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戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


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第7話:静寂の正体は赤ん坊の昼飯だった




遥斗の母・美和が、魔の森で家庭菜園を始めて二日目。

その頃、王都では――


二日前までの喧騒が嘘のように、静まり返っていた。


だが、それは決して平穏によるものではない。


――嵐の前の、異様な沈黙。



城下町の外れ。

魔の森を望む監視塔では、夜通し警戒に当たっていた騎士たちが、信じられないものを見る目で森を睨んでいた。


「……おかしい」


若い騎士が、低く呟く。


「魔物の反応が……ありません」


通常であれば、森の外縁部だけでも、魔獣の気配は絶えない。

遠吠え、木々のざわめき、魔力の濁り。


それらが――

今は、ない。


「……静かすぎる。あれだけ逃げ出していた魔獣や魔物は……いったい、どこへ……」


歴戦の騎士が、喉を鳴らした。


魔の森は、生きている。

常に何かが動き、争い、喰らわれ、そしてまた生まれる。


それが止まるということは――

死か、あるいは。


「生態系の異変? ……いや、いやいや……それこそ、あり得ないだろ……」


「笑えない冗談はやめろよ」


誰かの言葉に、誰も返事をしなかった。



同時刻、王都・冒険者ギルド。


監視塔とは対照的に、内部は熱気と怒号に満ちていた。


依頼の受付は辛うじて機能しているが、掲示板は異様な光景を呈している。


魔の森関連の依頼は、すべて赤札で封鎖。


だが1つの掲示板の前には、数多くの冒険者達の熱気が集まっていた。



《中央域、一般冒険者の全面立入禁止》

《外縁部、ソロ活動禁止》

《中央部調査団派遣、 Aランク以上/冒険者歴5年以上※危険手当あり・安全保障なし》


名の知れた高ランク冒険者から冒険者のなりたての新米冒険者たちまで多種多様。


文字通り、様々な部類の種族がそこに集まっていた。中でも多いのが獣人と呼ばれる種族だった。


尾のある者から牙がある者、中には獣耳を持つ者まで.....。


「昨日から魔物が出ないって話だろ?」

「逆にヤバくねぇか?」

「見ろよ、報酬……桁がおかしいぞ」

「これ一発で、十年は遊んで暮らせるだろ!」


「馬鹿! 条件よく見ろ!

 Aランク以上だし、安全保障なしだぞ!

 俺たちの手に負える案件じゃねぇ!」


「俺はごめんだ、だが金は欲しい!!!」

「まずAランクになってから言え!」

「うるせぇ! お前もCランのくせに!」


怒号と怒声が飛び交い、ギルド内は一触即発だった。


もし美和がここにいたら、

遥斗には絶対に聞かせたくない言葉ばかりだろう。


だが――


そんな中でも、ギルドマスターの顔色だけは冴えなかった。


「……報酬の問題じゃねぇ」


低く、重い声。


この場にいる者の多くが、金額に目を奪われている。

だが、それが意味する“危険”を、いったい何人が理解しているのか。


「今朝、軽く森を見てきたが、アレは異常だ......



静かすぎる........。」


その一言で、聞き耳を立てていた冒険者たちは黙り込んだ。


だが、自分の腕に自信のある者は違う。


特に――

Aランク目前のBランク冒険者。

経験の浅い、新米Aランク。


制約を無視して名乗りを上げる者が、あまりにも多い。


(……多すぎる)


魔物がいない森など、俺なら死んでも行きたくない。


命より大事なものなど、そうそうないのだから。


静寂に支配された森。

それは狩場ではなく――禁域だ。




王都・聖教会。


地下聖堂では、再び魔力観測の儀が行われていた。


「……反応、なし?」


若い司祭が、声を裏返す。


老司祭は、険しい表情で聖具を見つめる。


「いや……反応が無いのではない」


投影された魔力波形は、異様だった。

荒れもせず、膨張もせず。


ただ――

完全に均されている。


「……まるで、誰かが『意図的に操作している』みたいに……」


その言葉に、空気が凍りついた。


魔力とは、本来暴れるものだ。

ましてや、魔の森の魔力操作など、ほぼ不可能。


それを、均す?


「……そんなことができる存在が、いると?」


老司祭は答えない。

ただ、ぽつりと呟く。


「二日前の波動と、一致しています」


「……では、やはり」


「『何か』は、今もそこにいる」


沈黙。


「……害は、ないのか?」


老司祭は、困惑を隠せない声で続けた。


「害がある存在なら、既に行動を起こしているはずです。

ですが……何の接触も、進展もありません」


それが、最も理解できなかった。




その翌日、王城・評議の間。


国王、騎士団、教会、ギルドの代表が集められていた。


「魔王復活説は?」

「否定できない」

「古代種覚醒は?」

「兆候は一致するが、行動が異質すぎる」


「では、何だ」


誰も答えられない。


「破壊も、侵食も、支配もない。

 あの波動の後、何の動きも見えない。

 それ自体が異常だ!進展がなく、お手上げ状態です。」


「....調査団は、間もなく派遣されます」


「えぇい!!!まどろっこしい……進展が無い、進展が無いと貴様らは言うがな」


国王は玉座から身を乗り出し、苛立ちを隠そうともせずに言い放った。


「このまま手をこまねいていて、

 もし余の王都に被害が出たら――

 その責任を、余が一身に背負えと言うのか?」


「しかし王よ――」


騎士団長が言葉を挟もうとした、その瞬間。


「黙れ!」


一喝が、評議の間に叩きつけられた。


「余は『最悪を想定せよ』と言っているのだ。

 高魔族でも、古代種でも、魔王でも構わぬ!」


「攻め込まれる前に、こちらから動く。

 それが国というものだろう!」


「……王よ」


今度は、冒険者ギルド長が低く声を出した。


「森の異変を軽く見て動き不用意に刺激すれば――」


「刺激?」


国王は、鼻で笑った。


「笑止。

 魔物ごときに、何を遠慮する必要がある?」


「……!」


「騎士団を出せ。

 冒険者もだ。

 人数が要るなら、いくらでも集めればよい。


なぁに、死ぬのは獣連中だ。そうだ、確かアシュフォード家の次男坊が最近成人したな?手柄を与えるのはどうだ?泊も付くだろう?彼処は献金も多い、よし決めた!!!総指揮官はアシュフォード家が適任だろう。」


「ですが王よ!」


騎士団長が、堪えきれずに声を荒げる。


「冒険者にも、騎士にも、家族がいます!

 経験の浅い者達や、若者を無理に動員すれば、死を迎えるだけです!彼は実戦経験が浅い!傲慢な気質もあり、指揮官としては――」


その言葉に――

国王の顔が、歪んだ。


「……余に意見を申すのか?余が知らぬとでも?魔の森の異変を!魔物1匹居らぬと言うではないか!!!静寂する森の何処に危険があると申す?


それに、死ぬのは冒険者連中で、死んだ所で痛くも痒くもないわ」


まるで、理解できない言葉を聞いたかのように。


「騎士団長、フェルンよ、良いな?お前がサポートするのだ。獣風情は何匹死んでも構わぬ。無事任務を遂行せよ」」


静かな声だった。


だからこそ、余計に残酷だった。


「末端の騎士も、冒険者も――

 所詮は下級の下々だ」


「余の王都を守るために死ねるなら、

 それ以上の名誉が、どこにある?」


――沈黙。


凍りついたような空気の中で、


騎士団長は、ぎり、と奥歯を噛み締め、

ギルド長は、王を射殺さんばかりの視線で睨み付けた。


今にも、誰かが剣を抜いてもおかしくない。


だが。


「……調査団は予定通り派遣する」


国王は、何事もなかったかのように言った。


「結果を持ち帰れ。

 それで、余が『次』を決める」


その『次』が何を意味するのか――

誰も、口にしなかった。





そうして、王都の時間は過ぎていく。


一方――

魔の森、最深部。


誰も近づけず、誰も観測できない場所で。


小さな赤ん坊が、母親の胸の中で、すやすやと眠っていた。


その寝息に合わせるように、

森は、静かに、静かに、呼吸する。


「この静寂を壊すな」と言わんばかりに、精霊たちが舞い、

それに応えるように、魔の森は結界を展開していく。


幾重にも、幾重にも。


それは、異常としか言いようのない光景だった。


この光景を見た者は、こう言うだろう。


――「魔の森は、生きている」


だが、そのことを知る者はいない。



美和は、ゆっくりと目を開けた。


「……寝た?

 ……寝たよね?」


コソッと呟き、そっと起き上がる美和。

遥斗を起こさぬよう、全神経を腕に集中させ、ミリ単位で身体を動かす。


少しでも振動を与えれば――

あの、けたたましい泣き声が来る。


「……もう少し……」


小さく呟き、そっと腕を離した、その瞬間。


ビクッ。


遥斗の身体が硬直し――


「ふぎゃあああああ!!!ふあああああん!!!」


その泣き声に合わせるように、

魔の森全体が、ほんの一瞬だけ――ざわり、と揺れた。


だが、美和は気づかない。


「よしよし……大丈夫、大丈夫よ……」


異世界に来てから、最近の美和はずっと悩まされていた。


環境の変化か、異世界転移の影響か。

遥斗は、少しだけ神経質になっている。


少しでも、美和の姿が見えないと――

全力で泣き叫ぶのだ。


遥斗は、生後およそ六ヶ月。


美和は、それを『魔の六ヶ月』だと思うことにした。


誰にも相談できない。

来たこともない世界で、赤ん坊と二人きり。


そんな美和を救ったのが、

マザーズバッグの奥から出てきた、母子手帳だった。


遥斗を産んでから、一度も手放さなかったもの。

そこには、簡単だけれど、確かな言葉が残っていた。


育児アドバイスは美和にとって、有難い代物だ。


――抱き癖を気にせず、たくさん抱っこしてあげましょう。

――今しかない時間を、楽しみましょう。


何度、この言葉に救われただろう。


美和は、泣き止んだ遥斗を見つめ、

再び、そっと寝かしつける。


その頃、王都では。

調査団が編成されつつあることなど、知る由もなく。


そして――


一週間後。

王都から派遣された調査団が、

『決して近づいてはならない場所』へと足を踏み入れることになる。


――そこが、

赤ん坊の昼寝場所だとも知らずに。


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