episode 3
仕方なく立ち上がり壇へと向かう。せめてもの抵抗の意思として牛歩戦術を採ろうかと一瞬考えるも,公文がそれを見て必死に笑いを堪える様が容易に想像できて急にバカバカしくなった。
ままよ,どうにでもなれ。
壇に立ち室内を見回す。ざっと50人程度か。全校生徒は960人だったから,それを考えるとそう多くない。うん,たった50人の前で恥をかくだけだ。大したことじゃない。
必死に自分に言い聞かせている最中気付く。
あれっ,恥かくの前提になっていないか? というか公文のやつもそれ前提で話してない?
「伏見恭兵です,東中からきました。一応覚醒者です,よろしくお願いします」
「どんな能力か言えー」
曖昧なまま済ませようとしたら,公文のやつが野次を飛ばしやがった。この野郎,自分は覚醒者じゃないからって気軽にイジりやがって。
「最初に言ったけど,どんな能力か説明して欲しいんだけど」
遂には先輩まで俺の逃げ道を塞ぐ始末だ。手遅れだと自分でも思うが最後の抵抗を試みる。
「いやでも,俺の能力ってホントに大したことないですよ? 全っ然役に立ちませんし」
「役に立つかどうかはまだ分からないでしょ。自警団は異能に関して言えば専門家集団だ,使い方に関してはある意味本人よりも詳しい。実際紅葉に入団した覚醒者の内,ほとんどの団員が入団後に使い方の幅を広げている。自身の異能を深く理解するためにも各隊振り分けの参考のためにも,どんな能力か教えてもらっているんだ」
詰んだ。これでもう逃げ場が完全になくなってしまった。
後はもう投了するだけだというのに,それでもまだ往生際悪く「ホント大したことないですよ?」と悪足掻きしながら目を閉じて集中する。まぁ,能力の発動自体はそれほど難しくないから目を閉じる必要はないんだけど。
俺は能力を発動した。
「……」
「…………」
「………………」
「……時間限られているから,早くしてくれない?」
「ぶっははははははっ! もう無理っ! 我慢できねぇー!!」
公文の爆笑する声が室内に響く。そのせいで体がたちまち熱くなる。多分顔も赤くなっているだろう。つーか公文のヤロウ,笑い過ぎだろ。
ただ公文と俺以外は全員ポカンとした顔をしている。そりゃそうか。クソっ,毒はもう食ったし皿までか……
「……もう発動してますけど」
「えっ!? どんな能力?」
クッ,悪気がないことも先輩だということも分かっているけど,この反応ムカつくな。
一頻り笑った公文が,涙目を拭いながらようやく助け船を出した。
「先輩,そいつの近くに手を伸ばしてみてください」
「……冷たっ。何これ?」
「……温度を変えることができる能力,です」
その時,最初に自己紹介をした隠岐とかいう男子生徒がぼそりと呟いた。
「しょぼいな……」
ぷっ,くくくっ。
その言葉に釣られたのか,あちらこちらから忍び笑いが連鎖的に聞こえる。
アッハッハ,何だろうなこの空気。気遣われて微妙に笑われるくらいなら,いっそのこと爆笑される方が清々しいのだが。公文だけは腹抱えているし。
「えーっと,コントロールはできるんだよな? 温度とか効力が及ぶ範囲とか」
「最大で,自分の周辺半径5メートルまでの空気の温度ならコントロールできます。温度変化に限界はないと思いますけど,あまり上げ過ぎたり下げ過ぎたりだと俺が耐えられないです」
「しかも身体運動が激しく複雑になると集中切れて,コントロールが利かなくなるんだよな。だから益々戦闘向きじゃない」
「うるせぇよさっきから! つーか笑いながら補足すな!」
「まぁまぁ。戦闘向きじゃなくても,要は使い所だから。例えば……エアコンは年中要らないじゃん」
「フォローになってないです!!」
今度こそドッと室内が湧いた。
チクショー全部公文の思い通りじゃねぇか! 覚醒者ってだけで過度な期待されて,挙句の果てにこんな風に赤恥かくだけだもんな。これだから初対面相手の自己紹介ってのは大っ嫌いなんだ!
教室中に渦巻く笑い声の中,俺は腹の奥で絶叫した。
「かっはっはっはっはっはっ! 今年は面白いやつがいるな!」
清岳高校自警団紅葉特別活動室,通称「団長室」。
上座に座った男が正面のスクリーンを見据えて爆笑した。スクリーンには第3活動室で顔を真っ赤にしながら笑われている伏見が映し出されている。
「いくら校内とはいえ……やはり盗撮はまずいのでは?」
「んんっ?! 盗撮とは聞こえが悪いな。たまたま紅葉の備品である小型カメラが,仮入団の説明役に任命された第1部隊隊長補佐の胸ポケットの中にあって,更に偶然にもその電源が入り,奇跡的に撮影された映像が団長室に送られてきているだけじゃないか」
「……普段は口数の少ない知念さんが説明会では異常な程饒舌なのも,作為によるものではないと?」
「当然だ,決して仮入団した新入生の様子をこと細かく観察するため時間を稼いでいたわけではない」
「……確信犯ですね」
「で,どう思ったわけ? 団長として,偶然新入生の様子を見た印象は?」
「一概には言えないが,なーんか腹に一物抱え込んでいそうな連中ばかりだな。専門家としてはどーよ?」
「んーとね,直接じゃないからフルに能力使えたわけじゃないけど,概ね同じ意見だよー。嘘は吐いてないけど全て話したわけじゃない,みたいな子が何人かいるかな」
「ま,その辺は実際に見た知念と意見を擦り合わせながら詰めてきゃいい」
「しかしまだ途中とはいえ,あまり実戦向きの覚醒者はいないようですね。どちらかというと情報収集や分析向きの生徒が多いようです」
「おいおい,そりゃお前からするとそうだろうよ。中学の時から実戦に参加し,本部入団と同時に,しかも戦闘集団である第1部隊の部隊長に就任て。一緒にしたら他の新入生がかわいそうだろ」
「………わざわざそんな言い方で言い包めなくても」
「まあまあ,こいつの性格が悪いのは元からだしそう気にしないで」
「とにかく腹の中がどす黒いやつらもだ,仮入団期間でその一物ってやつを明らかにすればいいわけだし,一見役に立たない能力も実戦では使える可能性が全くないわけじゃないしな」
まぁ,こいつは望み薄そうだけど。ハスキーな声でそう切り捨てて,彼は続けた。
「それも含めて,見極めながら各隊に配属していくぞ」
上座に座った彼はそうまとめて,ニヤリと不敵に笑いながらスクリーンに目を向けた。




