王侯貴族語 言語文化規範資料
王国宮廷言語管理局 編纂
城館・学院・家名記録所 限定閲覧稿
【一、概説】
本王国において、王侯および高位貴族が会話・書簡・儀礼の際に用いる言語体系を総称し、ここに貴族語と定義する。本言語は血統と威信を象徴し、社会的格位を保証する文化的契約媒体であると同時に、精神的祈祷行為の延長に位置する。民間語とは使用目的のみならず、発音・語義・象徴機能において根本的な相違があるため、同列に扱うことは許されない。貴族語は直接的表現を避け、象徴と暗喩、祈願と余韻を基調とし、言葉そのものを声に託す霊的儀礼とみなされる。
【二、言語特性の原則】
貴族語は意図を直接述べず、文意は読み手と聴き手の解釈に委ねられる。感情表現は自然象徴に転写され、語尾は断ち切らず、柔らかく余韻を残す。敬意と祈りは同義であり、断言と命令は祈祷あるいは詠唱へと昇華する。沈黙は拒絶ではなく、判断保留を示す最も高貴な応答形式と定義される。
【三、発声階位について】
貴族語の使用には四つの階層が存在する。最も柔和な日常階位は家族や近しい者との私的対話に用いられ、旋律を保ちつつも過度の荘厳性を帯びない。これに次ぐ公式階位は政務、外交、記録官立会いの会話に適用され、端正さを基準とし、感情は慎重に隠蔽される。さらに上位に儀礼階位があり、婚姻、継承、盟約、祈祷、不可逆の契約など、歴史的な意味を持つ場面にて発声される。言葉は単なる意志表明ではなく、血脈と霊性に刻印される儀式的宣言となる。最上位に位置する秘奥階位は禁書閲覧、魔術詠唱、血統印刻、断絶の誓いに関わり、音律と意味の誤差は呪誓へと転化する危険を孕む。この階位は発声者の力量、記録責任、魂的覚悟によってのみ許される。
【四、象徴換算の理念】
貴族語における感情および意図表明は、直接言語ではなく象徴形象へと変換される。愛情は暁光、朝露、白花、風の温度へと姿を変え、悲嘆は薄闇、灰雨、凍てつく滴、枯れ枝として響く。誓約は刃、炎、石碑、金環など永続と覚悟の象徴に置き換えられる。拒絶は音の消失、影の断絶、庭の閉ざされる気配として示され、庇護は灯、羽衣、盾、琴の音色に変換される。象徴選定に統一法則はなく、家系の歴史、土地神の信仰、声の響きにより独自の伝統が形成される。
【五、典例語句記録】
歴代の宮廷記録官、劇作家、魔導書記、家名記録所の筆録より、以下の言葉が公式典例として残されている。
「あぁ、運命よ、わたくしをなお試みるのか」
「御身の願い、星々へ届けましょう」
「胸に宿りし炎は、いまなお消えず」
「静寂は刃、沈黙は鎖、わたくしの声は未だ凍てつく」
「どうか、赦して、愛しき影よ」
「その御手、闇に落とすことなかれ」
「わたくしの名を、夜明けに刻み給え」
【六、民間語との差異について】
貴族語は音としての美ではなく、覚悟としての言葉である点において民間語と異なる。謝罪においては単なる過失認識ではなく、罪責の浄化過程を風雨の象徴として表明する。承諾は肯定の返答ではなく、胸奥の灯へと変換される誓約である。安心の言葉は状況説明ではなく、夜と恐怖を隔てる盾としての声となる。感謝は社交的礼ではなく、受け取った光を魂へ沈める儀式的受容として扱われる。
【七、情緒用途句の既存記録】
幾つかの宮廷史にて、感情宣言の正式用例として次の記録が残る。
「あなたを愛したことが、わたくしの罪なのです」
「その微笑みを、毒とも知らず求めた愚かさよ」
「手を取りましょう、たとえ奈落が扉を開こうとも」
「離れましょう、互いの未来を守るために」
【八、終条】
貴族語の発声は身分模倣ではなく、家名と魂の証言行為である。軽口、虚偽、欺罔、呪詛目的の使用は、貴族語冒涜罪あるいは言霊妨害として司法処置の対象となる。
本規範は王国歴文録審議会によって正式承認され、永久記録庫に保管される。




