どこか疲れていた。
「久しぶりだな、大和」
「ああ。参謀総長になったんだって? すげえな」
「全然すごくないよ。毎日地獄だ」
「それでも、お前がいてくれて助かってる」
大和は真剣な顔で言った。
「お前が立てた作戦、マジで的確だった。おかげで、俺たちは生き延びられた」
「……そっか」
「ああ」
大和は視線を落とした。
「でも――死んだ奴もいる」
「……誰だ?」
「鈴木」
俺は息を呑んだ。
鈴木――クラスメイトの一人。前線将校として配属されていた。
「どうやって?」
「砲撃だ。直撃を受けた。即死だった」
大和は拳を握った。
「俺、何もできなかった。ただ、見てるだけだった」
「……大和」
「ハルト、教えてくれ」
大和は俺を見た。
「この戦争、いつまで続くんだ? いつまで、俺たちは戦わなきゃいけないんだ?」
「……分からない」
「分からない?」
「ああ。俺にも分からない」
俺は窓の外を見た。
「でも――できるだけ早く終わらせる。それだけは約束する」
「……本当か?」
「本当だ」
大和は少し笑った。
「……お前らしいな」
「らしくないよ。ただの強がりだ」
「強がりでもいい」
大和は立ち上がった。
「お前が言うなら、信じる」
そして――
「頼むぞ、参謀総長」
5
その夜、俺は総統に呼び出された。
総統の執務室に入ると、総統は窓際に立っていた。
「結城ハルト」
「はい」
「お前は、どう思う?」
「何をですか?」
「この戦争を」
総統は振り返った。
「お前は、この戦争が正しいと思うか?」
「……正しいかどうかは、分かりません」
「なら、何のために戦っている?」
「生き延びるためです」
俺は答えた。
「俺も、クラスメイトも。生き延びるために戦ってます」
「……そうか」
総統は少し笑った。
「正直な答えだ」
総統は俺に近づいた。
「結城ハルト。お前は、他の参謀たちとは違う」
「どう違うんですか?」
「お前は――勝つことだけを考えていない」
総統は俺の目を見た。
「お前は、兵士たちを生かすことも考えている」
「……当たり前じゃないですか」
「当たり前ではない」
総統は断言した。
「多くの将軍は、勝利のためなら兵士を駒として使う。だが、お前は違う。お前は――人を大切にする」
総統は窓の外を見た。
「それは、武器にも弱点にもなる」
「弱点?」
「そうだ。人を大切にしすぎれば、判断が鈍る。勝てる戦いを逃す」
総統は俺を見た。
「だが――それでいい」
「……え?」
「お前のような人間が、参謀総長であるべきだ」
総統は微笑んだ。
「冷酷な参謀など、いくらでもいる。だが、人の心を持った参謀は――稀だ」
そして――
「期待しているぞ、結城ハルト」
6
次の日、俺は新たな作戦を立案した。
作戦名は『雷撃作戦』。
西部戦線で膠着している敵国――グランディア帝国を相手にした、大規模攻勢。
戦車師団三個。
機械化歩兵師団五個。
航空支援部隊。
そして――空挺部隊。
全てを投入する。
「この作戦の目的は、敵の首都制圧ではない」
俺は将軍会議で説明した。
「目的は、敵の戦意を削ぐことだ」
「戦意を削ぐ?」
「そうだ。敵の補給基地を次々と破壊する。指揮所を麻痺させる。敵が反撃する前に、撤退する」
俺は地図を指差した。
「これを繰り返せば、敵は疲弊する。士気が下がる。そして――講和を求めてくる」
「講和?」
一人の将軍が眉をひそめた。
「我々の目的は、敵国の完全制圧ではないのか?」
「制圧は不可能だ」
俺は断言した。
「敵国グランディアは、我が国の三倍の国力を持っている。正面からぶつかれば、消耗戦になる。それは避けるべきだ」
「では、どうする?」
「敵に『戦うより講和した方が得だ』と思わせる」
俺は笑った。
「それが、最も効率的な勝ち方だ」
将軍たちは黙った。
そして――
一人の将軍が立ち上がった。
「……賛成だ」
「何?」
「結城参謀総長の案に賛成する。確かに、消耗戦は避けるべきだ」
他の将軍たちも、次々と頷いた。
「私も賛成だ」
「私もだ」
「では、決定だな」
シュタイナーが記録を取る。
「雷撃作戦、承認」
7
作戦決行は、一週間後。
その間、俺は準備に追われた。
各師団との調整。
補給計画の策定。
航空支援のタイミング。
全てを細かく詰めていく。
そして――
クラスメイトたちも、それぞれの役割で動いていた。
ケンジは、航空機の整備。
凛は、兵站の書類処理。
大和は、前線部隊の訓練。
みんな、必死に生きていた。
だが――
ある日、俺は報告を受けた。
「参謀総長閣下。宣伝部のクラスメイト、佐藤ユウキが――行方不明です」
「行方不明?」
「はい。三日前から姿が見えません。脱走の可能性があります」
俺は立ち上がった。
「捜索は?」
「現在、憲兵が捜索中です。ですが――」
シュタイナーは顔を曇らせた。
「もし脱走が確定すれば、処刑されます」
「……処刑?」
「軍規です」
俺は拳を握った。
ユウキ、お前……
8
その夜、俺は一人で街を歩いた。
監視はついているが、多少の外出は許されている。
街は――静かだった。
戦時下とは思えないほど。
でも、よく見れば――
人々の顔は疲れている。
店は閉まっている。
子供たちの笑い声もない。
「……この国、本当に勝てるのか?」
俺は呟いた。
その時――
路地裏から、誰かが飛び出してきた。
「ハルト!」
「……ユウキ!?」
佐藤ユウキだった。
痩せている。服も汚れている。
「お前、何やってんだよ! 捜索されてるぞ!」
「分かってる。でも――」
ユウキは俯いた。
「俺、もう無理なんだ」
「無理って……」
「宣伝部の仕事、もう耐えられない」
ユウキは叫んだ。
「毎日、嘘ばっかりだ! 『我が国は正義だ』『敵は悪だ』『戦争は栄光だ』――全部嘘だ!」
「……ユウキ」
「ハルト、お前は分かってるはずだ。この国は――おかしい」
ユウキは俺を見た。
「全体主義。独裁。言論統制。粛清。こんな国、守る価値あるのか?」
「……ないかもな」
「だろ!? だったら――」
「でも、俺たちはここにいる」
俺はユウキの肩を掴んだ。
「この国が正しいかどうかなんて、関係ない。俺たちは、生き延びなきゃいけない」
「生き延びるって……こんな生き方で?」
「他に方法があるか?」
ユウキは黙った。
「……ないよな」
「ない」
俺は続けた。
「だから、戻れ。宣伝部に」
「でも――」
「俺が何とかする」
「何とかって……」
「分からん。でも、何とかする」
俺は笑った。
「だから、信じろ」
ユウキは――泣いた。
「……ごめん、ハルト」
「謝るな。お前は悪くない」
俺はユウキを抱きしめた。
「辛かったよな」
「……うん」
「もう大丈夫だ」
翌日、俺はユウキを連れて参謀本部に戻った。
憲兵が待ち構えていた。
「佐藤ユウキを拘束する!」
「待て」
俺は憲兵の前に立った。
「彼は脱走していない」
「何?」
「私の命令で、極秘任務に就いていた」
憲兵は眉をひそめた。
「極秘任務?」
「そうだ。詳細は機密事項だ」
「ですが、参謀総長閣下――」
「命令だ」
俺は睨んだ。
「彼を解放しろ」
憲兵は――従った。
ユウキは自由になった。
「……ハルト、ありがとう」
「礼を言うな。次やったら、俺でも助けられないからな」
「……分かってる」
ユウキは笑った。
「お前、本当に――参謀総長だな」
「今更かよ」
9
雷撃作戦は、成功した。
敵国グランディアの補給基地を次々と破壊。
指揮所を麻痺させ、混乱を引き起こした。
そして――
敵は講和を求めてきた。
「参謀総長閣下。グランディア帝国から、停戦協定の提案がありました」
シュタイナーが報告した。
「内容は?」
「国境線を現状維持。賠償金は無し。ただし、今後五年間の不可侵条約を締結」
「……悪くないな」
俺は書類を見た。
「総統閣下の判断は?」
「承認されました」
「そっか」
俺は椅子にもたれた。
「……終わったのか、これで」
「西部戦線は、はい」
シュタイナーは続けた。
「ですが、東部戦線はまだ続いています。そして――」
「そして?」
「南部に、新たな脅威が出現しました」
シュタイナーは地図を広げた。
「南方連合国。複数の小国が同盟を組んで、我が国に宣戦布告してきました」
「……次から次へと」
俺は頭を抱えた。
「戦争、終わらないのかよ……」
その時――
総統から呼び出しがあった。
10
総統の執務室。
「結城ハルト」
「はい」
「西部戦線、見事だった」
「ありがとうございます」
総統は地図を見ていた。
「だが――戦いはまだ続く」
「南方連合国ですか」
「そうだ」
総統は俺を見た。
「お前に、全権を与える」
「全権?」
「そうだ。南方戦線の指揮、作戦立案、兵力配分――全てをお前に任せる」
総統は続けた。
「お前は、この国の希望だ」
「……希望、ですか」
「そうだ。お前がいれば、この国は勝てる」
総統は微笑んだ。
「期待しているぞ、参謀総長」
俺は――
複雑な気持ちだった。
この国の希望?
俺が?
でも――
俺は、この国を勝たせたいのか?
それとも――
その答えは、まだ出ていなかった。
続く
次回もお楽しみに




