第9話:昼寝スポット
絶好の昼寝スポットを見つけてからというもの、最近の美和と遥斗のお昼寝場所は、ほぼ決まっていた。
ログハウスから歩いて十分ほど。
柔らかな空気に包まれた、心地よい場所だ。
ここに来ると、不思議と遥斗はすんなり眠ってくれる。
最近少しグズりがちだったのが嘘みたいだった。
(……助かる)
ただ、問題が一つだけある。
――自分まで、眠くなる。
その日も例に漏れず、美和は遥斗の隣で横になり、子守唄を歌ってる途中
気づけば、そのまま眠ってしまっていた。
(また夜、眠れなくなるな……)
そう思いながらも、ポカポカした日差しがあまりに心地よくて、抗えない。
「……ポカポカ陽気が悪い」
小さく呟いて、美和は笑った。
「異世界あるあるなのかな。荒れた天気がない世界……
なんてこと、ないよね」
ヘラりと笑い、横を見る。
遥斗は、すっかり夢の中だった。
穏やかな寝息。
ふっくらした頬。
その寝顔を見ていると、自然と昔のことを思い出してしまう。
「……ある意味、これで良かったのかもしれない……」
そう呟いたところで、再びまぶたが重くなる。
――だが、次に浮かんできたのは。
歪に歪んだ、元夫の顔だった。
思わず、美和は眉間に皺を寄せる。
心地よく微睡んでた所で思い出す顔に眠気が少しだけ遠のく美和。
遥斗を妊娠した時点で、関係が終わった元夫に、異世界に来てまで思い出したくないと美和はげんなりする。
妊娠中に離婚し、遥斗は一人で産んだ。
原因は、夫の浮気。
「それだけのことで離婚するのか」
元夫の両親には、何度もそう言われた。
世間体が悪い。嫁に貰ってやったのに恩を仇で返すのか?と執拗く言われた。
それでも、美和の意思は揺らがなかった。
シングルマザーとして生きる選択。
世間の風当たりが昔より、柔らいだとはいえ、偏見が消えたわけじゃない。
それでも――
遥斗と二人、二人三脚で生きていこうと決めていた。
だが、世間は残酷だった。
遥斗が「男の子」だと分かった途端、元夫はやって来た。
最初はやり直そうと言われた。
だけど、それは罠だった。
私が首を縦に振らなかったため、元夫が取った次の行動は簡単だった。
要約すれば、
「子どもを寄越せ」。
元夫の両親も加わり、話し合いという名の泥沼。
ドラマ顔負けの騒動だった。
一方で、美和の親族はほとんどいない。
両親はすでに他界し、育ててくれた祖母も――
遥斗の顔を見ることなく、この世を去った。
こちらの世界に転移して、まだ日は浅い。
それでも今思えば――
(……少しだけ、助かったのかもしれない)
そう思ってしまう自分が、どこか怖かった。
だが現実問題として、深い森の中での生活は不便だ。
遥斗を育てるには、決して適した環境とは言えない。
あるのは木と土と空と精霊
他人との関わりもない。
教育的に良いとは、とても言えなかった。
(この子には……色んな人に会って、
色んなことを知って、のびのび育ってほしい)
だから美和は、森の探索をやめなかった。
森の探索は危険で、突然魔物や猛獣が出て襲われるかもしれない。
それでも美和は諦めなかった。
その途中で見つけた、この昼寝スポット。
不思議とソコは安全だと思った。
そして今日も美和は朝早くから探索を行い終え、昼には遥斗を連れ、見つけたお昼寝スポットへやって来た。
そしていつの間にか、眠りに落ちていた。
浅い眠りは夢さえ見なかった。
どれくらい眠っていたのだろう。
日差しはまだ高く、そこまで時間は経っていない。
「あぁ……」
欠伸を一つして、美和はゆっくり起き上がる。
「ふぁぁ……よく寝た」
横を見ると、遥斗は相変わらず可愛い寝顔だ。
「天使の寝顔だぁ……」
ぽそっと呟いて、視線を上げた――その瞬間。
「……へ?」
少し離れた場所。
こちらを、じっと見つめる四つの瞳。
「え……ひ、人? ……だよね?」
思わず身体がびくりと跳ねる。
だが、その耳を見て、言葉に詰まった。
(……あ、そっか。ここ、異世界だった)
内心で深呼吸し、そっと立ち上がる。
(どうか……友好的な人でありますように)
精一杯、愛想よく笑って――
「は、はろぉ……」
……なぜか、英語だった。
完全に緊張している。
「……」
二人の獣耳の人物は、呆然とこちらを見つめていた。
「……コホン。
こ、こんにちは〜」
視線が、つい耳に行ってしまう。
一人は背が高く、茶色い髪に茶色い耳。
日に焼けた小麦色の肌に、金色の瞳。
(うわ……綺麗な瞳……!
遥斗のキラキラには負けるけど!)
――親バカ、発動。
もう一人は、美和より少し高めの背丈。
細身で、白くふわふわした髪と耳、そして尻尾。
丸い灰色の瞳は一見冷たそうだが、
その風貌のおかげで不思議と柔らかい印象だった。
(……触りたい)
一ミリも動かない二人。
美和は恐る恐る、口を開く。
「あ、あの……」
言葉が通じていないかもしれない。
そう思った、次の瞬間。
「ぷはぁ! ハァハァ!!!」
白い方が、突然大きく息を吐き出した。
「あぁ!! 息止めてた!!!死ぬかと思った!!!」
思わず、美和は肩を跳ねさせる。
「……って、レオさん?うぉ!固まるレオさんって珍しぃ〜じゃなく!」
白い獣人の言葉に、茶色い耳の大男がゆっくりと動いた。
周囲を一度見渡し、少しなにやら考える素振りを見せ、口を開く。
「君は.....その....いや、その前に俺は犬族のレオだ。……隣のは」
「俺ビッツ! てか、お前なんでそこに居る?」
好奇心を隠さない目で、レオの言葉に続くように勢い良く話しかけてくるビッツ。
そして視線を外さないと言わんばかりにじっと見てくる。
少し幼い風貌に、美和は思った。その好奇心を抑えきれない行動
――見た目より若いのかもしれないと。
美和は少し俯きヘラリと笑う。
「えっと……昼寝を……」
こんな場所で昼寝していたと思われるのは、少し恥ずかしい。
頭上から、二人の声が重なり落ちてくる。
「「昼寝ぇ!?」」
美和は、ヘラリと笑う。
「あの、立ち話もなんなので……
よかったら、ウチで話しませんか?」
ログハウスは自分の家ではない。
それでも、ニコッと笑って誘った。
この森は居心地がいい。
悪くはない。
――でも、いつまでも森の中というわけにはいかない。
これを機会に森を抜けられるかもしれない。
そう思った、その時。
「すまない……そうしたいのは山々なんだが……これが.....」
レオが結界に手を伸ばした瞬間
――フッ。
目の前の結界が瞬く間に消えた。
それは、一瞬の出来事だった。
美和は、まったく気づかない。
「え?……あ、すみません。自己紹介が先でしたね。
私は美和です。こっちの世界一可愛い寝顔を晒してるのは、息子の遥斗です」
さらりと息子自慢を添えて、首を傾げる。
「あ……あぁ。よろしく、美和」
そう言いながら、レオたちは足を踏み出した。
中心地――またの名を、禁足地。
踏み出した一歩が禁足地に触れた瞬間、レオは目を見開く。
ちょうど結界を抜けた先は空気がまた一段と変質しており、精霊の匂いが濃ゆかった。
「レ、レオさん……今の……」
単純に解けた結界に吃驚してるビッツが、小さな声で囁く。
「あぁ。……精霊だ」
「俺、初めて見ました.....」
レオは周囲を見渡す。
一歩踏み込んだ瞬間、冒険者としての勘が告げていた。
――異常だ。
無数の精霊。
そして、その中でも――
「不味いな……赤が居る」
赤の精霊。
高位精霊の一つで、悪戯好きの無慈悲な個体として知られている存在。
結界が消えたのも、間違いなくそいつの仕業だ。
手のひらサイズの、人型。
ふわり、ふわりと宙に浮かび、こちらを見ている。
「しかも……人型か」
呟いた瞬間、何体もの精霊の視線が突き刺さる。
――少しでも不審な動きを見せれば、排除する。
そう告げられているかのようだった。
「どうしたんだろ?
今日は特に数が多いなぁ〜」
何も知らず、笑いながら先頭を歩く美和。
ふふ、と笑い、精霊を指でつついて振り返る。
「見えます?
フヨフヨ浮いてて、可愛いですよね〜」
「……君は、この精霊が見えるのか?」
「え? いや……見えるというか……
光だけ……」
――光だけ。
その一言に、レオとビッツは言葉を失った。
人間に見えるはずがない。
それが、常識だった。
「やっぱ精霊なんだぁ……神秘的……
いや、神々しい? それとも妖精みたいに可愛いのかな?ティンカーベルみたいな?」
ぶつぶつ言いながら、胸の中で眠る赤子を見る。
神秘的。
可愛らしい。
レオは、人型の精霊を見て思う。
可愛いとは程遠いその姿。
――見た目については、絶対に言わない方がいいだろうと思うレオ。




