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奈緒  作者: 岡本圭地
12/13

12.空から降ってきた声



 突然、遠くからバタバタと足音がした。


 奈緒と真一の元へ、人が駆け寄って来たのだ。


 

 それは、土砂災害を中継している、地元テレビのスタッフ達だった。


 彼らは、土砂に埋まった家から男女が救出された、という情報を聞きつけたのだ。



 一瞬にして、テレビカメラ、照明、マイク、スタッフ達が二人を取り囲んだ。



 早速、緊急生中継が始まる。


 ヘルメットをした三十代の女性リポーターが、カメラに向かって喋り出した。



「スタジオの皆さん、聴こえますでしょうか? こちら、◇◇市◯◯町の土砂災害の現場です。実は今、こちらで救助された方がいるという情報を得て、やってまいりました! ご覧下さい、画面後方にいる、このお二人です! 土砂に埋もれた家から、先ほど救助されたそうです!」



 女性リポーターが、真一と奈緒に近づく。


「やっと救助されたという事ですが、今の率直なお気持ちを、お聞かせ下さい」



 マイクを真一に向ける。


「う……ぐぐ……」


 腹部の痛みで、唸り声を出す真一。


 奈緒は、真一の胸に頭を埋めたままだ。



 包丁は周りからは見えない。


 奈緒が、バスタオルを羽織っているため、隠れているのだ。


 ゆえに、はたから見ると、二人が抱き合い泣いているように見えた。




 女性リポーターが沈痛な面持ちで、二人を交互に見た。


「……声にならないようですね。土砂災害から丸一日、やっと救出され、感極まっているご様子です。特に、男性の表情からは、この一日が、どんなに辛い状況だったのかが、伺えます」



 ここで、カメラマンが二人へと近付いた。


 寄り添い合う、真一と奈緒を、近距離で撮り続けた。


 今、感動的な映像が、県内、お茶の間のテレビに映し出されているのだ。




 女性リポーターの目頭が、熱くなった。


 涙を堪え、再び真一にマイクを向ける。


「ところで、お二人は、ご夫婦でしょうか? それとも、ご兄妹……」


 言いかけて、女性リポーターは言葉を詰まらせた。


 異変に気付いたからだ。



 二人の足元に、赤いものが、ポトリポトリと落ちている。


 女性リポーターの視線が二人の足元から、ゆっくり上がっていく。


 やがて視線の先が、真一の腹部で止まった。



 ゴクリ。


 女性リポーターは生唾を飲み込むと、奈緒が羽織っている大きなバスタオルを、そっとめくってみた。



「キャアァァ!」


 血塗られた包丁を見て、女性リポーターは大きな悲鳴を上げた。



 真一は驚いて、目を開いた。


 さっきから、周りに人がいる事には気付いていた。


 だが、奈緒が包丁を持っている事を知られてはいけない。


 目を閉じて無視していれば、そのうち何処かへ行くだろう。



 そう真一は考えていた。


 だが、そうはいかなかった。


 遂に包丁を見られてしまったのだ。



 このままでは、奈緒が犯人になってしまう。


 何とか誤魔化さなければ。


 そう考えた真一は、奈緒の手をどけ、自分の腹部に刺さった包丁を引き抜いた。



 抜いた瞬間、激痛と共に血が一気に溢れた。


 それでも真一は痛みに堪え、包丁を振り回した。



「うおおぉぉ! お腹が痒かったら、刺したんだぞぉぉ! 自分で自分を、刺したんだぞぉぉぉ! 凄いだろぉぉぉ!」


 訳のわからない事を叫んで、包丁を振り回す真一。


 恐怖に震えた女性リポーターとカメラマン達は、一斉に逃げ出した。



 真一は「うおおお」と叫び、なぜか彼らを追いかけた。


 自分でも、なぜこんな事をしているのか、よく分からなかった。


 ただ奈緒を庇いたい。


 その一心だった。



「うおらぁー! うおらぁぁぁぁー!」


 奇声を上げる真一は、どこまでもスタッフ達を追いかけた。

 




 ぽつんと、一人きりになった奈緒は、立ち尽くした。


《奈緒……奈緒……》


 空から、和夫の声が降ってくる。



「お父さん?」


 空を見上げる奈緒。



《奈緒が不幸な道に進まないように、空の上から見守っているからな……》


 和夫の声が、ハッキリと耳に届いた。


 

 岡賢太を、包丁で刺そうとした時、止めたのは真一ではなかった。


 父の和夫だったのだ。


 奈緒には、そう思えてならない。


 思わず空に叫んだ。




「おとうざあぁぁぁん!! おどうざああああああああああああああああああああああああああああ———————————!!!!」



 奈緒は涙と鼻水、涎を垂らして崩れた。


 その倒れ方は、まるで銃に撃たれたかの様だった。



 力が抜けたように、ぬかるんだ泥の中に膝をつく。


 泥水がスローモーションで飛び散った。



 次に、頭から泥水に突っ伏すると、ゆっくりと横向きになった。


 泥まみれの髪が顔に、まとわりつく。


 口の中まで泥が入った。


 オシッコも漏らした。





 ……死んだように動かない奈緒。


 やがて奈緒は、血と泥で汚れた手をバッグに入れる。



 取り出した物は、真っ黒に焦げた、L字形の物体。


 それはかつて、奈緒の絵が入っていた、あの銅製の額の一部だった。



 和夫が、死の間際に抱きしめていた物だ。


 実は火事の後、燃え残った遺留品として、奈緒に手渡されていたのだ。


 奈緒にとっては、父の形見とも言えた。



 それを今、奈緒は胸にあて、強く抱きしめた。


 和夫が炎の中で、抱きしめていたように。




 その瞬間……。


 奈緒が思い出さないよう、鍵をしていた記憶の扉が、音もなく爆発した。


 木っ端みじんに吹き飛んだ扉の破片は、やがて光の粒となり、横たわる奈緒に降り注いだ。


 今、父との思い出が蘇る——




 あれは、まだ奈緒が幼かった頃。


 幼稚園からの帰り道、迷子になった奈緒を、和夫はずっと探し回った。


 杖が折れても、和夫はアスファルトを這って探した。


 夜になり、警察の捜索で見つかった奈緒を、和夫は涙を流して抱きしめた。


 その抱擁は強く、奈緒は窒息死するかと思った。




 小学校の運動会では、こんな事もあった。


 親子競技に出場した和夫。


 和夫にとっては厳しい、二人三脚だった。


 杖をつきながら、ゆっくりと奈緒とゴールに向かう。


 先生達の意向で、距離を短くてもらったが、結局は最下位に終わってしまった。


 競技の後、和夫は奈緒に謝った。


 ごめんな奈緒、こんな足で……と。


 そんな悲しそうな父の顔を見て、奈緒は泣き出してしまった。




 また和夫は、仕事が忙しい中でも、近所の料理教室に通った。


 美味しくて栄養のある物を、奈緒に食べさせてやりたかったからだ。


 その甲斐あって、奈緒はいつも美味しい食事を取る事が出来た。


 しかも、食べやすいように、野菜を小さく丸くしたり、甘い味付けにするよう心がけた。


 和夫の料理は、美味しさ以上に、優しさで満ち溢れていたのだ。




 あの火災の一ヶ月前には、こんな事もあった。


 奈緒が、原因不明の高熱を出してしまった。


 そんな奈緒を、和夫は一睡もせず朝まで看病した。


 次の日、奈緒の具合は良くなったが、代わりに和夫が体を壊して寝込む事になった。





 ——いつも私の事を、一番に考えてくれた。


 宝物の様に、大事にしてくれた。


 そんなお父さんがいれば、他に何もいらない。


 これからも、一緒に暮らしていくんだ。


 ずっとずっと、二人で楽しく暮らしていくんだ。



 そう思っていた。


 そう思っていたのに……。


 あいつが、お父さんを奪った。


 何もかも奪った。



 でも……でも……こんな復讐は駄目だよね。



 泥水の中、奈緒は仰向けになり、和夫がいる空を見つめた。


 涙で滲んだ青空は、水面のようにキラキラと輝いていた。





 ——ねぇ、お父さん……。


 聴こえる……?


 私、間違ってた……。


 復讐なんてしたら、不幸な道に進んじゃうよね……。



 ごめんね……お父さん……。


 私、こんな馬鹿で……。


 こんな、どうしようもない馬鹿で……。



 本当に、ごめんね……。


 ねぇ……お父さん、そこにいるよね……?


 聴こえてる……?


 私の声……届いてる……?






つづく……

(次回、最終話)

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