「愛されていない」のは貴方の方ですが?
「アルビーナ! お前との婚約を破棄する!」
私は年に一回開催される学園のパーティーで婚約者のフーベルトからそう告げられる。
彼の隣には学園へ編入してきたマルガレータ伯爵令嬢の姿。
フーベルトは彼女の腕を掴みながら、私を指さして続ける。
「お前は悪女だ! 俺の顔に何度も泥を塗ろうと人前で侮辱し、笑い者にしようとした!女は男を立てるべきだというのに……! お前のような人間は俺の婚約者に相応しくはない! よって俺はお前との婚約を破棄し、真に愛するマルガレータと婚約する!」
生徒達の注目を集める中、フーベルトは得意げに笑う。
「俺はお前の事など愛した事がない……いやそもそも、お前のような悪女、誰からも愛される訳がない! 俺に捨てられ、その驕り高ぶった性分を恥じる事だな!」
私は長々と溜息を吐く。
フーベルトが賢い方ではない事は知っていた。
とはいえ、まさかここまでだとは。
婚約者ではない女を連れ回したまま堂々と乗り換え宣言をする。
しかもまだ書面上は続いている婚約がある上で。
本来ならば信じられない暴挙だが、彼は傲慢で、如何せん自分に対して自信がありすぎる。
自分が正しいと思った事は何が何でも正しいと思い込む癖があった。
彼のこの暴挙は、正直想定内とも言える。
私と彼は決して仲が良い方ではなかった。
彼は侯爵家という上位貴族でありながらその立場の人間として相応しくない言動を多くとっていた……例えば別の女性を従えている今のように。
私はそれを正論で指摘し、理詰めしてしまっていたので、彼の自尊心は大きく傷つけられていた事だろう。
……一般的な感性を持つ貴族ならば、私の方が当然の反応だとは思うのだが。
そんなこんなで、仲が良くない――いや、不仲だった私達。
感情や衝動に走りがちな彼が信じられない暴挙に出たところで最早驚きはしない。
そしてこの婚約破棄がある程度想定内と悟られてしまうフーベルトの品性。
それは勿論、私以外にも知られている事だろう。
「失礼」
私が冷ややかな視線をフーベルトへ送っていると、周囲の生徒の中から、一層華やかな正装に身を包んだ男子生徒が姿を現す。
美しい顔立ちに金髪碧眼。物語からそのまま出て来たかのような、誰もが息を呑んでしまいそうな美青年。
エーベルハルト王太子殿下。
我が国の未来を背負う尊きお方だ。
彼は学園で生徒会会長を務めており、生徒会会計である私とは面識もあった。
「え、エーベルハルト殿下……!?」
「いやね、婚約を白紙にする云々については二人の問題だから口を挟むつもりはないのだが……というか是非歓迎なのだが。それはそれとして、その方法や彼女を詰る貴殿の言葉遣いまでは見過ごせなくてな」
「い、いくら殿下と言えども、俺達の関係に口を出すのは――」
「侯爵家というのは、我が国の国民の中でも高貴な地位に当たる。その様な者が目に余る行いによって国の面子を潰す事を、王族である私が看過できる訳もあるまい」
「な……ッ」
「どのような理由があれ、高貴な人間が女性に直接的な罵倒を浴びせて詰る。……これが侯爵家に生まれた者として相応しい行いでない事を重々理解願いたい」
エーベルハルト殿下の声が低められる。
普段は人当たりがいい事で知られる彼の顔には辛うじて笑みが浮かべられているが、その心中が穏やかではない事は明らかだ。
「し、しかし……っ、元はと言えばこいつが」
「悪いが、貴殿の話す彼女の悪行とやらを私は知らない。私が咎めることが出来るのは、この目で確かめたものか、充分な証拠が揃っているものに限られる。ああそれと、もう一つ。貴殿の発言には誤りがあるな」
それからエーベルハルト殿下は私へ視線を投げた。
目が合うと、フッと彼は優しく微笑む。
「聡明で品格もあり、気配りまでできる彼女が――人から愛されない訳があるまい?」
瞬間、バシッという音と共にフーベルトの手が振り払われる。
マルガレータだ。
彼女は自分の腕に触れていたフーベルトの手を引き離すと、冷たく彼を見据えた。
「な……ッ、ま、マルガレータ……!?」
「まさか本当に、このような浮気をする男だったなんて」
彼女はそう吐き捨てるとさっさと彼から離れ、私へと距離を詰める。
「勝手に言い寄ってきた挙句、真の愛などと言われましても。私の心には何にも響きませんわ」
掴まれていた腕をぱっぱと払ってから――マルガレータは私と腕を組んだ。
「な……!」
「私が本当に愛するのはアルビーナだというのに」
フーベルトが唖然とする。
それも仕方のない事だ。
マルガレータは辺境に住む伯爵家の娘だ。
幼い頃から面識があり、私達は幼馴染として付き合ってきたが、顔を合わせる機会はそう多くなかった。
故にフーベルトは私達が学園に在籍するから付き合いのある親友である事を知らなかった。
……そして編入してきたマルガレータが、フーベルトの悪行を公にすべく動いている事にも。
フーベルトはマルガレータに目を付ける前から何名かの女性と不義を働いていた。
編入してすぐにそれを知ったマルガレータは、彼との婚約解消の為、確固たる証拠を作るために密かに動いてくれていたのだ。
そして――この場に集まる大勢の生徒達の目。
彼等もまた、フーベルトの日頃の行いを知り、たったさっきまで、堂々たる浮気をしていた彼の行いをしかと見届けた者達だ。
当然、彼らの視線は鋭く冷たい。
「何故アルビーナが生徒会として推薦されたと思っている? それは生徒からの信頼を集めていたからに他ならないというのに」
フーベルトは漸くおのれの立場に気付いたのだろう。
殿下からの言葉を浴びながら、顔を蒼白とさせて震え上がっている。
……勝敗は決した。
どちらが悪なのかは明白。これ以上彼と対話する必要もないだろう。
同意を求めるような殿下の視線に気付いた私は小さく肩を竦め、こう言い放った。
「まぁ、少なくとも……『愛されていない』のは貴方の方ですよね? フーベルト」
顔を真っ赤にし、怒りに狂う彼に私を含んだ大勢がドン引きしたのはこれから三秒後の事である。
***
さて。
それからすぐに私とフーベルトの婚約は破棄された。
我が家から事情を説明し、申し出たのだ。
孤立したフーベルトは学園へ来なくなったし、事の顛末を聞いた彼の両親は彼を廃嫡したそうだし、彼の悪評は社交界にも広まっているから、今後顔を合わせる事はないかもしれない。
「君が愛されていないだってさ」
さて。
ここは学園の中には。
周囲にはこれまた昼休憩を楽しむ生徒が集っている中で、エーベルハルト殿下は満面の笑みを浮かべて立っている。
「そんな訳がないのに。……なぁ?」
そう同意を求める彼の腕の中には何故かバラの花束が。
「……殿下。これは一体」
「わからないか? 君への気持ちだ……まぁ、ほんの少しばかりではあるが」
それを殿下は私へと差し出す。
「さて、罵詈雑言を浴びせられている女性を庇い、男を罰し、女性が一人身となった途端に花束を用意してくる男がいる。一体何故だろうな」
私は言葉に迷う。
分からなかったからではない。
私が辿り着いた答えが、あまりに多ごとになり兼ねない案件だったからだ。
しかしエーベルハルト殿下は私の躊躇いを汲んではくれなかった。
「婚約してくれ、アルビーナ」
ワッと周囲から歓声が上がる。
勘弁してほしい。
……彼の気持ちが嬉しくない訳ではない。
けれど、私は普段澄まし顔の侯爵令嬢兼、生徒会会計として振る舞っているのだ。
おまけに前の婚約者はクズ男。ろくな恋などしては来なかった。
なのに――こんな迫り方をされては、困ってしまうというものだ。
じわじわと頬が熱くなるのを感じ、頼むから赤くはならないで欲しいと願う。
目の前では真剣なまなざしを向けるエーベルハルト殿下がいる。
その美しい碧の瞳に魅入りながら、私は恐る恐る手を伸ばした。
「そ、その、……喜んで」
普段は美しく大人びた印象を持つ殿下が、まるで子供のような喜びを顔に浮かべる。
それが愛おしくて、嬉しくて、恥ずかしくて、私は俯く事しかできない。
エーベルハルト殿下は私を抱きしめ、私も彼の温もりに身を委ねる。
「俺は君を手放すつもりなんてないからな」
「私だって、離れるつもりはありませんよ」
私達は間近で顔を見合わせながら笑い合ったのだった。
尚この数分後。
拍手喝さいの空気の中、出遅れたマルガレータが駆け付け、事情を知り「私のアルビーナがぁ!!」と半泣きになったり、そんな彼女を見て得意げにエーベルハルト殿下が自慢したりと、ちょっとした騒ぎが起きるのだけれど。
……それはまた別の話である。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




