フロストグリズリー
《フロストグリズリー》
― 氷原に息づく「雪嵐の魂」 ―
古カランカム語では「オロ・トゥカム」と呼ばれる。
直訳すれば「雪の息をもつ獣」、転じて「冬そのものを抱く者」という意味を持つ。
カランカムの狩人たちはこの名を畏怖と敬意を込めて口にし、軽々しく呼ぶことを禁忌としている。
【学術分類と生息地】
王立自然誌院による分化学的分類では、以下のように位置づけられる。
界:霊獣界(Spiritus)
門:獣精門(Theriomorphia)
綱:熊霊綱(Ursida Aetheris)
目:霊熊目(Aetherursus)
科:氷熊科(Cryouridae)
属:フロスト属(Frosturus)
種:フロストグリズリー(Frosturus orotucam)
主な分布域はフロストファング山脈北斜面およびカランカム高原の針葉樹林帯であり、
標高八百から二千メルト(約千から二千五百メートル)付近の雪原地帯に生息する。
気候条件としては極低温と乾燥を好み、夏季に平均気温が零下を保つ地域で多く確認されている。
彼らは単独行動を好み、通常は縄張りを半径十キロ以上にわたって持つ。
冬季には氷原を越えて低地に下り、セイガン鹿やフロストヤクなどを狩る姿が観察されるが、
人里に近づくことは滅多にない。
【生態と特徴】
フロストグリズリーは北方最大級の陸棲獣であり、成獣の体長は四メートルを超える。
立ち上がれば人の二倍をゆうに超える高さとなり、その存在はまさに山影そのものといわれる。
体毛は分厚い氷繊毛で構成され、外層は銀灰、内層は淡い青色を帯びる。
この二層の毛皮は冷気と魔素の双方を遮断する特殊な構造を持ち、
雪嵐の中でも凍らず、また炎の魔法にも焦げぬという。
血液には微量の**「フロスニウム」という霊素が含まれ、
これが氷の魔力を保持する役割を果たしている。
上顎奥の「氷結管(ヒュルカ管)」を通してこの霊素が分泌され、
唾液と混ざることで瞬時に結晶化する。
その細微な氷粒を肺から吹き出す息に混ぜ合わせたものが、彼らの代名詞である凍息**である。
このブレスは一息で広範囲を凍結させ、鋼鉄すら砕く威力を持つが、
同時に体力を著しく消耗するため、使用頻度は限られる。
春先には霊素を補うために活発に狩りを行い、体内に霊的な冷気を蓄える。
【夏眠と氷窟の築造】
春の終わり、雪解けの兆しが見える頃、フロストグリズリーは山腹や氷壁の陰に穴を掘る。
その内部に自身のブレスを吹き込み、雪と氷を融着させて**氷窟**を築く。
この行為をカランカム語では「カムル・シル(眠りの息)」と呼ぶ。
彼らは冬ではなく夏に眠る。
太陽がもっとも強く照りつける季節、体温上昇を防ぐために氷窟の中で長い夏眠に入るのだ。
この眠りの間、体内のフロスニウムは沈殿し、再結晶化して再びブレスの源となる。
村の古老たちはこの氷窟を「トゥカムの胎」と呼び、
決して近づかぬよう若者たちに言い聞かせる。
氷窟跡はしばしば聖域として祀られ、冬の初めに供物が捧げられる。
【伝承と禁忌】
古い口伝にはこうある。
「眠るトゥカムの穴に飛び込む者を、冬の獣は決して噛まぬ。」
その真意は「命を共に凍らせた者は、霊の一部となる」という信仰に由来する。
一方で、人を襲った個体は**「ホロケナカムラ」**――「呪われし息をもつ熊」と呼ばれ、
悪神の化身として忌避される。
ホロケナカムラの遺骸は焼かれることなく地に埋められ、
風の祠で鎮魂の祈りが捧げられる。
それを怠れば七夜の吹雪が村を覆い、火が絶えると恐れられている。
【狩猟と利用】
フロストグリズリーを狩ることは儀式であり、試練でもある。
狩人は「風の導き手」に祈り、氷刃と霊布を身に纏い、
狩猟歌「カラン・トゥムリ(氷の帰還)」を歌いながら雪中を進む。
狩りの最も貴重な収穫は胆嚢である。
その胆汁は高濃度のフロスニウムを含み、病と呪詛を祓う万能薬として珍重される。
精錬された胆液は錬金術師の手で「凍胆薬」や「清霊のポーション」の素材となる。
毛皮は霊布防具や防寒衣の裏地に、牙と骨は護符や風鈴に加工される。
若い狩人が初めて仕留めた熊の牙を腰に下げることは、成人の証とされる風習である。
【神話的解釈】
神話の中で、フロストグリズリーは氷神ウルカムの使いとされる。
その息は冬の魂であり、火を畏れ、風と語り、雪と眠る者として描かれる。
古詩篇『氷の詠』には次のように記されている。
「トゥカムの息、白き嵐を招き、
風の子らを眠らせる。
火を抱く者、その吐息を恐れよ。
火は凍り、声は止む。」
この詩は、フロストグリズリーを単なる獣ではなく、
「氷と命の境界に立つ霊獣」として描いている。
【文化的位置づけ】
現代のフロストファング・ドミニオンにおいても、
狩猟民ルフナの一部は冬至祭で「トゥカム舞」と呼ばれる儀礼を行う。
舞手は熊面を被り、冷気を模した白煙を吐きながらゆるやかに踊る。
それは「冬を迎える魂の帰還」を意味し、死者と精霊を迎える神聖な舞とされている。
祭の終わりには子供たちが雪玉を空へ投げ、
「オロ・トゥカム、目覚めの息を忘るるな」と唱える。
それが春を呼ぶ祈りであり、
氷と命の循環をこの地に告げる風習として、今も息づいている。




