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競竜場

サンストーン・カリフェートの首都の外郭には、光と砂が交わる地に築かれた巨大な円形競技場がある。人々はそこを「太陽の檻」と呼び、国最大の娯楽と信仰が混じり合う場所として崇めている。その名は競竜場。炎のように疾駆する走竜たちの咆哮、香油の煙と祈りの声、そして賭け札の擦れる音が一つになり、光の都の鼓動そのものを作り出している。


この競竜場で走るのは、走竜と呼ばれる馬ほどの大きさの小型竜だ。彼らは短い距離ならば飛翔もできるが、何よりも脚力と耐久に優れている。鋭い爪で砂を蹴り、尾でバランスを取りながら疾走する姿は、太陽の使いが地を駆けるようだと信じられている。走竜に騎乗するのは竜導士と呼ばれる専門の騎手であり、竜と精神を交わしながら一体となって走ることができる。レースは一瞬だが、その刹那に民はすべてを賭ける。


観客が手にする賭け札は「万竜券」と呼ばれ、光の民にとっては夢と信仰が詰まった紙切れである。朝早くから列を作り、庶民は給金の一部を握りしめて、運命との契約に名を記す。「今日こそは太陽が微笑む」と口にする者も多い。屋台では香油の煙が立ちのぼり、子どもたちは走竜の形をした飴を舐めながら、父や母の興奮を真似て歓声を上げる。


しかし、競竜場の熱狂の裏には人間らしい悲喜劇もある。どこにでもいる一人の男が、生活費を握りしめて走竜に賭け、妻に見つかって怒られる。妻は眉をひそめ、声を荒げて言う。「あんた、今月の家賃はどうしたのよ。」男は気まずそうに笑いながら答える。「大丈夫だって、次のレースで倍にして返すさ。」妻はため息をつき、両手を腰に当てて言い放つ。「倍にして帰ってきたことなんて一度もないじゃない。竜より先に、あんたの頭に手綱をつけたいわね。」周りの客たちは笑い、男は苦笑いを浮かべながら札を握り直す。そんなやりとりが日常の一部になっているのだ。


人々はそのような夫婦をからかって“太陽夫婦”と呼ぶ。光に照らされた観客席には貴族も商人も労働者も並び、身分の差を超えて歓声を上げる。僧侶たちはレースの前に香を焚き、「竜の疾走は太陽の意思を映す」と説く。竜の走りは信仰であり、祈りであり、同時に賭けでもある。


だが、光の裏には影もある。裏通りでは薄めた香油を「幸運の煙」と称して売る商人が現れ、偽の万竜券をさばく者も後を絶たない。竜を興奮させる薬が密かに取引され、八百長の噂が絶えない。王室は監察官を派遣し、砂陽の目と呼ばれる監視者たちが目を光らせているが、それでも民の足は競竜場から遠ざからない。


なぜなら、そこには太陽に似た希望があるからだ。レースが終わると、砂の上には竜の蹄痕と紙屑だけが残る。人々は肩を叩き合い、負けた者を慰め、明日こそ当たると笑い合う。夕暮れ、灯火がともる頃、あの男はまた妻に頭を下げながら呟く。「来週こそ、あの竜が飛ぶんだ。今度こそ当たる。」妻は何も言わずに水を汲み、彼に差し出す。その静かな仕草に、沈みゆく太陽の光が射し込み、彼女の横顔を黄金色に染めた。


競竜場は、光を喰らう民の夢と現実が交わる場所だ。祈り、賭け、笑い、怒り――それらすべてが太陽の名のもとに燃えている。翌朝になればまた、新しい万竜券を握りしめた列ができる。狂気でも愚かでもない、それがサンストーンの民が太陽とともに生きるということなのだ。


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