第10話:見誤り
水、土曜日の更新です。
ログハウスへと続く小道を、美和が先頭で歩く。
「すぐそこなんです。大した家じゃないですけど」
その言葉とは裏腹に――
レオは、禁足地に足を踏み入れた瞬間から違和感を覚えていた。
空気が、変わった。
一歩進むごとに、
一段、また一段と濃く、深くなる。
(……精霊の匂いが、濃すぎる)
鼻腔を刺す、魔力の気配。
ビッツも落ち着きなく尻尾を揺らしている。
「レ、レオさん……ここ……なんかヤバくないっすか……俺……吐きそう」
「吐くなよ」
短く返すが、余裕はない。
進めば進むほど、精霊の気配が増していく。
見えないはずの存在が、確実にこちらを見ている。
――俺たちの動きを、一つも逃さない。
無数の視線。
一つ間違えれば、消し炭だ。
レオは気配を研ぎ澄ませる。
そして――
「ここです」
美和が立ち止まった。
そこにあったのは、木造の小さなログハウス。
だが。
「……は?」
禁足地の中心付近。
誰も近づけないはずの場所に――家。
柵に囲われた庭。
整えられた畑。
青々と実る野菜。
井戸。
それだけではない。
森の奥だというのに湿気は抑えられ、
風は穏やかで、
温度は一定に保たれている。
(……あり得ない)
自然では起こり得ない。
いや、禁足地では“異常”だ。
「精霊の、加護か……?」
思わず漏れた言葉に、美和が首を傾げる。
「え? よく分からないですけど、ここだけ住みやすくて。精霊さんが手助けしてくれてて」
――手助けのレベルではない。
そもそも精霊が“手を貸す”こと自体が異常。
この女は、それを理解していない。
レオの額に、じわりと汗が滲む。
ログハウスへ近づくほど、気配は濃くなる。
屋根の上。
畑の間。
井戸の縁。
――精霊だらけだ。
レオは一つの可能性に行き当たる。
(……これは確実に)
精霊の加護。
ここまでの寵愛を受けられる存在は限られている。
精霊の愛しき子。
古い伝承にしか現れない特異点。
レオは無意識に美和を見る。
彼女の周囲で、精霊が舞っている。
笑っている。
無防備に。
指先で精霊をつついている。
あり得ない。
高位精霊に触れようとすれば、普通は消し飛ぶ。
(この女……まさか……)
一方。
ビッツはじり、と一歩下がっていた。
視線は、美和ではない。
その腕の中の赤子。
(俺、赤ん坊って苦手なんだよな……)
急に泣く。
急に動く。
急に吐く。
――それは、表向きの理由。
黒髪、黒目。
この世界で、両方が黒という存在はない。
黒に近ければ近いほど魔力は濃い。
あの子は――まるで、魔力の塊だ。
「レオさん……俺……」
「……分かってる。少し黙れ」
今は精霊の動きを読む方が先だ。
一つ間違えれば、終わる。
レオは周囲を慎重に見渡す。
ビッツは眉間に皺を寄せ、さりげなく視界から赤子を外した。
「どうぞ、入ってください」
美和が扉を開ける。
室内に一歩踏み込んだ瞬間。
レオは、確信した。
(……間違いない)
家の中ですら、精霊が漂っている。
壁。
天井。
テーブル。
水場。
特に――
美和の背後。
赤の精霊がいる。
しかも複数。
悪戯好きで無慈悲な高位精霊。
本来なら王族級でなければ近づけない存在。
それが。
彼女の背後で、くるくると舞っている。
守るように。
囲うように。
(……やはり、この女か)
精霊の愛しき子。
森が守る存在。
禁足地に家を持つ女。
「お茶……あ、いや、葉っぱ煮出したやつですけど」
美和はにこにこと準備を始める。
その足元で。
小さな光が、赤子の頬を撫でた。
遥斗のまつ毛が、ぴくりと動く。
「レオさん……」
「あぁ」
「……この人、ですよね」
レオはゆっくり頷く。
「間違いない」
精霊の愛しき子は――
この女だ。
そう確信した、その瞬間。
遥斗の小さな指が、無意識に空を掴む。
――ふわり。
赤の精霊が、そっと頬に顔を寄せる。
まるで。
主に囁くように。
だが。
大人たちは、誰も見ていなかった。
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