表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈緒  作者: 岡本圭地
13/13

13.その後の二人


 ——年が明けた二○○○年、一月。


 その日は、雪が降りそうなほど、厳しい寒さだった。



 喫茶店で、ホットコーヒーをすする真一。


 そこへ近寄ってくる、一人の女性。



「荻野真一センセー!」


 少し鼻にかかった声。


 懐かしさを感じながら、真一は振り向いた。



 だが、そこにいたのは、見知らぬ女性だった。


 誰だろう?


 一瞬そう思ったが、よく見れば、それは奈緒だった。



「あっ……奈緒さん?」


 すぐに奈緒だと認識出来なかったのは、彼女の容姿が、ガラリと変わっていたからだ。


 派手な色をしていた髪は黒くなり、奇抜な服やメイクも落ち着いたものになっていた。



 真一は、ポカンと口を開け、奈緒を見つめた。


 やはり美人だ、と改めて思った。



「遅れて、ごめんねー。さっき、ナンパされちゃってさー。超ウザかった。てかさ、今日マジ寒くね?」


 喋り方は変わっていないようだ。


 真一は、妙な安心感を得た。



「髪、黒くしたんですね。似合ってますよ」


 真一の言葉に、奈緒は少し照れた顔をした。


「もう二十歳になったからね。ちょっと落ち着こうと思って」





 ——あの日、包丁を振り回した真一は、駆けつけた作業員達に取り押さえられた。


 警察署での取り調べ中、真一は奈緒の名前を決して出さなかった。


 最後まで、奈緒を庇うつもりだったのだ。



 だが次の日、奈緒が警察に出頭する。


 真一を刺してしまった事、岡賢太に家を燃やされ父を亡くした事、その復讐を遂げたかった事、全てを洗いざらい話したのだ。



 事態は、一変した。


 真一は釈放され、代わりに殺人未遂として、奈緒が捕まった。



 やがて岡賢太のもとに、捜査が及んだ。


 当初、岡賢太は否認を続けた。



 だが、動かぬ証拠を突き付けられ、犯行を認めざるを得なくなった。


 その証拠とは、家宅捜査の際、岡賢太の部屋から見つかった壊れた眼鏡だ。


 これが、現場にあった眼鏡レンズの破片と一致した。


 岡賢太としては、万が一にも見つかってはいけないと考え、捨てられなかったのだ。




 奈緒の殺人未遂については、早めに裁判が行われた。


 評議の結果、まだ奈緒が未成年であった事、被害者である真一が訴えない事、また父親を殺された心情を汲んで、執行猶予付きの判決となった。


 その後、奈緒は真一のいる△△県で、古着屋のアルバイトを始めた。 



 真一の方は、教員を続けている。


 住居はアパートへと変わった。


 両親と一緒に、移り住んだのだ。


 やがて年が明けると、奈緒から連絡があった。




 そして二人は、今日、久しぶりの再会を果たす事になったのだ。


 待ち合わせは、映画館の近くにある喫茶店だった。



「それにしても、まさか映画を見に行こうだなんて、奈緒さんから誘ってくれるとは、思いませんでしたよ」


 真一の言葉に、奈緒は耳をポリポリと掻いた。


「てか、閉じ込められてた時、センセーが映画に行こうって言ったんじゃん」



 真一は思い出した。


「ああ……言いました、言いました。ここから出られたら、映画を見に行きましょうって、確かに」


「でしょ?」



 ふと奈緒の視線は、真一の腹部に向けられた。


「センセー、お腹はもう大丈夫なの?」


「お腹? ああ……、ちょっと傷跡が残ってますけど、もう何ともないですよ」


 真一が服を捲り上げて、見せようとした。


「いいよ、見せなくて。こんなところで!」


 苦笑いを浮かべる奈緒。




 二人の間に数秒間、沈黙が流れる。


「……ごめんね……あの時、痛かったでしょ?」


 奈緒は、申し訳なさそうに言った。



「さすがに、痛かったですね。でも刺される瞬間、両手で包丁を掴んでいたから、そこまで深く刺さらなかったですよ。それよりも……」


 真一は間を置いて、唇を舐めた。



「……まさか次の日、奈緒さんが警察署に来て、全てを打ち明けるとは思いませんでしたよ」


「まあ……何だろーね……心境の変化ってやつ? とにかく悪いのは私だからね」


 奈緒は、気まずそうな笑みを作って、目を伏せた。




 しばらくして、奈緒は小声で言った。


「私を止めてくれて……庇ってくれて……」



(……ありがとう)


 最後の、ありがとうは、唇だけが動いた。



「え? 何か言いました?」と、真一。


「ん……別に」


 奈緒はメニュー表を広げ、顔を隠した。





 三十分後、映画館の席に着く二人。


 奈緒は、真一が持っていたポップコーンに手を伸ばすと、一握り掴んでムシャムシャと食べ出した。


「あ、それ僕の……」


「ちょっとくらい良いじゃん、ケチくさいなー」


 奈緒の相変わらずの態度に、真一は、やれやれといった顔で笑った。




 映画は、家族愛をテーマにしたヒューマンドラマだった。


 二時間後、終盤を迎える。


 夕陽の中、父と娘が手を繋いで歩くラストシーンがあった。


 小さな女の子は、嬉しそうな顔で父親を見上げている。



 グスッ……。


 鼻をすする音がした。


 奈緒が泣いているのだ。



 真一は、奈緒の横顔を見つめた。


 スクリーンの光に照らされた奈緒の横顔は、とても美しかった。


 しかし、その美しさの内側に、今にも崩れてしまいそうな、もろさ、儚さを感じた。



 これからも奈緒は、心に大きな傷、深い悲しみを抱えて生きていくのだろう。


 そんな奈緒の横顔を見つめながら、真一は思った。





 彼女を、守ってあげたい。


 不幸な道に進まないように——







おわり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ