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奈緒  作者: 岡本圭地
10/13

⑩小さな光



 ズォォォォォォォ……!


 絶え間なく、土砂は部屋の中に雪崩れ込んだ。


 奈緒が目を閉じる。


 死を覚悟したのだ。



 ズォォォォォォ……ォ……。


 パラパラパラ……。




 ……。




 音が止んだ。


 土砂の侵入が、止まったからだ。



 奈緒は、ゆっくりと顔を上げた。


 さっきまでの息苦しさが、無くなっている。


 まるで夢から覚めたように、奈緒の意識はハッキリしていた。



 ——あれ? 何だろ、あの光?



 ふと、小さな光が見つけた。


 土砂が入ってきた、窓枠の向こうだ。



 奈緒は窓枠に近づいた。


 何か得体の知れない物が、窓を塞いでいる。


 凝視すると、それは二枚の大きな板だった。


 これが、土砂の侵入を止めたのだ。



 ここで奈緒は、部屋の中に堆積している土砂に目がいった。


 むあっとした土の匂いに、思わず咳をした時。



 ——ん? あれっ?


 あの男が……いない。


 もしかして……ここに、埋まってる?




 その刹那。


「うわあぁぁぁ!」と、大声を出して、真一が土の中から飛び出してきた。



「キャアァァ!」


 奈緒は肝を冷やし、震え上がった。


 真一は四つん這いになり、ゴホゴホと咳き込んだ。


「……あ、あんた、生きてたの?」



 奈緒は、恐る恐る真一の顔を覗いた。


 奈緒の声に、真一が顔を上げる。


 頭に乗っていた土が、バラバラと落ちた。



「え? あ、ああ……奈緒さんですか? 僕、生きてますよね? なんか急に、息が出来なくなって……」


 混乱していた真一だが、しばらくすると、落ち着きを取り戻した。



 そして、不思議そうな顔で「おや?」と呟いた。


 懐中電灯は、土に埋まっているのに、なぜか奈緒の姿が見えるのだ。



 真一は、光に気づいた。


「あれれ? ひ、光……?」


 さらに真一は、土砂を堰き止めている二枚の板にも気付いた。


「え? 何ですかこれ、板? 板ですよね?」



「これが、土砂を止めたみたいだよ」と奈緒。


「あぁ、なるほど。そういう事……」


 言いかけて「あぁーーーっ!」と、真一が叫んだ。



 奈緒は、思わず両耳を押さえた。


「だから、急に大声出さないでって、何回言えば分かんの、バカ!」




「これ、小屋だ!」


「小屋……?」


「僕のお爺さんが、山の上に小屋を建てたんですよ! その壁の一部です! 塗装してるし、間違いないです!」



「へえ〜」


「……しかし、あの小屋がここまで落ちて来るとは。やはり土砂災害の規模は、かなり大きそうですね」


 真一が思いを巡らせていると、奈緒が再び光を見上げた。


「小屋はいいとしてさ、あの光。あれ、外の光だよね?」



 二枚の板の間に、テニスボール一個分くらいの大きさの空洞があった。


 空洞は斜め上へと向かっている。


 光は、その先にあった。



「そうですよ! 外の光ですよ! きっと、そうだ、間違いない! 地上に繋がっている穴ですよ!」



 そう結論づけると、真一の表情に明るさが宿った。


 崩れ落ちてきた小屋の一部は、土砂を堰き止めただけではなかった。


 土砂の中に空洞を作り、外の光をも、もたらせてくれたのだ。



「ここを掘って、外に出れないかな?」


 奈緒が空洞を指差す。


 嬉しそうにしていた真一の顔が曇った。



「うーん……この板を退かしたら、また土砂が落ちてきますよね」


「じゃあ、どうすんの? 穴に向かって叫ぶ?」


「そうですね! 外の人が気付くかもしれないですね!」



 真一は、すぅと息を吸い込んだ。


「えっ、ちょっと……」


 真一の様子を見て、奈緒が距離を取った。



「だーれーかー! いませんかー! すいませーん! ここにいますよー! 閉じ込められてまーす!」


 真一は、声を振り絞って、空洞の向こうへ何度も叫んだ。



 すると突然、辺りがフッと暗くなった。


 あの小さな穴が、黒い影で塞がれたのだ。




「えっ? 何、何?」


 うろたえる奈緒。


 光を遮る影は、左右に揺れた。



「……か……いますか……?」


 男性の声がした。


 外から穴に向かって、呼びかけている様だ。



「やった! 気付いてくれた!」


 真一が、ガッツポーズで飛び上がった。


 奈緒も驚きの後、笑顔が溢れた。




 真一は、空洞へと口を近づけた。


「はーい! います、います! ここにいますよ! 閉じ込められてまーす! 助けて下さーい!」


 すると男性の気配が、フッと消えた。



「あれ?」


 聴こえなかったのだろうか?


 真一と奈緒は、不安になった。




 ほどなくして、再び影が現れた。


 今度は何人かいるようだ。


 しきりに影が動き回り、話し声もした。



 どうやら作業をしているようだ。


 こちら側へ、パラパラと砂や小石が落ちてきた。


 すると向こうの穴が大きくなった。


 サッカーボールくらいの大きさだろうか。




 穴に、ヘルメットをした男性の顔が現れた。


 作業員だ。



「大丈夫ですか?」


 今度は、ハッキリとした声が聴こえた。



 真一は歓喜した。


 思わず手を振った。


「はーい! はーい!」



「そこに、何人いますか?」


「二人です。僕ともう一人、女性がいます」


「具合は、どうですか?」


 作業員がそう言った時、奈緒が真一のシャツを引っ張った。


 昨夜のうちに、コーンポタージュを飲み干した奈緒が、小声で真一に訴える。


「水、水っ!」



 真一は奈緒の訴えに頷くと、作業員に向かって大きな声を出した。


「すいませーん! 水! 水を下さーい! 水をお願いしまーす!」


「ちょっと、待っていて下さい!」



 しばらくすると、穴から長い棒の様なものが入ってきた。


 真一は、それが何か分からなかった。


 だが間近まで来ると、棒の先にペットボトル二つが、固定されているのに気付いた。



「……み、水だっ!」


 真一は、ペットボトルに巻き付いたガムテープをバリバリと剥がす。


 そして、五百ミリリットルのペットボトル、二つを手にした。



 その瞬間、側にいた奈緒が、真一の手からペットボトルを奪い取った。


 蓋をねじ開け、一気に喉に流し込む奈緒。



 ガブリ……ゴブリ……。



 

 新鮮な水が、五臓六腑に染み渡る。


 干からびていた身体が、一瞬で潤った。


 全身の細胞が、踊るように蘇ったのだ。




 ……美味しい。


 あまりにも、美味し過ぎる。


 この世に、こんな美味しい物があったのだろうか。


 奈緒は気付かないうちに、涙を流していた。





 生き返った——


 まさに、その一言に尽きる。



 奈緒は、ペットボトルの水を一気に飲み干すと「ぷはあ……」と、深い息を出した。


 真一も同様だった。


 特に脱水症気味だった真一は、急に水分が補給され、軽い眩暈がした。



 再び、男性の声がする。


「もう少し、そこで待っていて下さいね! すぐ助けに行きますから!」


 真一は涙ぐみながら、叫んだ。


「あ、ありがとうございますっ!」




 どうやら機械は使えないらしい。


 作業員達は大きなスコップを使って、慎重に穴を広げている。


 ザクッ……ザクッ……。


 土砂と、壊れた小屋の壁板などを、ひたすら取り除いた。




 やがて、作業員達の努力のおかげで、地上から部屋へと大きな空洞が完成した。


 大きさは一般的なマンホールくらいだろうか。



 地上からは斜めになっているため、作業員はロープを身体に取り付けて、滑り降りてきた。


 

 真一と奈緒しかいなかった部屋に、ついに第三者が降り立った。


「お待たせしました」と、作業員が言った。


 体格の良い、日に焼けた中年男性だった。


 彼は二人を見た後、さりげなく部屋を見渡した。



 雪崩れ込んだ土砂を見て、少し驚いた顔をする。


 だが、それについては言及せず、穴から出る準備を始めた。



「では、女性の方から、先に引き上げますね!」


 真一は「はい、よろしくお願いします!」と、返事をした。



 奈緒はバッグを拾うと、不安げな顔で作業員に近づいた。


 救命ベルトを、しっかりと身体に巻かれた後、作業員の腕に抱えられた。



 二人を引き上げるのは、外にいる十人を超える作業員達だ。


 彼らは綱引きのように、ロープを引っ張った。


 ズリズリ、ズリズリ……。


 ゆっくりと、空洞を登っていく二人。



 ズリズリ、ズリズリ……。


 地上の光へと、奈緒は近づいた。



 それは、あまりにも眩しかった。


 奈緒は目を開けていられなくなった。




 やがて作業員と共に、地上へと顔を出す奈緒。


 風が、ヒュウと首筋を駆け抜けた。


 その瞬間、奈緒は地上の新鮮な空気を吸い込んだ。



 まさに、魂が浄化されるような気分だった。


 大きな感動さえ覚えた。




 地上に膝をつくと、ゆっくりと立ち上がる奈緒。


 ようやく足の裏が、畳以外のものを踏みしめた瞬間だった。



 奈緒は、大地の匂いを吸い込みながら、辺りを見渡した。


 広大な青空、白い雲、山の緑、その鮮やかさな景色に涙が滲んだ。

 



 それと同時に、音の多さに若干、耳が痛くなった。


 蝉の音、鳥の鳴き声、ヘリの音、車の音、作業員達の足音、話し声。


 それらが混ざり合い、鼓膜を刺激する。




「大丈夫ですか?」


 作業員が、奈緒のベルトを外しながら問う。


 奈緒は無言で、二、三度、頷いた。



 すると、一人の若い作業員が奈緒に近づき、バスタオルを掛けてくれた。


 レディース用の、白い長靴も用意してくれた。



「さあ、こちらへ」


 案内してくれたのは災害現場から、少し離れた場所に設置された、大きなテントだ。



 それは、災害対策本部として使われていた。


 長机とパイプ椅子が、いくつも置かれている。


 また、机の上には沢山の物資があった。



 案内してくれた作業員に促され、奈緒はパイプ椅子の一つに腰掛けた。


 目の前には、ペットボトルの水や緑茶、おにぎり、サンドイッチなどがある。



 ご自由にどうぞ、と言う事なので、奈緒は緑茶のペットボトルに手を伸ばした。


 食べ物には見向きもしなかった。


 食欲がなかったのだ。



「しばらく、ここで休んでいて下さいね」


 そう言い残し、若い作業員は真一がいる現場へと戻って行った。



 奈緒は、自分が救出された場所を眺めた。


 物凄い土砂の量だった。



 昨日、ここへ来た時とは全く違う景色だ。


 よく助かったなと、しみじみ思った。




「はあぁぁ……」


 奈緒は、魂が抜けるような溜息をついた。


 どっと疲れが押し寄せたのだ。


 疲労困憊の奈緒が、長机に両肘をつき、頭を抱える。



 周りに人はいなかった。


 まだ早朝だからだろう。



 ぼんやりと一点を見つめていると、ふと人の気配を感じた。


 奈緒は、チラリと横目で見る。



 上下とも、黒っぽい服を着た小柄な男性だ。


 近くの住民だろうか。


 彼は、奈緒のいるテントの近くで足を止めた。


 顔の前でひさしを作り、土砂崩れの風景を眺めている。



「うわぁ、すごいなぁ……」と、囁いている。


 奈緒は、彼の顔を見た。




 ——あれ?




 男性は眼鏡をかけている。


 右頬には、大きなホクロ。


 奈緒の表情が、少しずつ強張っていく。




 ——この男……。






つづく……


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