第5話:嵐の中心
王都は、朝から異様な空気に包まれていた。
城下町の門前に集まる人々。
行き交う騎士たちの足取りは早く、鎧の音がやけに大きく響く。
理由は、明白だった。
「……またか」
「今日で、何体目だ……?」
門の外。
捕縛用の結界の中で、数体の魔物が震えていた。
牙を持つ獣型。
鱗に覆われた中型魔獣。
どれも本来なら、魔の森の奥深くに棲む存在だ。
「魔の森から、逃げてきています」
騎士団の報告に、詰所はざわめいた。
魔の森――
王都から数日離れた場所に広がる、巨大な原生林。
外縁部は、初心者冒険者たちの腕試しの場として知られている。
薬草が豊富で、出現する魔物も弱小が中心。
正しく対処すれば、命を落とす危険は低い。
だが――
一歩でも中層に踏み込めば、話は別だ。
魔力濃度は跳ね上がり、魔物の質は一変する。
熟練者でなければ、生きて帰る保証はない。
そして、最深部。
「更に奥にある中央部は、未踏領域だ」
誰もが、そう認識していた。
そこは、これまで踏み込む者がいなかった場所。
知識も、経験も、何も通用しない。
それが、この世界の常識だった。
「……にもかかわらず」
騎士団長が、低く呟く。
「逃げ出してきているのは、中位以上の魔物ばかりです」
ざわり、と空気が揺れた。
普通、魔物は逃げない。
本能に従い、縄張りを守り、排除する存在だ。
では、逃げ出す時とは――?
嫌な予感が、全員の脳裏をよぎる。
逃げなければならないほどの、
巨大で危険な存在が現れたのか。
それとも、古代の何かが目覚めたのか。
どちらにしても、危険であることに変わりはない。
しかも、森の中央を住処とする高位の存在が、
外へ逃げ出すなど、あり得ない。
それだけで、警戒レベルは異常だった。
「まるで……」
若い騎士が言いかけ、言葉を飲み込む。
「……中央に、近づけなくなったみたいだな」
その言葉を、誰も否定できなかった。
今回の事態を重く受け止め、
騎士団と冒険者ギルドは総動員で対処に当たっている。
幸い、まだ高魔族や大型魔獣は現れていない。
「現れていないだけ、運がいい」
そう捉えるか、
「最悪に備えるべきだ」と考えるかは、上の者たちの仕事だ。
俺たち下っ端は、命令通り動くしかない。
……だが、それで死んだら、たまったものじゃない。
俺は、遠くに見える魔の森を睨みながら、唇を噛む。
「これから……どうなるんだ……」
⸻
同時刻、王都・聖教会。
地下深くにある聖堂に、白衣の司祭たちが集められていた。
「二日前――」
老司祭が、震える声で告げる。
「魔の森中央部から、凄まじい波動を感知しました」
聖具に記録された魔力波形が、空中に投影される。
それは、これまで観測されたどの災厄とも違っていた。
強い。
だが、荒れていない。
暴力的ではないのに、
ただ存在するだけで、圧倒的。
「……まるで」
別の司祭が、唾を飲み込む。
「“存在そのもの”が、森の理を書き換えたかのような……」
重い沈黙が、聖堂を支配した。
魔の森は、古くから“均衡”によって成り立っている。
捕食。魔力循環。精霊の調律。
それを崩せる存在など――
「……考えたくありませんが」
老司祭は、目を伏せた。
「森の中心で、“何かが始まった”のは確かです」
⸻
王都では、騎士団が警戒態勢に入り、
冒険者ギルドは魔の森関連の依頼を全面停止した。
街には、不安の声が溢れる。
「魔王復活じゃないのか」
「古代種が目覚めたって……」
「森には、近づかない方がいい……」
誰もが、魔の森を恐れていた。
本来、人が生きられる場所ではないはずだから。
⸻
だが。
魔の森の奥深く。
本来、最も危険なはずの“中央域”。
そのさらに内側では――
小さなログハウスで、
一人の母と、赤ん坊が、静かな寝息を立てて眠っていた。
魔物は近づかず。
空気は穏やかで。
精霊たちは、ただ静かに見守っている。
王都の誰一人として、
その事実を、まだ知らない。
そして――
なぜ魔の森から魔の者達が、“逃げ出した”のかも。
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