第18話:行くなと言ったのに
(……離れる理由が、見つからない)
ビッツには、伝えなければならないことがあった。
だが、先程から何度も獣化を解こうとしているのに、一向に解けない。
これでは、喋れない。
ギリギリと犬歯を鳴らし、天井付近でふよふよと漂う精霊たちを睨みつける。
(くそっ……あの精霊ども!)
きっと精霊の仕業に違いない。
そう確信し、ビッツは声高く吠えた。
「うーわん! わぉん!」
(戻しやがれ! 獣化が解けないっ!)
ビタンビタンと尻尾を床に叩きつけ威嚇するも、精霊たちはくすくすと笑うばかりで、一向に降りてこない。
一方で――
「わぁ〜カッコイイ犬歯。それにしても綺麗な瞳〜」
美和は、ビッツの葛藤など露知らず、遥斗を抱きながらうっとりと呟いていた。
その視線に、思わずじり、と後退る。
容姿を褒められたことなど、一度もない。
それも、人間の女に。
(この女……頭大丈夫か? いや、目が悪いのかもしれない)
そうに違いない。
でなければ、自分のような者を褒めるはずがない。
そう結論づけ、鼻でフンと笑い、そっぽを向いた。
そんな二人をよそに。
「あらぁ? ハルくん寝ちゃった」
遥斗は美和の胸の中で、気持ちよさそうに寝息を立て始めていた。
美和はそのまま遥斗を抱きかかえ、部屋を後にする。
――数分後。
寝室に寝かしつけた美和が戻ってきた。
ビッツは不貞腐れたままちらりと視線を向け、すぐに逸らす。
あの後も何度も獣化を解こうと試みた。
自慢の脚力で跳び上がり、天井付近の精霊に犬パンチを繰り出すという芸当まで披露したというのに。
右へ行けばくすくす。
左へ行けばきゃはは。
完全に、遊ばれている。
(おのれ……!)
そして、ビッツは考えに至る。
(原因は……この女か)
――そうか。
あの女が、この姿を気に入っているからか。
だから――獣化が解けない。
そう結論づけた。
(ならば嫌われてみせる)
ビッツは、あからさまに美和を無視した。
「はぁ〜モフモフ〜癒しだ癒しがいる〜」
しかし、そんな決意などお構いなしに、美和は幸せそうに呟く。
動物が大好きだった。
子供の頃の夢は、動物園の飼育員。
遥斗を起こさないよう、小さな声で囁きながら近付いてくる。
「少しだけ……少しだけいいよね?」
(よせ……やめろ……)
唸るが、声にならない。
その時。
――ドン。
窓の外から、鈍い音が響いた。
「な、何っ?」
ビッツは咄嗟に立ち上がり、窓へ駆け寄る。
美和も恐る恐る隣へ。
そして――
二人は、言葉を失った。
「な、何あれ……」
遠くの空。
地面から空へと駆け上がるような光。
稲妻のような線が何度も走り、轟音が響く。
光と音の渦。
その方向は――結界のある方角。
「ハルくんが起きちゃう!」
美和が慌てる。
だが、遥斗は目を覚まさない。
精霊が音を遮断していることなど、知る由もなく。
一方で――
(くそっ……もう来やがったのか……!)
ビッツは焦っていた。
王都の連中――
あの、欲に飢えた獣共が、もうここまで来たのか。
……あいつらに見つかれば、終わる。
だが、伝えられない。
喋れない。
どう言う?
逃げろ?
襲われる?
精霊を使え?
どれも――届かない。
「もぉっ! ハルくんが起きちゃうのにっ!」
美和は、扉へ向かう。
(……ダメだ!)
ビッツは即座に前に回り込む。
「ワンちゃん……ごめんね? ちょっと待ってて」
すり抜けようとする。
咄嗟に、服の裾へと飛びついた。
(行くな!)
だが。
ぽん、と頭を撫でられる。
優しく。
何の疑いもなく。
そして、するりと離される。
そのまま、美和は外へ出ていった。
ビッツは、一瞬、呆然とする。
(……これが愛し子の力か……?)
はっと我に返る。
遅い。
すぐさま外へ飛び出す。
だが――
間に合わなかった。
結界付近へ駆けつける。
そこに、美和の姿はない。
ただ一つ。
地面に転がる、小さなヘアゴムだけが――残されていた。
ついさっきまで、そこに居たはずなのに。
——匂いだけが、まだ残っていた。




