episode 2
……というような,俺達の年代であれば誰しも耳タコなくらい聞いたことのある話を長々と仮入団会説明役の団員は話し続けている。
というか,紅葉の現役の団員でもあの胡散臭い都市伝説を信じている人いるんだな。
呆れながら教室内を見渡すと退屈そうな顔がいくつも目に留まった。堪らず,俺も声を潜め隣りに座る公文に話しかける。
「なあ,これっていつまで続くんだ?」
「知らね。ってか仮入団くらいでは団長とか拝められないんだな」
公文はそう言って,ふあっと欠伸をして寝惚け眼を擦っている。
確かに拍子抜けと言えば拍子抜けだ。自警団紅葉と言えば日本でその名を知らない自警団員は存在しないくらい有名で,現団長の菅原宕は歴代最強の団長と言われている。ここにいる入団希望者の大半が団長を一目見るために仮入団したようなものだろう。
自警団紅葉は,神奈川県は横浜にある清岳高校を本部とする国認定の自警団だ。団員は本部だけで50余名,中学校含む自警区域内の支部を含めるとその数は2000を超える。団員は全国的に有名な者もおり,中には自警団法成立前から名を知られている者もいる。まだ団長は4代しかいないが,菅原は歴代最強であると同時に現行の全自警団の団長の中でも1,2を争う実力者だとされる。そのため彼に憧れ紅葉の門を叩く者が跡を絶たないらしい。
でもそれって,冷やかしで入団するやつもいるってことじゃないか?
「――ということであるから,仮にとはいえ新たな自警団員となった君達も先人の苦労を称え,責任と誇りを胸に行動してほしい」
ようやく説明役の団員が話し終えた。そこそこの役職であるらしいその先輩に拍手が送られるも,冗長な説明に集中が途切れたのかその音はパチパチと疎らだ。
「さて。前置きはこのくらいにして,入学したばかりだからお互いに名前も知らないだろうし,打ち解ける意味でも順番に自己紹介をしてもらいたい。……じゃあ,一番右のその列から」
今まで長々と話していたその先輩は俺の座っている窓際の列を指し,自分は壇から降りて出入り口の扉に寄りかかる。1人ずつ前に出て自己紹介しろということだろうか。不意に各人注目を浴びると分かり集まった生徒達が騒然とする中,1番前に座っているいかにも頭の良さそうな男子生徒が特に躊躇う様子もなく壇の上に立った。
「隠岐智密です。覚醒してないので特別なことができるわけじゃないですけど,情報収集や分析とか,デスクワークで頑張りたいと思っています。よろしくお願いします」
思った通り頭脳派か。大した興味もなく,彼が席に着くのを拍手しながら見送る。すると扉に寄りかかっていた先輩は拍手が収まった頃に,思い出したように付け加えた。
「隠岐君は覚醒していないことを明かしてくれたけど,覚醒している場合はどういった能力なのか大まかに説明してくれ。各隊に振り分ける時の参考にするから」
マジかっ!?
他の生徒は特別なことを注文されたわけでもなさそうに澄ました顔をしているが,とある事情を抱える俺はそういうわけにもいかない。たちまち背中に嫌な汗が浮かぶのを感じる。
うわぁ……前に出たくねぇ,ってか帰りたい。あー,当たり前といえば当たり前か。非覚醒者や戦闘向きじゃない覚醒者を実戦に連れて行くわけにはいかないもんな。くっそー,油断した。何で気付かなかったんだよ,フツーに分かりそうなもんだろ。ってかそういうことは先に言っとけ後出しすんな。
自分でもあんまりだとは思うが,逃げ出したい一心から先輩にまで八つ当たりする始末だ。しかしそうしている間にも,自己紹介は着々と進んでいく。今は丁度,俺の3つ前の席の女子生徒が能力を披露しようとしている。彼女の説明によると光の波長に干渉する能力らしい。しばらく目を閉じてから彼女が黒板に触れると,触れた箇所を中心に黒板の色が深緑から鮮やかな桜色へ変わっていく。その様子に室内から溜息が漏れた。
あー,なるほど。可視光スペクトル上の波長に干渉して色を変えているのかぁ。あ,もしかして最初に目を閉じていたのは,頭の中でイメージを作るため? すごいなぁー,見た目派手だなー。
若干テンションがおかしくなってきた。というかそんな派手な演出してんじゃねぇよ,後の人のハードル上がるだろうが。
拍手に怨嗟を混ぜながら,色が元に戻りつつある黒板を半目で見遣る。
今のところ一番目立つ能力だったな。……どうしよう,覚醒していないフリするか? さっき先輩は各隊に振り分ける時の参考にすると言っただけで,絶対に申告しろといったわけじゃない。申告しなければ入団できないとも言っていないし,何らかの罰則があるとも言っていない。嘘吐いてバレたら咎められるかもしれないけど,さっきの言い方だとそこまで目くじら立てられるわけでもなさそうだ。うん,よし。覚醒していないフリをし――
「お前さ,覚醒していないフリしようとか考えてない?」
ビクッ,と不意にかけられた声に反応して背筋が凍る。隣の席から,公文がニヤケ顔を浮かべながら続けた。
「いくら覚醒しているとはいえ能力があれだもんなぁ。あってもなくても変わらないってかない方がむしろマシ? みたいな能力じゃ隠したくなるのも無理はねぇよ。だから例えばお前が必死に言い訳並べ立てて覚醒していないフリをしても,誰もお前をチキンとは呼ばな」
「思ってない思ってない。そんなこと微塵もこれっぽっちも少しも全く一片たりとも塵芥ほどにも思ってない」
「そうか? じゃあお前はハードル上がりまくっているこの空気を台無しにできる勇者なんだなー。いやー,先輩も助かるだろうよ,自己紹介でガチガチに緊張されても困るだけだし,誰かが思いきりやらかして空気を和らげてもらわないと」
ハメられたっ! ってか言外に嘘吐いたらチクるって言ってね!?
どう撤回したものか考えようとしたけれど,前の席の生徒も自己紹介が終わり俺の番が回ってきた。
クソッこの野郎,タイミングも計算してたな!?
キッと睨め付けたが公文はまるで大物のように踏ん反り返り,皆まで言うなと言わんばかりに右手で制した。
畜生……中学までにこいつとの悪縁を切っておくべきだった。




